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「エア ジョーダン」誕生秘話が大絶賛。ベン&マットの友情を重ねれば、さらに胸は熱くなる

斉藤博昭映画ジャーナリスト
サウス・バイ・サウスウエスト映画祭での『AIR エア』上映でのベンとマット(写真:REX/アフロ)

今も人気を誇るナイキのバスケットボール・シューズ、エア ジョーダン。1984年に発売されたこの定番商品は、ナイキの一人の社員による「ひらめき」「常識はずれの行動」「情熱」によって生まれた。

発売前は、バスケットボール・シューズの米国でのシェアは、コンバース54%アディダス29%ナイキはわずか17%。まさに“下剋上”の賭けに出たわけで、そのサクセスストーリーを、ハリウッドが映画にしたくなるのは必然。この『AIR/エア』は、2021年の「映画化されていない最高の脚本」に選ばれていた。

1984年といえば、マイケル・ジョーダンがNBAのドラフトで指名を受けた年。つまり、まだNBAのトップスター選手ではなかった。しかも当時の彼はアディダスを愛用。そんなジョーダンに、ナイキは自社の未来を託し、信じがたい奇策も使って契約を結ぼうとした。その舞台裏が面白くないわけはない。

実際に映画『AIR/エア』、映画批評サイトのロッテントマトの評価でも、批評家99%、観客99%という異例のハイスコアを記録(4/5現在)。どちらかが満点近い作品は数多いが、双方でこの数字はめったにないケース。絶賛で迎えられているのだ。日本では4/7に公開。

そして『AIR/エア』が心を掴むのは、マット・デイモンベン・アフレックの作品である点だ。とくに映画ファンには、その感慨が深い。

マットはナイキのバスケ専門家である主人公のソニー役。ベンはナイキのCEOフィル役。無謀ともいえるジョーダンへの交渉で、ソニーにチャンスを与えるのがフィル、という関係性だ、ベン・アフレックは『AIR/エア』の監督を務め、マットとともに製作に名を連ねている。

ナイキのバスケ担当、ソニー・ヴァッカロ
ナイキのバスケ担当、ソニー・ヴァッカロ

ナイキの創業者でCEOのフィル・ナイト
ナイキの創業者でCEOのフィル・ナイト

現在のハリウッドにおいて、このトップスター2人の長年の友情は特別なものだ。出会ったのはマットが10歳、ベンが8歳のとき。近所に暮らす子供同士で仲良くなった。ベンは子役としてキャリアをスタートさせており、マットも10代で俳優業をめざし、高校時代には夢をかなえる資金のため2人は共同の銀行口座を作ったりも。やがてマットも俳優デビューを果たし、1992年の『青春の輝き』で2人は初共演。マットがハーバード大学時代の授業のために書いた戯曲を2人で脚本化した1997年の『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』がアカデミー賞で脚本賞に輝く(同作では2人がメインキャストで出演)。ここから彼らの大スター人生が本格的に始まった。

マットのアイデアと情熱に、ベンが協力して大成功を収める、という当時の構図は、ざっくりとだが今回の『AIR/エア』のソニーとフィルに重なってしまう。25年の時を超えて、俳優の関係が映画に滲み出るわけで、胸が熱くなるのは必然だろう。

1998年、第70回アカデミー賞で脚本賞を受賞したマットとベン。2人の間に立つのは同作で助演男優賞を受賞した故ロビン・ウィリアムズ
1998年、第70回アカデミー賞で脚本賞を受賞したマットとベン。2人の間に立つのは同作で助演男優賞を受賞した故ロビン・ウィリアムズ写真: ロイター/アフロ

オスカー受賞後もマットとベンの厚い友情関係は続き、2人は「プロジェクト・グリーンライト」という脚本コンテストを立ち上げ、優秀な才能を発掘した。ベン・アフレックがアルコール依存症でキャリアのピンチを迎えたときも、マットが心の支えになるなど、友情エピソードは事欠かない。2021年のリドリー・スコット監督作『最後の決闘裁判』で2人は久しぶりに一緒に脚本を担当(もう一人、ニコール・ホロフセナーと共同)。共演も果たした。そして時間を置かず『AIR/エア』に取りかかった。

ダンキン・ドーナツの最新のコマーシャルでも、ベン・アフレックが店員にマット・デイモンに勘違いされ、マットの俳優としてのスタンスの話になる……というお茶目な展開で、2人の仲の良さが伝わる。

『AIR/エア』ではベン・アフレックの監督としての才能も発揮される。実話ということでマイケル・ジョーダン本人も登場するのだが、監督のベンは誰もが知るカリスマの若い時代をどう描いたか。その工夫には感心するばかりで、ジョーダンのその後の人生を意外なスタイルで重ねた演出にも唸らされる。1984年の時代を再現するうえで、当時のヒット曲が次々と流れ、しかもシーンにぴったりなのも監督としてのセンスの表れ。

主演を務めたマット・デイモンは、そんなベン・アフレックの演出を“支えている”という印象なのが、これまた微笑ましい。『グッド・ウィル・ハンティング』とは逆に「監督・ベン」の背中を押しているのが「俳優・マット」という『AIR/エア』の構図に、映画ファンはしみじみと感動に浸ってしまうのである。

ワシントン・ウィザーズ時代のマイケル・ジョーダン
ワシントン・ウィザーズ時代のマイケル・ジョーダン写真:ロイター/アフロ

『AIR エア』

4月7日(金)より全国ロードショー

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映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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