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大腸菌だらけのテムズ川 ボート部員は腹痛や嘔吐を訴え 破綻した英国の水道民営化

木村正人在英国際ジャーナリスト
大腸菌だらけのテムズ川でボートを漕ぐ部員(写真:ロイター/アフロ)

■「テムズ川に720億リットルの汚水を垂れ流す」

[ロンドン発]英大衆紙デーリー・メールのアンドリュー・ピアース記者が4月5日付で英国最大の水供給処理会社テムズ・ウォーターについて「2020年以降、テムズ川に720億リットルの汚水を垂れ流し、大学対抗ボートレースを台無しにしたと非難されている」と検証している。

テムズ・ウォーターはサッチャー革命で1989年に民営化された大手公益会社。ロンドンの大部分、ルートン、テムズ・バレー、サリー、グロスターシャー、ウィルトシャー北部、ケント西部、その他イングランドの一部地域(英国人口の4分の1)の給水と排水処理を担っている。

同社の歴史は1604年の水道供給会社に遡ることができる。ロンドンでは1850年代、医師ジョン・スノーが疫学的手法でコレラの原因・感染経路を突き止め、汚水処理の改善が促された。テムズ川の浄化も進められ、1904年に水道事業は公有化された。

■「水の中に大便がなければ良かったのに」

昨年6月、テムズ・ウォーターは財政破綻間近と報じられた。英紙フィナンシャル・タイムズ(4月5日付)は「テムズ・ウォーターの親会社は債券保有者に債務不履行を通告する正式な通知を送り、同社の再建に暗雲が漂っている」と報じた。

インフラは老朽化し、2017~23年に環境庁から汚染の責任を問われ、3570万ポンド(約68億円)の罰金を科された。昨年11月には規制当局から汚染・給水中断などの削減目標を達成できなかったとして1600万人の顧客に7377万ポンド(約141億円)を返却するよう命じられた。

オックスフォード大学のボート部員が毎年恒例の大学対抗ボートレースでケンブリッジ大学に敗れたのはテムズ川の高濃度の大腸菌が原因だと非難した。ボート部員は腹痛や嘔吐を訴え「水の中に大便がなければ良かったのに」と英BBC放送に話した。

■下水の流出は2年間で倍増

環境庁によると、イングランドでは昨年、下水の流出が360万時間に達し、2022年の175万時間から倍増した。人間の排泄物だけでなく、ウェットティッシュ、生理用品などが含まれており、テムズ川からは深刻な感染症を引き起こす恐れのある高濃度の大腸菌が検出された。

環境団体は「汚染はテムズ・ウォーターが川とその支流に直接下水を放流したことが原因」と指摘する。英国のインフラは19世紀のビクトリア朝時代に建造されたものが多い。雨水と下水を同じパイプで処理しているため、雨が多いと下水処理施設が機能不全に陥る恐れがある。

前出のデーリー・メール紙のピアース記者は「破産寸前のテムズ・ウォーターCEO(最高経営責任者)の自宅は400万ポンド(約7億7000万円)。手入れの行き届いた屋外温水プールの水は澄んでいた」と皮肉った。CEOの年収は230万ポンド(約4億4000万円)だという。

■利益至上主義は公益事業には向かない

テムズ・ウォーターに出資しているのはカナダや英国大学の年金基金、オーストラリア、欧州の投資会社、アブダビや中国の政府系ファンドだ。ピアース記者は、英国政府は現在、納税者に巨額の負担を強いるテムズ・ウォーター再国有化に向け待機していると報じている。

「鉄の女」マーガレット・サッチャー首相の小さな政府と民営化路線は世界金融危機、欧州債務危機、欧州難民危機、英国の欧州連合(EU)離脱、コロナ危機、インフレによる生活費の危機、ウクライナ戦争、イスラエル・ハマス戦争という危機のドミノ倒しで瀕死の状態だ。

民営化された英国の鉄道事業の約半分が事実上、公的部門によって運営されている。富士通が引きずり込まれた英ポストオフィスの勘定系システムの欠陥による大量冤罪事件ももとはといえばシステム開発というインフラ投資をケチったのが原因だ。

利用者は鉄道運賃の高騰に苦しめられ、次の総選挙で政権奪還が確実視される最大野党・労働党は鉄道公有化を掲げる。利益至上主義は継続的なインフラ投資が求められる公益事業には向かないという当たり前の現実が私たちに突き付けられている。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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