中国との「黄金時代」復活 前英首相が英中ファンド議長に就任へ「EU離脱後」に動くイギリス
「一帯一路」を支援
[ロンドン発]2016年6月の欧州連合(EU)国民投票で離脱派に痛恨の敗北を喫してから鳴りをひそめていたイギリスのデービッド・キャメロン前首相が、中国の習近平国家主席の提唱するインフラ経済圏構想「一帯一路」を支援する10億ドル(1120億円)投資ファンドの要職に着くそうです。イギリスのメディアが一斉に報じています。
難航していたEU離脱交渉も第2ラウンドの通商協議に入ることが正式に承認されました。イギリスは欧州との関係を再構築するとともに新しい生き方を見つけなければならなくなりました。そのためには対中慎重派のテリーザ・メイ首相になって一気に冷え込んだ中国との「黄金時代」を復活させる必要があります。
そこで親中派キャメロン前首相の出番となったわけです。キャメロン前首相はこの秋、北京を訪問した際、馬凱副首相と会談し、準備を進めてきました。馬副首相は「英中関係は世界で最も重要な2国間関係」と持ち上げています。キャメロン前首相は15年10月の習主席イギリス公式訪問で英中「黄金時代」を演出した実績があります。
ソフト・ブレグジットに舵を切ったイギリス
ソフト・ブレグジット(穏健離脱、EU単一市場と関税同盟へのアクセスをできるだけ残す)派のフィリップ・ハモンド財務相は「我々はこれまで通りビジネスができるよう現状を模倣する環境を作り出すことでEU側と合意した」と英メディアに明言。
ハード・ブレグジット(強硬離脱、単一市場と関税同盟から離脱)派は反発していますが、離脱清算金・市民の権利保障・アイルランド国境問題の第1ラウンド合意で流れは完全にソフト・ブレグジットに変わりました。ハモンド財務相によると、キャメロン前首相は「ファンドの議長か、それに匹敵するポスト」に就任するそうです。
そのハモンド財務相とイングランド銀行(英中銀)のマーク・カーニー総裁はちょうど中国訪問中で、10億ポンド(1500億円)の通商・投資協定の締結を目指しています。EU離脱後をにらんだ世界戦略の土台作りです。
中国人民元の国際化に苦しむ中国
英紙フィナンシャル・タイムズによると、今回の目玉は中国人民元の国際化を支援するため中国の銀行がロンドンの外国為替市場に直接アクセスできるようにすることだそうです。
イギリスの後押しで16年9月に国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)バスケットに採用された中国人民元ですが、国際決済における中国人民元のシェアはその後1.92%から1.46%に下がってしまいました。
中国共産党の支配下にある中国人民元は完全に自由化された通貨ではないため、国際市場ではまだまだ信用されていません。中国人民元の国際化を進めるためには、EUを離脱すると言っても、世界一の国際金融都市ロンドンを擁するイギリスの利用価値は高いというのが、中国側の思惑です。
アジアインフラ投資銀行に56億円を拠出
メイ首相が16年7月、調印式まで2~3時間というタイミングで中国の国有企業が33.5%を出資するイングランド南西部のヒンクリーポイントC原子力発電所の建設計画にストップをかけ、中国に経営権が移らないよう釘を刺しました。これを機に英中「黄金時代」は一気に冷え込みました。
EU離脱で国際社会での地位が急落するイギリスにとって中国はやはりビッグマーケットですから、中国人民元の国際化を後押しするのはまさに渡りに船なわけです。
イギリスは15年3月、G7(先進7カ国)の先頭を切って中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加を表明。5,000万ドル(56億円)を拠出する方針です。ロンドンと上海の両証券取引所の提携強化もスピードアップされる見通しです。ハモンド財務相が主導するソフト・ブレグジットが脱線しない限り、英中「黄金時代」は間違いなく復活するでしょう。
中国の草刈り場になる欧州
中国から遠く離れる欧州にとって対中関係の強化は安全保障上のリスクを伴いません。南シナ海・東シナ海における中国の海洋進出も北朝鮮の核・ミサイル問題も他人事でしかないのです。
一方、中国にとっては日米と欧州に組まれて中国包囲網を築かれるのが最も困るシナリオです。幸いなことにアメリカのドナルド・トランプ大統領は環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱、EUとの環大西洋貿易投資協定(TTIP)交渉にも慎重です。
日米と欧州の間に楔を打ち込み、欧州と良好な関係を構築したい中国にとっては願ったりかなったりの状況です。
イギリスのEU離脱決定で割安感の出てきたロンドンの不動産市場はすでに中国マネーの草刈り場です。EUがあまりイギリスを追い詰めると、ますます中国との関係強化に前のめりにならざるを得なくなってきます。
欧州債務危機でドイツにギリギリ締め上げられたギリシャは中国マネーへの依存度を深め、もはや中国の手中にあると言って良いような状況です。中国に餌付けされているEU加盟国は例に事欠きません。
イギリスのEU離脱は中国にとっては欧州の中に手を突っ込んで分断支配していく絶好のチャンスなのです。
(おわり)