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TikTok で大ブレークの金正恩プロパガンダ曲が危険すぎる理由?

木村正人在英国際ジャーナリスト
金正恩を称えるプロパガンダソングがTikTokで大ブレーク(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

■ABBAのようにアップビートでキャッチー

[ロンドン発]北朝鮮の国営朝鮮中央テレビが4月17日に放送した2分間の最新プロパガンダソングが中国系動画投稿アプリ「ティックトック(TikTok)」を通じて西側Z世代ユーザーの間で大ブレークしている。英BBC放送や英大衆紙デーリー・メールが一斉に取り上げている。

「偉大な指導者、金正恩を歌おう」「友好的な父、金正恩を自慢しよう」――。BBCは、西側Z世代ユーザーの大半は「米国を壊滅させる」と誓い、何十発もの弾道ミサイルを発射した北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記を称賛する歌詞に全く気づいていないと指摘する。

ABBAを彷彿とさせる明るくてアップビートなプロパガンダソングの題名は「親しいオボイ(敬慕する最高指導者)」。「オボイ」には「父と母」という意味もある。

普段は「同志」を付けて称えられる金正恩も歌の中で親しみを込めて異例の呼び捨てにされている。軍人、労働者、子どもらが明るく、金正恩を称賛する歌を口ずさむ。

■「グラミー賞に値する」

BBCによると、TikTokユーザーは「本当に素晴らしい曲」「グラミー賞に値する」「最高にキャッチーでディストピア的」と北朝鮮の最新プロパガンダソングを絶賛している。

英国公演を前に同国内でセンセーションを巻き起こしているテイラー・スウィフトもびっくりという声すらある。

北朝鮮音楽を研究する英ケンブリッジ大学のアレクサンドラ・レオンジーニ氏(博士課程)は「メロディーはシンプルで、親しみやすく、人々が簡単に受け入れられるものでなければならない。ほとんどの人が歌える声域に合わせる必要がある」とBBCに対して解説している。

「当局は人民にやる気を起こさせ、国家の利益のため共通の目標に向かって努力させたい。北朝鮮においてすべての芸術作品は人民の階級教育に役立つものでなければならず、なぜ感謝の気持ちや党への忠誠心を感じるべきなのかを教育するためにある」(レオンジーニ氏)

■北朝鮮の「種子理論」

レオンジーニ氏によると、歴代指導者の名を取り「金日成主義」「金正日主義」とも呼ばれる「種子理論」に基づき、北朝鮮当局はすべての芸術作品にイデオロギーの種を植え込んでいる。音楽は最も強力なツールのひとつだ。北朝鮮においてプロパガンダソングは機関紙の役割を果たす。

「種子理論」のイデオロギーは未来のために種をまくという思想を強調している。現在行われているすべての行動は国家と指導者の繁栄と永続的な未来を確実にすることを目的としており、金日成、金正日、金正恩と続く金一族へのカルト的な人格崇拝と絡み合っている。

支配者一族、国家、イデオロギーへの忠誠の重要性を強調する。未来の種を育み、体制の永続的な強さを保証するという観点からプロパガンダは組み立てられる。金日成にだけ使われていた「父」や「偉大」という言葉が今回、金正恩に使われているとBBCは分析している。

■専門家「朝鮮情勢は1950年以来の危険な状態」

今年初め、金正恩は朝鮮半島の南北統一はもはや不可能であり、憲法を改正して南朝鮮を「主敵」に指定すべきだと発言した。韓国を主敵とすることで内部の結束を強めるのが狙いとみられるが、北朝鮮の指導者が統一政策から離れるのは極めて異例だと専門家は指摘している。

米中対立やウクライナ戦争で、西側と権威主義国家の中国、ロシア、イラン、北朝鮮が対決姿勢を強める中で、金正恩は立場を鮮明にしただけかもしれない。しかし米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」(1月11日)は「金正恩は戦争の準備をしているのか」と疑問を投げかけている。

「半島情勢は朝鮮戦争が勃発した1950年6月以来の危険な状態だ。大げさに聞こえるかもしれないが、1950年の祖父・金日成のように金正恩は戦争に踏み切るという戦略的決断を下したと考える。金正恩がいつ、どのように引き金を引くつもりなのかは分からない」と警戒警報を発している。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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