阪神・緒方選手と植田選手が初心にかえった日 ~それぞれの居場所を勝ち取るために~
日本野球機構、日本プロ野球選手会、日本高等学校野球連盟の主催で行われている『プロ野球現役選手によるシンポジウム“夢の向こうに”』。2003年に始まった催しは今やシーズンオフの恒例行事となり、全国各地で現役のプロ野球選手と高校球児をつないでいます。言葉だけでなく直に触れ合いながら、“もと高校球児”の選手たちが高校生に伝えてきたのは「思い続ければ夢はかなう」という心でしょう。
私も一度は行ってみたいと思いつつタイミングを逃していたのですが、ようやく11日に滋賀県大津市の皇子山総合運動公園野球場で行われた『夢の向こうにin滋賀』へ行ってきました。滋賀県では2010年にも開催されていて、その時はOBの湯舟敏郎さん、現役の上本選手、俊介選手、鶴選手が参加。場所はびわこホールで、実は2011年までは球場でなく室内の会場でやっていたんですね。
さて、ことし皇子山球場へやってきたのは滋賀県内56の高校から、各野球部代表の320人。内訳は投手104人、野手216人(捕手54人、内野手107人、外野手55人)です。1チーム最大6人までという制限があり、その選に漏れた選手たち何人かはスタンドから見守りました。プロ側は、実技指導パネリストとして現役選手が13人(投手5人、捕手2人、内野手4人、外野手2人)、コーディネーターのOB4人(湯舟敏郎さん、西山秀二さん、大島公一さん、亀山努さん)、特別講師1人(西武・坂元忍トレーニングコーチ)となっています。
現役選手は楽天・則本昂大投手、オリックス・塚原頌平投手、佐野皓大投手、中日・福敬登投手、三ツ間卓也投手、広島・會澤翼選手、ソフトバンク・張本優大選手、黒瀬健太選手、阪神・植田海選手、ヤクルト・西浦直亨選手、奥村展征選手、広島・高橋大樹選手、阪神・緒方凌介選手。そのうち滋賀県出身は、則本投手(多賀町)、奥村選手(湖南市)、そして植田選手(甲賀市)の3人。奥村選手は日大山形ですが、則本投手と植田選手の母校である八幡商業、近江の後輩たちも参加しました。
朝10時の開始式に続いて、実技指導1(アップ)、実技指導2(投球、守備)、休憩を挟んで実技指導3(打撃、走塁)、質疑応答、閉会式というスケジュールで、全部終わったのは午後3時を過ぎていました。さすが小学生たちを相手にする普段の野球教室とは違い、時間も内容もみっちりですね。特に湯舟さんはグラウンド一塁側、三塁側の投球練習場と室内にあるブルペンを行ったり来たり。お疲れ様です!
我らがタイガースの2人は、まず緒方選手が亀山さんとともに外野の守備練習、植田選手はショートの位置で内野守備練習を担当。午後は緒方選手がホームベース付近で野手と投手の打撃練習(ロングティー)を見て、植田選手は亀山さんと2人で走塁の指導という段取りです。なお閉会式のあとはコーディネーター、パネリスト全員と、高校生の代表として7校の主将らが参加して記者会見もありました。
「基本があってこその応用」と再認識
では記者会見後にタイガースの2人を囲んで話を聞いています。まず緒方選手のコメントをご紹介しましょう。「このシンポジウムは選手会の方々の話で聞いたことはありましたが、参加したのは初です。プロに入って初めて高校生と触れ合う機会で、自分たちが高校の時にどういうことをしていたかなど思い出して初心に戻れた気がします。教えながら自分も得るものがあって、有意義な時間を過ごせました」
いつもの野球教室とは全然違ったのでは?「そうですね。小中学生の野球教室だと、まだ体ができていないので伝えたくても難しいんですけど、初めて高校生とやって、言ったことをすぐ実行してくれたりして教えがいはありましたね。自分より大きい子もいたし(笑)」
外野の守備練習ではクッションボールの処理など結構細かく指導していたようで。「僕自身も中村コーチ、平野コーチ、筒井コーチに教えていただいて、プロに入ってからの方が基本を教わっている感じですね。もちろん高校でも教えてもらいましたが、プロに入って、どれだけ基本が大事かわかったので。生徒たちも、きょうをきっかけに気づいてくれたらいいなと思います」
送球時に踏み出す足のことを話したのは「基本中の基本なんです。しっかり捕って、しっかりステップ、その動作の中でカットまで正確に投げる。正面の人へ投げるのに、ステップした足が“その隣の人に投げるんか?”ってくらい横へ向いていたりしましたね。で、前の方向に戻そうと体をねじって投げるから、ボールを引っかけたりしてぶれてしまう」と身振り手振りの説明。
「感覚でやっていた部分も多いので、基本って大事やなあと改めて思いますね。基本があってこその応用だと気づかされました」
生き残るための“一芸”は…
これからの自分にもプラス?「やっぱり、きょう教えた基本ですね。ボールまで早く行く、しっかり捕る、投げる方向にステップする。プロに入って体が変わり力もついてきたら、基本を飛ばして応用へいってしまう。それでできてしまう部分もあるんですけど、まずは基本と。頭でわかっていても自分の言葉で伝えることによって再確認できたと思います」。それが一番の収穫だと言っていました。
年明けの自主トレは?「福留さんが名球会の行事など忙しいとのことで、来年は一緒にできないんです。でも能見さんが沖縄でやる時に『野手も来ていいよ』と言ってくださって、行かせてもらえることになりました。能見さんと、岩貞や梅野も一緒です。能見さんと岩貞が投げてくれるんですよ。すごい豪華なピッチャー陣!梅野も受けてくれますしね。日頃、ピッチャーと練習しないので一緒にやれて得るものがあると思います」
そして「来年、やるしかない。苦しい立場なのは自分でもわかっています。その中で生き残ろうと思ったら今の自分を変えないと。正直、外野手の中で自分が一番下やと思っています。そこから上がるのって、並大抵のことではできない。今まで“走行守すべてで勝負”と言ってきましたが、まず一つが長けないと1軍ベンチに残れない。一つに長けるよう、やりたいですね」と、しっかりと前を見つめた緒方選手。
その一つは何かと聞かれ「イメージしているのは、走れる選手は貴重と思われるように。荒木さんや(植田)海など走れる選手がいる、その中に入るのは大変だけど、盗塁ができるのは武器なので。来年は盗塁にこだわってやりたいと思っています」と答えました。
教えて、自身も教えられて
植田選手はやはり地元出身ということで、閉会式で奥村選手とともに代表で挨拶を担当し「お疲れ様でした。高校球児との野球教室はこういう機会しかできないので、高校生たちもいい時間を過ごせたと思います。あとは…えーと、みんなの力で滋賀県の高校野球を強くして、盛り上げてください!」と、最後は強引にまとめた感がありました(笑)
また記者会見でも挨拶を求められ「短い時間でしたが、自分の今やっている練習とか基本的なことを教えて、僕も教えられました。うまい選手もいっぱいいて、僕も頑張らないと、と思います」と述べました。実技指導中も生徒たちに説明をしていた植田選手。守備練習はまだグループで小さな輪だからよかったものの、走塁練習時は結構な人数なのに声が聞こえなくて…。ま、そのあと亀山さんが大きな声で繰り返したので伝わっていましたけどね。
次は記者会見後の囲み取材と、日を改めて別に聞いた話を合わせて書きます。シンポジウムを振り返って「僕も個別練習とかで基本的なことを中心に教わっているので、それを教えました」とひとこと。緒方選手と同じく「小学生より理解できるし、質問もしてくれるのでやりやすいですね」という感想でした。そして「楽しかったです!」とも。確かに、よく笑っていたような気がします。中には植田選手がすっぽり隠れるくらい大きな子もいて圧倒されたり。
もちろん近江高校からも何人か参加していたので、話をしたかと聞いたら「挨拶だけですね。頑張って、と言いました」と植田先輩。守備練習の際には笑顔で声をかける様子が見られたものの、顔見知りの選手はいなかったそうです。今の3年生なら一緒にやっていたでしょうけどね。また監督は来られていませんが、部長さんとコーチには会ったとか。コーチは内野守備練習で延々とノッカーを務めておられました。
「とにかくバッティング!」
さて、2年目で1軍デビューを果たした今シーズンですが、最終戦1試合のみ。しかも代走で盗塁失敗…自慢の脚は披露できずに終わってしまいました。それでも肌で感じたことはあったでしょう。フェニックス・リーグでもいいところを出せたし、10月末からメキシコで行われた『U-23ワールドカップ』でも大会最多盗塁(6)に加え内野安打も多く、しっかり結果を残しています。
“走塁のスペシャリスト”である巨人の鈴木尚広選手は、代走での通算盗塁が日本記録を持って引退しました。そのことを振られて「今からスペシャリストを狙うつもりはないので、そこはやっぱり代走でなくスタメンで出て活躍したいですね」と植田選手。まだ20歳、来年が3年目ですからね。「そのためにはバッティングが課題になってくると思います」
ことし本格的に挑戦したスイッチヒッターは継続。ただし「左ばかりでなく、右もしっかり同じくらい振れないと、右も打てなくなってしまう」と言います。遠征に行かず、ずっと残留して体力強化と打ち込みに励んだ成果は夏以降に見え始めました。相変わらずバットを短く持った左打席で快音が聞かれ、右打席でのパワフルな打球も皆さんの印象に残っているでしょう。
U-23ワールドカップではきっちり犠打も決めつつ、タイムリーや彼らしい内野安打も多かったのですが、これは「正直、ピッチャーのレベルがあまり高くなかったんで…。みんなに比べたらまだまだです」と、自分では納得していない様子。
これから来年に向けての練習は?「左右、同じ数を振っていきます。当てに行くだけだと内野安打にならないから、しっかり強く振らないと。強い振りを意識して」。ショートには鳥谷選手、北條選手がいますね。「同じポジションで勝つにはバッティングが一番重要になってくると思います。スタメンで出られるくらい打てるようにしないと。打てないと試合に出る数が減ってしまうから」。とにかく“打”が1軍で戦っていくための鍵だと、力を込める植田選手でした。