「名建築取り壊さないで」 岐阜県羽島市の旧庁舎解体巡り住民がついに市長を提訴
近代建築の名作である岐阜県羽島市の旧庁舎の解体決定は違法だとして、市民2人が21日、松井聡市長を相手取って岐阜地裁に提訴した。地元出身の建築家・坂倉準三(1901-1969年)が設計を手掛けて文化財的な価値が高いとされる同庁舎だが、原告は「なぜ解体しなければならないのか明確な理由が示されていない。検討の過程や解体費の見積もりも不適切だ」などとして解体工事や公金支出の差し止めを求めている。
これまでの経緯は以下の記事などにまとめた。建築の保存と解体を巡る議論は法廷の場に移ることになる。
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住民監査請求の棄却受け本訴へ
訴訟を起こしたのは地元の市民団体「あすなろ会」代表の時田憲章さんと副代表の武田安夫さん。時田さんらは解体工事を巡り今年2月に住民監査請求をしたが、市の監査委員は4月22日付けで請求を棄却した。決定に不服がある場合は30日以内に本訴訟を提起しなければならないため、提訴に至った。
提訴後に岐阜市内で記者会見した時田さんは、旧庁舎について「建築当時の優美な姿をとどめていて、タイルの1枚もはがれていない。日本建築学会賞を受賞するなど、重要文化財の候補に挙げても構わないという専門家の見解もある」と強調した。
その上で「市長は(保存を求める)市民や専門家の意見に耳を傾けない。市の文化財保護委員会でも審議していない」と指摘。松井市長が裁量権を逸脱、または濫用して解体を決めたとして、地方財政法8条(地方公共団体の財産を善管注意義務をもって管理し、最も効率的に運用すべき義務)や地方自治法2条14項と地方財政法4条1項(最小経費最大効果原則)に違反していると主張する。
「市は倫理感もって対応を」
コスト面では免震工法を取り入れた耐震改修で最大約32億円がかかる試算があったが、もっと安価な工法もあるとし、一方で約56億円をかけて新庁舎を建設した意義があったかを問う。
市長に近い市議が多数派を占める市議会では、当初の3倍近くに膨らんだ解体工事費を含む補正予算案が昨年12月に可決されたのをはじめ、「解体ありき」の議案がことごとく通ってきた。
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市はこうした議会の結果をもって解体に突き進む。解体業者とはすでに契約し、来月の工事説明会以降、本格的な解体工事に着手する予定だ。今回の提訴を受けて市側は「訴状の内容を確認して適切な対応をして参りたい」とだけコメントした。
これに対して時田さんは「市民や専門家の意見を聞いて、市は倫理感を持って対応してほしい」と訴えた。代理人弁護士によれば、同様の訴訟や仮処分の申し立ては過去に100件以上あり、住民側が勝った例は少ないながらも滋賀県でウィリアム・メレル・ヴォーリズ設計の豊郷小学校旧校舎の解体が差し止められた事例があるとする。
近代建築の歴史に詳しい堀田典裕・名古屋大学大学院環境学研究科准教授(建築・環境デザイン)は今回の提訴で「旧庁舎の解体が羽島市の都市計画において妥当かどうか」「市が有形文化財としての文化財的価値を認めて市民に十分に説明したかどうか」「取り壊しに至る手続きが理に適ったものであったかどうか」が争点になり得るとした上で、「未指定の文化財を含めてまちづくりの核とすることができるよう2021年に改正された文化財保護法の効力を問う裁判になる」との見方を示した。