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スティーヴ・ハケットが語る“ジェネシス・リヴィジテッド”とソロ・キャリア【前編】

山崎智之音楽ライター
Steve Hackett(写真:REX/アフロ)

スティーヴ・ハケットにとって、2020年から2021年はクリエイティヴな時期だった。

2020年5月に予定されていた“ジェネシス・リヴィジテッド・ツアー”来日公演が新型コロナウィルスの影響で2021年6月に延期となり、結局中止に。だがその一方で『サレンダー・オブ・サイレンス〜静寂の終焉』、『紺碧の天空 (Under A Mediterranean Sky)』という2枚のスタジオ新作、ジャベ(Djabe)との共演ライヴ・アルバム『ザ・ジャーニー・コンティーニューズ』を発表。さらに自伝『スティーヴ・ハケット自伝〜ジェネシス・イン・マイ・ベッド』も刊行するなど、その豊潤な創造力には驚かされるばかりだ。

いよいよライヴ活動を再開、11月から12月にかけてのヨーロッパ・ツアーを終えてイギリスの自宅でリラックスするスティーヴにインタビュー。その近況と、ジェネシス時代の秘話を訊いてみた。全2回の記事、前編は新作を中心に語ってもらおう。

『サレンダー・オブ・サイレンス〜静寂の終焉』ジャケット/GEN(弦) 現在発売中
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<ヨーロッパ、アジア、アフリカ、南米...“音楽の国連”を目指しているんだ>

●ヨーロッパ・ツアーの成功、おめでとうございます。

有り難う。40回ぐらいショーをやったんだ。イギリスから北欧を回って、パリとモナコでもショーをやった。フランスは特にコロナの規制が厳しくて、パリではお客さんが全員マスクをしていたよ。オミクロン変異株の感染拡大があって、イギリスに戻るときに膨大な数の書類を書かされたし、しばらく自宅で隔離される必要があったけど、ツアーをやって本当に良かったよ。私のいるべき場所がステージの上だという思いを新たにしたね。バンドは絶好調の状態だし、お客さんからの反応も素晴らしかった。ツアーを重ねるごとに、ステージ・パフォーマンスが良くなっていくのが自分で判るんだ。毎日のように状況が変化しているけど、事態が良くなるのを祈るばかりだ。国外のツアーが再び可能になって、2022年には北米ツアーも決まったから、次はぜひ日本に戻りたいね。

●最新アルバム『サレンダー・オブ・サイレンス〜静寂の終焉』について教えて下さい。

“dense =密度の濃い”アルバムだよ。エレクトリック・ギター、オーケストラ、ロック、幾重にも重なったコーラス、アフリカ、上海、サマルカンド...あまりに多様な要素が詰まっていて、 聴いた人が呑み込んでくれるか心配になったほどだ。でも今のところ、反響はすごくポジティヴなものばかりだ。

●どんなアルバムを作ろうとしましたか?

近年、私はジャンルの境界線を超えようとしてきたんだ。クラシックとは?ロックとは?ポップとは?...てね。また、音楽の地域性にも囚われたくなかった。元々私はイギリスのロック・ミュージシャンとして出発したけど、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、南米...私なりに咀嚼しながら取り入れてきたんだ。“音楽の国連”を目指しているんだよ(笑)。もうひとつ志したのは“耳で聴く映画”だった。曲ごとに異なったシーンや風景を音で描くようにしたんだ。ジェネシス時代から映画音楽に影響されてきたし、常にシネマチックであろうとしてきた。当時は若くて経験も浅かったし、出来ないことも多かったけど、『サレンダー・オブ・サイレンス』ではかなり達成出来ているんじゃないかな。

●あなたがアルバムの“主人公”であるのはもちろんですが、参加メンバーも多大な貢献をしていますね。

うん、大勢のヴィルトゥオーソ(達人)と共演することが出来たよ。私は常々、ロックにおけるベース・ギターに制約を感じていた。ただ楽曲の低音をブン、ブブンと弾くのでは、音楽の可能性を狭めると考えてきたんだ。ヨナス・ラインゴールドはそんな制約を取り払って、自由に羽ばたいてくれるプレイヤーだ。彼はスウェーデン出身で、おそらく世界最高のベーシストだろう。クリスティーン・タウンセンドのヴァイオリンとヴィオラも素晴らしい。彼女は“1人オーケストラ”で、ロックやクラシックなど既存のスタイルに収まることのない活動をしてきた。オリエンタルな音楽からトランシルヴァニアの音楽まで、ジャンルの壁を叩き壊してきたんだ。ヴィオラという楽器はヴァイオリンとチェロの個性を兼ね備えていて、彼女の多様性を表していると思うね。ロジャー・キングもキーボードとプログラミングで多大な貢献をしてくれた。比較的少人数のチームで最大限の効果を得ることが出来たね。

●ちなみにクリスティーン・タウンセンドとサックス/クラリネット奏者のロブ・タウンセンドは血縁関係があるのですか?

いや、血縁関係はないし、結婚しているわけでもない。単なる偶然だよ。どちらも卓越したミュージシャンだという点では共通しているけどね。ロブはジャズの教授でもあるんだ。とてもメロディックなプレイヤーで、『サレンダー・オブ・サイレンス』『紺碧の天空』ではその本領を発揮しているよ。「上海・トゥ・サマルカンド」では中国の笛子も吹いているんだ。どの国の楽器でも自分らしくプレイしてしまう、カメレオンのような存在だね。

●あなた自身もギターだけでなく、さまざまな楽器を使って表現していますね。

そう、アルメニアやタジキスタン、中東や地中海の音楽からの影響があるし、現地の楽器も弾きたかったんだ。「上海・トゥ・サマルカンド」ではベトナムのダン・チャインを弾いている。日本の琴にも似た楽器で、私の音楽に素晴らしい響きをもたらしてくれた。私にはAC/DCのようなベーシックなロックンロール・アルバムは作れない。でも私には私の音楽スタイルがあるし、それは『サレンダー・オブ・サイレンス』と『紺碧の天空』でとても良い形で機能していると思うよ。『紺碧の天空』はアコースティック・ギターで、より地中海の音楽に接近したアルバムだった。クラシック音楽への敬意を込めながら、フラメンコやフォーク・ミュージックの要素も加えていったんだ。

●『サレンダー・オブ・サイレンス』の「ナタリア」は西洋クラシック音楽の要素を感じさせます。

「ナタリア」はオーケストラルな曲で、偉大なロシアのクラシック作曲家たちにオマージュを捧げているんだ。プロコフィエフやチャイコフスキー、ストラヴィンスキーなどへの敬意を込めていて、アルバムでお気に入りの曲だよ。ナタリアというロシア人女性が主人公なんだ。それ以外にも19世紀のロマン派音楽、17世紀のバロック音楽...16世紀から21世紀まで、さまざまな時代の音楽からインスピレーションを受けてきた。いろんな音楽をやってみたいんだ。

『紺碧の天空』ジャケット/GEN(弦) 現在発売中
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<ジェネシスはSF映画の音楽から影響を受けてきた>

●あなたの自伝『ジェネシス・イン・マイ・ベッド』を読むと、『禁断の惑星』(1956)や『幽霊島』(1962)、『アルゴ探検隊の大冒険』(1963)などSF/ホラー映画への傾倒が窺えますが、アルバムのブックレットで“ゾンビ・アポカリプスだ!”と紹介されている「デイ・オブ・ザ・デッド」は『死霊のえじき』(1985)とは関係があるのでしょうか?

いや、メキシコの記念日“死者の日”をモチーフにした曲で、まったく無関係だよ。そもそも、そんな映画があることを知らなかった。有名な映画なの?

●『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968)『ゾンビ』(1978)に続くジョージ・A・ロメロのゾンビ三部作の完結編です。その後、もっとたくさんの続編が作られましたが。

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』は好きだよ。1950年代後半から1960年代前半の少年時代、SF映画が大好きだったんだ。『禁断の惑星』や『宇宙水爆戦』(1955)は映画館にお小遣いを握りしめて見に行ったよ。それらの音楽はずっと頭に染みついてきたし、ジェネシスも音楽やコンセプトから影響を受けてきたよ。

●具体的にどんな映画音楽家から影響を受けましたか?

『眩惑のブロードウェイ』(1974)の「フライ・オン・ア・ウインドシールド」はミクロス・ローザから影響を受けたものだ。『ジュリアス・シーザー』(1953)や『ベン・ハー』(1959)『キング・オブ・キングス』(1961)など、多くの大作映画を手がけてきた作曲家だよ。クラシカルなオーケストレーションで知られていた。ディミトリ・ティオムキンやマックス・スタイナーにも通じる、銀幕の黄金時代の音楽だよ。音楽にまだイノセンスがあった時代のそんな要素をジェネシスに持ち込みたかったんだ。私のソロでは、『幻影の彼方 ~ビヨンド・ザ・シュラウデッド・ホライゾン』(2011)の「ターン・ディス・アイランド・アース」が『宇宙水爆戦』からインスピレーションを得た曲だ。『月影の騎士』(1973)の「ダンシング・ウィズ・ザ・ムーンリット・ナイト」のエンディング部分のワーキング・タイトルは“ディズニー”だったんだ。『ピノキオ』(1940)の音楽は最高だし、『ファンタジア』(1940)ではクラシック音楽が見事な使われ方をしていた。そんな雰囲気を出したかったんだよ。私は日本のジブリのアニメ映画のファンでもあるんだ。現実とファンタジー、そして日本の伝統文化が交錯する『千と千尋の神隠し』は何度か見て、そのたびに魅了されるよ。

●ジェネシスの曲でSF映画のコンセプトを踏襲したものはありますか?

映画ではなく小説だけど、「ウォッチャー・オブ・ザ・スカイズ」の歌詞とピーター・ゲイブリエルのコスチュームは、アーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』からインスパイアされたものだ。まるっきり同じではなく、私たちならではの考察も加えているけど、“ウォッチャー(監視人)”のコンセプトは多大な影響を受けている。この曲はジェネシスの最高傑作のひとつだと思う。聴く人のイマジネーションをかき立てる曲だ。イントロのメロトロンもSF映画的だよね。私が子供の頃にサイエンス・フィクションだった宇宙旅行は、もはや絵空事ではなくなった。それでも私にとって宇宙は“夢”なんだ。いつまでも宇宙は憧れの対象であり、マジックなんだよ。

Steve Hackett on stage
Steve Hackett on stage写真:REX/アフロ

<ジェネシス再結成が実現する可能性はきわめて低い>

●2021年11月から12月にかけてのヨーロッパ・ツアーの反響はどのようなものでしたか?

最高だったよ。1970年代のジェネシスを知るオールド・ファンから若いファンまで、幅広いオーディエンスが集まってきた。『眩惑のスーパーライヴ Seconds Out』(1977)を完全再現するショーで、ある意味グレイテスト・ヒッツだったんだ。日本公演が中止になったのが残念でならないよ。日本では『月影の騎士』と『眩惑のスーパーライヴ』を完全再現する予定だったんだ。重複する曲もあるけど、かなり長いショーになる筈だった。ツアー日程を再調整して、ぜひ日本でプレイしたいね。2022年は『フォックストロット』(1972)の50周年にあたるから、イギリスでアニヴァーサリー・ツアーもやりたいんだ。そうなると日本のファンも『フォックストロット』ショーを見たいだろうし...2回呼んでもらうのがベストなアイディアだな。

●ぜひ何度でも日本にいらして下さい。

ただ問題なのは、ジェネシスのクラシック・アルバムを完全再現してしまうと、ソロ・キャリアの曲をプレイする時間がなくなってしまうんだ。『サレンダー・オブ・サイレンス』はとても好評だし、アルバムからの曲を聴きたいリスナーも多いと思う。スティーヴ・ハケットのショーを見に来て、最新作から1曲も演奏しないというのは、ファンをがっかりさせないか心配でもあるんだ。『紺碧の天空』はセールスのことを気にせず作ったアルバムだけど、ヨーロッパの各地でチャートに入ったし、やはり数曲はプレイしたい。『サレンダー・オブ・サイレンス』からも「ヘルド・イン・ザ・シャドウズ」と「ザ・デヴィルズ・キャシードラル」をプレイしているんだ。どちらもライヴで若干アレンジを加えて、さらに成長する曲だよ。とにかくツアーを出来るようになったのは嬉しいよ。ステージに立つのは、ファンにとっても私自身にとってもエモーショナルな経験だ。

●あなたの古巣であるジェネシスも“ザ・ラスト・ドミノ?”と題したツアーを行っていて、あなたがいた時代の「アイ・ノウ・ホワット・アイ・ライク」「ザ・シネマ・ショウ」「ファース・オブ・フィフス」「ダンシング・ウィズ・ザ・ムーンリット・ナイト」「ザ・カーペット・クロウラーズ」も演奏しているそうですね。

私自身がツアーに出ていたから、彼らを見に行くことが出来なかったんだ。まだ2022年にもショーをやるらしいし、タイミングが合えばぜひ行きたいと考えているよ。

●これまで何度か5人編成のジェネシス再結成の噂が立っては消えてきましたが、これが最後のチャンスではないでしょうか?

うーん、これまでの再結成の噂というのも、具体性はなかったんだよ。顔を合わせれば「また一緒にやろうよ」「うん、ぜひやろう」みたいな話になるけど、ビジネスになると、話が大きくなってしまうからね。現実的な話をすると、再結成が実現する可能性はきわめて低いと思う。彼らはトリオ編成でスーパースターになったし、ピーター・ゲイブリエルや私を加えてツアーをするよりも3人でやった方がヒット曲がたくさんある。でも、もしかしたら特別なイベントで全員が揃う可能性もあるし、私もそれを願っているけど、今のところ打診はされていないよ。

●再結成が実現しないのはとても残念です。

その代わり...というわけではないけど、私の“ジェネシス・リヴィジテッド”ツアーは最高のミュージシャン達を迎えて、1970年代の名盤を“正しい”形で再現していると思う。私自身がかつてジェネシスにいたし、もしもジェネシスの精神と異なった演奏になりそうだったら、「それは違う。こうするべきだ」と正せるしね。でも、そう言う必要は一度もなかった。みんなどうプレイすれば最も効果的かを熟知しているよ。

後編記事ではスティーヴに1970年代、ジェネシス時代の秘話と、プログレッシヴ・ロックの同志たちとのエピソードを明かしてもらおう。

【最新アルバム】

『サレンダー・オブ・サイレンス〜静寂の終焉』GEN(弦)IACD10641

紙ジャケット仕様

スティーヴ・ハケット自身によるアルバム&楽曲解説/直筆コメント/日本語解説/英文ブックレット対訳/歌詞対訳付属

『紺碧の天空』GEN(弦)IACD10508

デジパック仕様 日本語解説付属

『THE TOKYO TAPES LIVE IN JAPAN 東京テープス~ライヴ・イン・ジャパン1996+ボーナス・トラック』GEN(弦)IACD10642/643/644

紙ジャケット仕様 特製収納ケース/日本語解説付属

https://www.interart.co.jp/business/entertainment/genlabel.html

【日本公演(中止)】

Steve Hackett(スティーヴ・ハケット) GENESIS REVISITED TOUR 2021

https://clubcitta.co.jp/detail/6342

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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