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ウィシュマさん入管死国賠訴訟 入れ替わった裁判官と仕切り直しの争点、変節した? 国側主張の行方

関口威人ジャーナリスト
第12回口頭弁論のため名古屋地裁に入る原告と弁護団=5月22日、筆者撮影

 名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)で収容中に死亡したスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんの遺族が国を相手取り約1億5000万円の損害賠償を求めている裁判の第12回口頭弁論が2024年5月22日、名古屋地裁で開かれた。

 21年3月6日にウィシュマさんが33歳で亡くなってから3年余り、22年6月8日に初弁論が開かれてから2年近く。裁判はここ数回、佐野信裁判長の下で争点のすり合わせが行われていたが、この12回目の弁論から裁判長を含めて裁判官3人がすべて替わり、争点整理も仕切り直しを感じさせるやり取りがあった。

新しい裁判長に遺族「ビデオ真剣に観て」

 新たな大竹敬人裁判長は冒頭、裁判官の交代に伴う「弁論更新」を確認した。裁判所側が原告、被告双方のこれまでの主張を引き継ぐ手続きだ。

 被告の国側から異論は出なかったが、原告側の児玉晃一弁護士は、収容中のウィシュマさんの様子を写したビデオ映像約295時間のうち、昨年6月と7月に証拠調べとして法廷で上映された5時間分のビデオについて、大竹裁判長が観ているかどうかを尋ねた。大竹裁判長は「もちろん拝見することになるかと思う」と述べ、今後視聴することを約束した。

 その後の意見陳述で、ウィシュマさんの妹のワヨミさんも「前の裁判官は(法廷で上映されたビデオを)とても真剣に観ていた」とした上で「新しい裁判官がビデオを裁判官室で真剣に観て、この訴訟の判決を書いてくださると信じている」と釘を刺した。

 また、「私たちがスリランカでの生活を投げ出して来日して3年が過ぎました」として、現在の心境も吐露。

 「変わり果てた姉の姿の前に『絶望』という言葉の意味を知ったあの日から3年目の春に、私たち遺族はあなた方3人の裁判官に会いました。あなた方が前の裁判官たちよりもさらに熱心に、姉の命を奪ったものを裁く裁判に向かい合ってくださることを強く信じ、心からお願いします」

 前の裁判官が結論を保留にしていた残り290時間分のビデオ映像についても、国側に提出命令を出すよう求めた。

「記憶定かでない」ことが「総合的に考慮」に

 書面のやり取りでは、国側が5月15日付で第10準備書面を提出している。これはウィシュマさん死亡当時の名古屋入管の「医療不提供」が違法だったとする原告側の主張に対し、国側が医師(久留米大学医学部内分泌代謝内科部門の野村政壽教授)の意見書を基に反論する書面だ。

 その内容は今後の弁論を通じて精査されていく見通しだが、原告側はまず、そのうちの「庁内内科等医」の対応を記した箇所について、21年2月15日のウィシュマさんの収容後2回目の尿検査で「ケトン体3+」などの数値が出たことを、3日後の18日の診療で「総合的に考慮し、確定診断をするために精神科につなげるという判断をしたと推察される」という主張があったことに着目。昨年11月の国側の文書では、庁内内科等医が「18日の診療の際に2回目検査の結果を把握したかどうかの記憶は定かではない旨述べている」と記されており、記憶にないことを「総合的に考慮」したように矛盾も感じられる。

弁論後の記者会見に臨むウィシュマさんの妹ワヨミさん(左)とポールニマさん=5月22日、筆者撮影
弁論後の記者会見に臨むウィシュマさんの妹ワヨミさん(左)とポールニマさん=5月22日、筆者撮影

 また、21年2月18日の診療時点で「ウィシュマさんの栄養状態に問題があった」とする原告側主張への反論でも、国側は同年1月25日の血液検査の結果だけに言及して「問題はなかった」と論じている。原告側は「同年2月15日の尿検査の結果も併せて考えれば……問題があった」としており、国側の一連の不整合な記述に対し、原告側は釈明を求めた。

「機序」論争より「注意義務違反が死と因果関係」

 ウィシュマさんの死亡に至るメカニズム(機序)を巡る議論については、原告側が3月28日付で第14準備書面を提出。ウィシュマさんの死因はあくまで低栄養と脱水であり、それらに対して名古屋入管が必要な措置をとらなかった「注意義務違反」に死亡との因果関係があると強調した。

 前回までの佐野裁判長は「ケトアシドーシス発症に至る機序」や、それと死亡との因果関係の説明などを求め、争点の一つとする可能性を示唆していた。しかし、第14準備書面について弁論に立った原告側の中井雅人弁護士は「医学的に詳細な機序が認められなければ死亡との因果関係はないのか。そんな難しい問題ではなく、当時のウィシュマさんに入管が点滴や入院をさせれば死亡しなかったという簡単な話だ」と主張した。

原告側が第14準備書面に添えた図。前回までの佐野裁判長は死因から死亡に至る「ケトアシドーシス」の発症メカニズムなどにこだわったが、そもそも生命の危機的状況に必要な措置をしなかったことが問題だと主張する
原告側が第14準備書面に添えた図。前回までの佐野裁判長は死因から死亡に至る「ケトアシドーシス」の発症メカニズムなどにこだわったが、そもそも生命の危機的状況に必要な措置をしなかったことが問題だと主張する

 中井弁護士によれば、これに対して国側は閉廷後の非公開の進行協議で「争点がずれてきている」と指摘したという。国側は逆に機序にこだわることで死因や死亡との因果関係をあいまいにさせ、責任を逃れることを狙っていると思われるが、原告側としては(機序についての主張・立証は十分した上で)争点化する必要はないとの考えだ。

 国側は求釈明と第14準備書面に対する反論を次回弁論の1週間前までに提出するとしたが、原告側は「この求釈明への回答なら1日で出せる内容だ」「10日前でも遅い。(長引く裁判による)原告の負担もあり、なるべく早く」と急かした。それに対して国側は「できる限り前倒しする」と述べるにとどめた。

 次回期日は7月10日の予定。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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