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ジダンの息子起用は、親の七光り?レアル・マドリー第3GKたちの実力

小宮良之スポーツライター・小説家
クルトワ、リュカのGK二人が試合前にウォーミングアップ(写真:ロイター/アフロ)

 レアル・マドリーのジネディーヌ・ジダン監督が、息子リュカ・ジダン(20歳)を今シーズン初めて公式戦に起用したことが一つの話題になった。リュカは第3GK。ベルギー代表ティボー・クルトワ、コスタリカ代表ケイラー・ナバスの控えである。

 これは、親の七光りなのか――。

「私のことを知っている人なら、みんな分かると思う。リュカは彼自身の力でここにいる。16年前から、ずっとマドリーでプレーを続けてきた。下部組織出身の選手であり、例えば(ダニエル)カルバハルと何ら変わらない。(起用について聞かれても)それだけのことだよ」

 ジダンは3-2で勝利を収めたウエスカ戦後、息子リュカを起用した理由について笑顔で語った。ただ、冬のマーケットでキコ・カシージャがリーズ・ユナイテッドに移籍するまで、リュカは”第4GK”に過ぎず、カスティージャ(マドリーBチーム)でプレーしていたのだ。

 その抜擢を、周囲が「親心」と勘繰るのは自然だろう。

 では、マドリーの第3GKはトップチームでプレーする力がないのか?

カニサレスの語る運

「レアル・マドリーで正GKになるには、実力だけではなくてね。なんというか、運が必要なんだよ。それは奇跡に近い」

 サンティアゴ・カニサレスがそう言って、肩を竦めていたのを思い出す。

 カニサレスはスペイン代表レギュラーGKとして活躍した選手だが、マドリー下部組織出身でトップ昇格したときは第2,3GKの域を出なかった。期待のホープだったが、トップデビューできずに新天地を求めている。2部での活躍を経て、23歳のときに1部セルタでプレーしたときだった。いきなりサモーラ賞(リーグ最優秀GK賞)を獲得し、その実力を証明した。

 セルタで2シーズンプレーした後、意気揚々とマドリーに戻った。しかし4シーズン在籍したものの、定位置をつかみ切ることはできていない。その後、カニサレスは再び移籍したバレンシアで数々のタイトル獲得に貢献。3度にわたって、サモーラ賞も受賞した。リーグ最高のGKとしての名声を得たのである。

 実力的には、マドリーの正GKとしての資格はあった。

 しかし、マドリーのGKになる選手は破格の運を持っているものなのだ。

カシージャスの生まれついての星

 カニサレスは悲運がつきまとうGKだった。

 2002年日韓W杯で、スペイン代表正GKの座にいたにもかかわらず、直前で入浴中にローションの瓶を落とし、割れたガラスで足を負傷。大会を棒に振ることになった。入れ替わる形で、イケル・カシージャスにポジションを奪われた。

 そして、このカシージャスこそ生まれついての星を持っていた。

 マドリーのユース所属だったカシージャスは16歳のとき、トップチームのGKが立て続けに負傷離脱し、チャンピオンズリーグに招集されている。そして18歳のときには第3GKとしてスタートも、二人のGKがやはり負傷。プレー機会が巡ってきている。その後、一人のGKが戦列に復帰も、不安定なプレーを連発。再び、カシージャスにお鉢が回ってきた。おかげで、19歳にしてチャンピオンズリーグ決勝の舞台に立っている。

 カニサレスと前後し、頭角を現したのが、カシージャスだった。

 カシージャスは決戦の場において、奇跡的なセービングを見せ、チームを救っている。ガンマンを思わせるような1対1でのシュートストップは神懸かっていた。重圧を力に変換するような、ぶっ飛んだメンタリティの持ち主だった。

 運はメンタルにも通じるだろう。

 しかし、その特殊な能力はなくとも、GKとして最大限に鍛えられた力を持っているのが、マドリー下部組織のGKなのだ。

マドリー第3GKのポテンシャルの高さ

 事実、過去10年にマドリーの下部組織から昇格したGKは、第3GKとして過ごした後、その多くがトップレベルでプレーしている。ジョルディ・コディーナ、トマス・メヒーアス、ヘスス・フェルナンデス。彼らは移籍後、トップレベルのチームでゴールマウスを守った。

 アントニオ・アダンも、その一人だろう。ジョゼ・モウリーニョに抜擢されたとき、マドリーでは不本意なプレーを晒したものの、移籍したベティスでは正GKとして躍進に貢献。リーグ屈指のGKとなった。今シーズンは、強豪アトレティコ・マドリーでリーグ最高GKヤン・オブラクの控えに甘んじているが・・・。

 フェルナンド・パチェーコも、ナバス、カシージャに続く第3GKだったが、移籍したアラベスで正GKとして活躍。2017-18シーズンには、スペイン国王杯決勝進出の立役者になった。今やスペイン代表候補にも名前が挙がるほどだ。

 一番最近、第3GKだったカシージャは在籍3シーズン半で、公式戦出場試合数は50にも満たなかった。しかし今年1月にイングランドのリーズに移籍後は、正GKとしてプレー。カシージャの場合、もともとマドリーで出番がなくエスパニョールに移籍し、そこでスペイン代表にも選ばれて戻ってきたわけだが、カニサレスと同じようにチャンスに恵まれなかった。

リュカの実力

「リュカはトップリーグで何年も活躍するGKになるだろう」

 カシージャは、“後輩”のポテンシャルを賞賛している。

「リュカに起こっていること(ジダンに抜擢されたこと)は悪いことなどなにもない。この私が、一番に喜んでいる。リュカは素晴らしい人間で、素晴らしいGKでもある。今年は成熟し、飛躍する年になるだろう」

 マドリー下部組織で育ったGKたちは、トップでプレーすることがどれだけ難しいか知っている。たとえ、それが親の七光りであっても、実力がなかったらあり得ない。「出番が与えられた者を祝福する」。それは厳しい世界を生きる、マドリーGK同士の高潔な仲間意識なのだ。

 もっとも、マドリーGKは“選ばれし者”にのみ与えられる栄誉である。

 リュカは来シーズンに向け、まずアピールが必要になる。ウクライナ代表GKアンドリー・ルニンが期限付き移籍から戻ってくる公算が高い。クルトワ、ナバスの牙城は高く、現状では第3GKからも再び弾き出される。

 今回、リュカはウエスカ戦で幾ばくかの運に恵まれた。クルトワが負傷、ナバスが代表から戻ってコンディションが不完全。そして父ジダンのおかげで、プレーする機会を得た。

 リュカはその運を最大限に生かし、前に進むしかない。   

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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