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台風19号 知られざる新潟県の被害、津南町集落住民の水や泥との闘い

関口威人ジャーナリスト
信濃川の氾濫でケーブルがちぎれていた新潟県津南町の県道(10月20日、筆者撮影)

 台風19号の被害が連日、各地で報じられる中、全国ニュースではあまり出てこない被災地がある。新潟県や三重県などだ。東北や関東、長野県の圧倒的な被害にどうしてもかき消されてしまうのだが、ボランティアの助けや公的支援なしに、同じような泥水や災害ごみと闘っている人たちがいる。新潟県津南町の集落の様子をお伝えしたい。

千曲川から北上して信濃川へ

 10月20日の日曜日。私は大勢のボランティアが動き始める前の早朝に長野市内を車で出発、国道117号をひたすら北上した。

 途中、長野県最北部の飯山市でも中心部の被害は激しいと聞いていたが、さらに北東へ。栄村の辺りを通りかかると風雨が強くなり、眼下の千曲川もゴウゴウと音を立てて流れていた。そして新潟県に入るとすぐ津南町。川の呼び名はここから信濃川に変わる。

 その信濃川に架かる細い橋を渡って川沿いの道を下ると、小さな集落にたどり着く。15世帯、37人が暮らす足滝(あしだき、正式な字名は上郷寺石)地区だ。

信濃川に面する津南町の足滝地区。今回の氾濫で堤防の下が一部崩れているのが分かる(10月20日、筆者撮影)
信濃川に面する津南町の足滝地区。今回の氾濫で堤防の下が一部崩れているのが分かる(10月20日、筆者撮影)

 台風上陸の翌13日朝、この地区で信濃川が氾濫、濁流が民家にまで押し寄せた。

 津南町では他にも河川の氾濫や土砂崩れが発生。幸い死者もけが人もなかったが、住家3棟が床上浸水、そのうち2棟が足滝の民家だった。床下浸水は9棟中4棟が足滝でだという。

 あれからちょうど1週間。住民はいまだに泥出しや片付けに追われていた。床上浸水した家の小林正美さん(52)は「片付くには、まだまだ時間がかかりそう」と疲れを隠せない。

足滝地区の床上浸水した家屋の敷地で、泥にまみれた農機具などを運び出す住民たち(10月20日、筆者撮影)
足滝地区の床上浸水した家屋の敷地で、泥にまみれた農機具などを運び出す住民たち(10月20日、筆者撮影)

泥まみれで不安を漏らす住民たち

 当初はボランティアが何人か来てくれたが、今は親戚や集落の人同士で作業している。水に浸かった床板はようやく上げられたものの、消毒や乾燥はこれから。「床上まで水が来ることは今までなかった。田んぼや農機具の被害も大きい」と小林さんは顔をしかめる。

 他の住民からも「保管していた米がぜんぶダメになった」「この先の補償のことなどはまだよく分からない」と不安の声が聞こえた。

堤防沿いの農機具小屋には、浸水の跡がくっきり残っていた(10月20日、筆者撮影)
堤防沿いの農機具小屋には、浸水の跡がくっきり残っていた(10月20日、筆者撮影)

 新潟県内では、西部の糸魚川市、妙高市、上越市に災害救助法が適用されている。しかし、津南町は対象外となった。「住家滅失」世帯数が「人口5,000人未満の市町村なら30世帯以上」などの条件があるからだ。今回、全県で災害救助法が適用されなかった三重県でも、同様の条件に当てはまる市町村がなかったとみられる。しかし、同じような被害でも市町村の境で不適用となり、1世帯当たり最大59万5,000円が補助される住宅の応急修理費用をはじめ、付随するさまざまな支援が受けられないことは大きな問題だとの指摘が各方面からある。

 今回、代わりに町独自の支援があるかと役場に問い合わせたが、21日時点で「必要に応じて支援をするかどうか、まだ検討中」との答えが返ってきた。

ズタズタの県道とその波紋

足滝地区から長野方面につながる県道49号線は、アスファルトがズタズタになっていた(10月20日、筆者撮影)
足滝地区から長野方面につながる県道49号線は、アスファルトがズタズタになっていた(10月20日、筆者撮影)

 また、足滝では集落を横切る堤防沿いの県道が、氾濫で一部崩壊した。役場のある中心部方面には影響がなかったので「孤立」はしなかったが、長野寄りの路面はズタズタ、ガードケーブルのワイヤーも引きちぎられたまま。雪を遮る「スノーシェッド」内にも泥が堆積しており、「復旧の見込みはまだ立っていない」(町建設課)という。

信濃川がきつくカーブする部分の堤防沿いは氾濫の勢いが激しく、流木などがワイヤーの一部を引きちぎったらしい(10月20日、筆者撮影)
信濃川がきつくカーブする部分の堤防沿いは氾濫の勢いが激しく、流木などがワイヤーの一部を引きちぎったらしい(10月20日、筆者撮影)
スノーシェッドの中は泥が厚く堆積。復旧の見込みは立っていないという(10月20日、筆者撮影)
スノーシェッドの中は泥が厚く堆積。復旧の見込みは立っていないという(10月20日、筆者撮影)

 こうした被害についてある住民は、「氾濫のたびにあの部分から集落に水が入るため、堤防のかさ上げなどはされていたが、それでも不安なときは町の人が総出でさらに土のうを積むなどの対策をしていた。それが今回はまったくなかった」と指摘する。

 これも町に確認すると「土のう積みは消防団などの自主的な対応で、町が指示することではない」とされた。今も昔もそうなのだという。

 この問題の是非は地元の議論や検証に任せたいが、高齢化や過疎化で「昔は総出でやっていた」防災対策ができなくなっているのは、どの地域でもあり得る話なのかもしれない。

力を入れるのは風評被害対策

 むしろ町が今回、力を入れているのは「風評被害対策」だ。

 町全体としては被害が少なく、観光客の受け入れや観光地の移動に影響はない。秋の観光シーズンに入る中で、バスツアー客向けの宿泊補助券の提供などはいち早く決まった。確かに旅館や食堂は通常通り営業され、物産館には新鮮な農産物や特産品がたっぷり並べられている。

 もともと新潟は豪雪対策で家屋の造りが頑丈、かつ1階は駐車場や倉庫にすることが多く、雪に埋もれるのはもちろん、水に浸かっても影響は少ない。また、米どころとして広がる雄大な水田は、川沿いで遊水地としての役割を果たしている。

JR津南駅周辺でも信濃川が氾濫したが、水田が多いためか住家の被害は少なかった(10月20日、筆者撮影)
JR津南駅周辺でも信濃川が氾濫したが、水田が多いためか住家の被害は少なかった(10月20日、筆者撮影)

 この23日は、2004年の新潟県中越地震から15年の節目を迎える。阪神・淡路大震災以来の震度7を観測し、最大10万人以上が寒さに耐えて避難生活を続けたが、全国からの支援が集まって復興した。その経験を生かした防災対策やボランティアの強固なネットワークづくりは今につながっている。今回は県内全体で死者は出ず、浸水被害も各市町村が全国的なボランティアを募集しないで対応できているため、県内のボランティアやNPO関係者はむしろ県外の支援に駆け付けている。それが今回の新潟の現状であり、そこから学ぶことだと言えそうだ。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。東日本大震災発生前後の4年間は災害救援NPOの非常勤スタッフを経験。2012年からは環境専門紙の編集長を10年間務めた。2018年に名古屋エリアのライターやカメラマン、編集者らと一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」を立ち上げて代表理事に就任。

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