「新しい青の時代」を生きよう 山田稔明ワンマンライヴレポート
旅するシンガーソングライターのインディペンデントな活動
山田稔明は華やかなラヴソングを歌わない。政治的な主張を強くすることもない。奇を衒った表現をすることもない。日常の細やかな息遣いや機微をすくいとって歌詞にし、それを極限まで研ぎ澄まされたメロディーとともに歌うアーティストだ。ただそれだけのことだけれど、それを山田稔明ほど突き詰めた境地に到達しているアーティストを私はそう多く知らない。さらに彼は、自身の作るメロディーに見事に合った天性の声を持つ。6月2日に恵比寿天窓switchで開催された山田稔明のワンマンライヴ「夜の科学vol.41~新しい青の時代」ではその事実を再確認させられた。
山田稔明は、1999年にメジャー・デビューしたバンドであるGOMES THE HITMANのヴォーカリストだ。私は当時、渋谷HMVにディスプレイされていたCDでGOMES THE HITMANの存在を知った。近年の山田稔明は、ソロ活動のほか、ソングライターとしても多数の提供曲を手掛けており、坂本真綾のミニ・アルバム「30minutes night flight」や、アニメ「謎の彼女X」で使われた吉谷彩子の「恋のオーケストラ」で彼の名を知った人もいるだろう。映画「ナナとカオル」の音楽も手掛けている。
メジャー・レーベルとそうした仕事をしている一方で、私の中での山田稔明はとにかく旅をしているアーティストだ。ツアーの告知をし、しばらく経つとTwitterで遠くの土地からツイートしている。ひとりで、あるいはバンドで山田稔明はライヴを続け、これまでに2枚のソロ・アルバムがCDとして届けられた。2009年の「pilgrim」と2010年の「home sweet home」だ。高い評価を得たこの2枚のアルバムは、しかしCDショップに並ぶことはなかった。公式サイトとライヴ会場のみで限定販売されてきたのだ。山田稔明のソロ活動は非常にアグレッシヴであり、そして徹底してインディペンデントだった。
印象的なのは、「home sweet home」発売前の2010年1月22日に、新高円寺Salon by marbletronで開催されたライヴだ。私はライヴのTwitter実況を山田稔明に頼まれたので曲名を随時ツイートし、彼はライヴ中にiPhoneを操作して数曲をUSTREAMで生配信した。ライヴでインターネットを使うにしても、それを担当するのは山田稔明自身。その頃から現在に至るまで、手法に差異はあれど、そうした姿勢はまったく変わっていない。
震災後の愛猫との暮らしから生まれる音楽
「夜の科学vol.41」では、開演まで猫の映像が流れていた。そしてステージに立ったのは、山田稔明 with 夜の科学オーケストラ。山田稔明のバックを務めるのは、itoken、安宅浩司、五十嵐祐輔、海老沼崇史だ。
最初に歌われたのは、ニュー・アルバム「新しい青の時代」の冒頭を飾る「どこへ向かうかを知らないならどの道を行っても同じこと」だ。マンドリンの響きに包まれながら、この長いタイトルの楽曲は「なぜ山田稔明は歌うのか」を高らかに表明しているかのようだった。
「home sweet home」では会場で赤ちゃんの泣き声がして、その偶然にすら「曲名通りに家っぽいな」と感じてしまった。ピアニカ、クラリネット、グランドピアノも奏でられるなど、アコースティックな感触が強いサウンドの楽曲が並ぶ中でも、「光と水の新しい関係」は、R.E.M.をはじめとするアメリカのロックを愛する山田稔明の資質が出たサウンドだ。
そして「平凡な毎日の暮らし」から「予感」への流れは、このライヴの重要な部分だった。ここで歌われている日常性は、東日本大震災以降に改めて見つめ直された日常だ。
本編は「ナナとカオル」の主題歌「あさってくらいの未来」で終わり、アンコールでは新曲を披露。ライヴの最後の最後に歌われたのは、さまざまな土地で山田稔明の歌を待つファンに捧げられた「ハミングバード」だ。美しいメロディーと洗練されたサウンド、そして歌声に心地良く酔いしれた夜だった。
CDというパッケージに仕掛けられたささやかな魔法
この夜のMCはどれも印象的なものばかりだった。山田稔明は語る。CDが売れないという感覚がわからない、作っただけ売れる、誰も損をしない状態だ、と。
そして、「pilgrim」と「home sweet home」という過去の2枚は大事なアルバムだったので誰が聴いているのかを把握したかった、と話した。その2枚も、一般のCDショップで7月7日に全国発売される新作「新しい青の時代」と同じ流通に今後は乗せることにしたという。「新しい青の時代」を全国流通にしたのは、すごいアルバムだから荒波に乗せようとした、CDショップで偶発的に買えるようにした、と山田稔明は言う。
山田稔明は自分がビッグマウスだと笑う。「新しい青の時代」を公式サイトで予約した際に、特典として「山田稔明は何者で、どこから来てどこへ向かうのか」と題された約23分のトラックがダウンロードできた。その中でもたしかに彼は平然と自画自賛しているのだが、絶妙なユーモアにくるまれていて嫌味がない。彼の個性、あるいは人徳だ。
この6月2日には、「新しい青の時代」がライヴ会場で初めて先行発売された。山田稔明は、意図的にインターネットにフル試聴を用意しなかったという。彼はファンに語りかけた。CDを聴いて、感想を書くなどのアクションを起こしてほしい、と。
「新しい青の世代」は紙ジャケット仕様だが、その見開きジャケットの中の絵は公開されておらず、私も公式サイトで予約していたCDを手にして初めて見た。山田稔明は、積極的にiTunes Storeを通じて音楽配信で作品を届けつつ、一方でパッケージとしてのCDへの愛情を隠さない。実際、ジャケットを開けて絵を見た瞬間、予想しなかった絵に私もまた喜びを感じた。そうしたささやかなマジックが「新しい青の世代」には仕掛けられている。
「新しい青の時代」を生きよう
山田稔明は、当初は新作のタイトルを「blue」にしようと考えていたという。ジョニ・ミッチェルの名盤のようだ。最終的に「新しい青の時代」と題されることになるのだが、それはピカソの「青の時代」を踏まえたものだという。「青の時代」とは、親友の死を境にピカソが青を基調とした絵を描いていた時代のことだ。
そして、山田稔明にとっての「青の時代」のきっかけに当たるのは東日本大震災であり、しかし日常に希望を見出そうとして付けられたタイトルが「新しい青の時代」だという。そう、「新しい青の時代」にも収録されている「ハミングバード」は、東日本大震災の翌日にYouTubeでデモ音源が公開された楽曲なのだ。
2011年3月12日に山田稔明はブログで以下のように書いている。
「新しい青の時代」に収録された楽曲たちは、私たちのさまざまな感情をその「青」の中に吸い込んでいく。今後のライヴを通じて「新しい青の時代」の「青」の彩りは、さらに多彩かつ深みをもったものになっていくことだろう。
終演後、「新しい青の時代」を手にしたファンが長い列を作り、山田稔明はそのひとりひとりの顔を見て、会話を交わしながらサインをしていた。CDとは工場で生産されて資本主義社会のシステムの中で流通する商品ではあるが、それでもCDを通じて可能な限りファンと直に接しようとする山田稔明というアーティストの誠実さを感じた。
何歳になっても歌うのをやめないと山田稔明はライヴで宣言した。彼が楽曲を作り、歌い、全国のファンと共有する日々が長く続きますように。そうささやかに祈る。北海道、東北、関西など、今後のライヴもすでにアナウンスされている。山田稔明の次の旅はもう始まっているのだ。