“メディア嫌い”とフェイクニュース:「信頼」をデータ化し、グーグル・フェイスブックに組み込む
フェイクニュース氾濫の背景には、ユーザーに広がる“メディア嫌い”がある。その問題に、メディアの「信頼」を標準規格としてデータ化し、グーグル、フェイスブックのアルゴリズムに組み込むことで対処する――。
フランス・パリに本部を置くジャーナリストのNGO「国境なき記者団(RSF)」が中心となり、メディアの「信頼」についての標準規格をつくる作業が、大詰めを迎えている。
メディアの経営についての情報公開や、正確性・透明性といった倫理規定など、200を超すチェックリストを策定。パブリックコメントを経て、年内に最終版をまとめる。
200を超すチェックリストは、マシンリーダブル(機械可読)なデータとしてグーグル、フェイスブックのアルゴリズムに組み込み、「信頼度」に応じて表示の優先順位を上げていく。
「信頼」をメディアビジネスの利益、広告主のブランドセーフティ確保にもつなげる狙いだ。
フェイクニュース問題をきっかけとした“メディア嫌い”への取り組みは、この問題の起点でもある米大統領選を2020年に控え、米国だけではなく国際的な課題として注目を集めている。
※参照:“メディア嫌い”がフェイクを支える、その処方箋と2029年の「人工メディア」:#ONA19 報告(09/14/2019)
メディアの信頼性や透明性、ユーザーとのエンゲージメントをめぐる議論は、ソーシャルメディアが広がってきた10年以上前から続くが、コスト削減の波の中で、後退の兆しもあった。
だが“メディア嫌い”とフェイクニュースの氾濫を受け、1周回って改めて、「信頼」が大きなキーワードになってきている。
●「信頼」の標準規格化
「国境なき記者団」が中心となって進めている「ジャーナリズム・トラスト・イニシアチブ(JTI)」は、2018年4月に、フランスの通信社AFP、スイス・ジュネーブに本部を置く欧州放送連合(EBU)、パリに本部を置く国際編集者ネットワーク(GEN)とともにスタートした。
このプロジェクトの特徴は、フェイクニュースに、メディアの「信頼」の指標を標準規格化することで対抗する、というアプローチだ。
ネットの課題へのルールづくりで主導権を取り、事実上の国際標準としていくアプローチは、EUの得意とするところだ。
プライバシー保護におけるEUの「一般データ保護規則(GDPR)」がグローバルに影響力を広げているように、“メディア嫌い”とフェイクニュースの問題でも、同様のアプローチが視野にあるようだ。
プロジェクトが発足した2018年、GENのCEO、ベルナール・ペッケリー氏は声明でこう述べている。
GDPRの施行によって、欧州がプライバシーの取り扱いに一体で取り組むことを示すように、国境なき記者団のこの新たなイニシアチブは、大歓迎の動きだ。
さらに、メディアサイト「Journalism.co.uk」の取材に、プロジェクトディレクターのオラフ・スティーンファト氏はこう述べている。
見知らぬ誰かをどうやって信頼できるか? これは対人関係でも、そしてビジネスやメディアでも同じ問題だ。
さらに、ビジネスについてもこう指摘する。
広告主も我々と同様のジレンマに直面している。これはネット上の安全な環境を明確にするということ:ブランドセーフティと呼ばれているものだ。
この分野を改善していくためのツールについても、広告主たちはフェイスブックとグーグルに要望している。そして、我々がプロの規範に合致した倫理基準を取りまとめることができれば、ネット上のコンテンツのマネタイズを支援することができるだろう。
指標は、ベルギー・ブリュッセルに本部を置く標準化機関「欧州標準化委員会(CEN)」を舞台に、強制力を持たない「ワークショップ合意(CWA)」として策定。
この指標はマシンリーダブルな形でまとめられ、策定後にはグーグル、フェイスブックのアルゴリズムに実装される予定だという。
これまでにキックオフミーティングと3回のワークショップが行われ、11月に4回目のワークショップを開催。年内に最終的な「ワークショップ合意」が採択される予定だ。
すでに44ページに上る草案が公開中で、10月18日までパブリックコメントを募集している。
●208項目のチェックリスト
プロジェクト(JTI)の標準化項目は大きく16テーマ。
「メディアの運営主体の公開」「編集のミッションステートメント(理念)」「オーナーシップの公開」「編集態勢の公開」「収益・情報収集の公開」「編集指針の説明」から「研修態勢」まで網羅する。
これらをさらに具体的な要件に落とし込み、「ミッションステートメントが公開されているか(イエス/ノー)」「ミッションステートメントはネットにも公開されているか(イエス/ノー)」など、必須項目とオプション項目を含む、合わせて208項目のチェックリストを作成。
メディアはこの208項目に回答していくことで、その信頼度が判定されることになる。
この膨大なチェック項目を、わざわざ標準規格として策定する理由は、“メディア嫌い”の蔓延だ。
●“メディア嫌い”が国際的に蔓延
フェイクニュース氾濫の背景となっている“メディア嫌い”は、国際的に蔓延している。
2019年6月に公表されたオックスフォード大学ロイター・ジャーナリズム研究所の報告書「デジタル・ニュース・レポート2019」では、日本を含む38カ国、7万5,000人を対象に調査。
この中で「ニュースを信頼する」と回答したのは42%、「自分が目にするニュースを信頼する」は49%、といずれも半数以下で、前年比で2ポイントの減少だった。
また米調査機関のギャラップは毎年、マスメディアへの信頼調査を継続的に行っているが、2019年9月に発表した最新データでは、信頼度は41%と前年比4ポイント減。
同調査では、ニクソン大統領がウォーターゲート事件で辞任した2年後の1976年に信頼度72%をピークに下降を続け、直近の米大統領選があった2016年9月には過去最低の32%にまで落ち込んでいた。
さらに米ナイト財団が2018年9月に発表した「ニュースメディアの信頼指標」では、米国の成人1,200人を対象としたギャラップによる調査を実施。
この10年間のニュースメディアに対する信頼の変化について、「減少した」が69%で最も多く、「変わらない」は26%、「増加した」はわずか4%だった。党派別にみると、民主党支持層は「減少した」が42%に対し、共和党支持層では「減少した」は94%に上った。
また、この調査では“メディア嫌い”の理由として、複数回答で挙げられたのが「不正確さ/ミスリーディング/フェイクニュース」(45%)、「バイアス/偏向/不公平」(42%)などだった。
ただ、同じ調査では全体の69%が「信頼回復は可能」と答えており、その割合は民主党支持層で86%、共和党支持層でも60%に上っていた。
これらに対応するためのアプローチが、メディアの「信頼」の指標だ。
●信頼性/透明性/エンゲージメントの曲折
ソーシャルメディアの広がりの中で、メディアの信頼性や透明性、エンゲージメントが注目をされるようになったのは、10年以上前にさかのぼる。
「読者は私よりも多くのことを知っている」。シリコンバレーの地元紙、サンノゼ・マーキュリー・ニュースの元コラムニストで、アリゾナ州立大学ジャーナリズムスクール教授のダン・ギルモア氏が著書『ブログ 世界を変える個人メディア』でメディアの透明性と読者とのコラボレーションの必要性を指摘したのは2004年のことだ。
この潮流はその後、大きなうねりとなる。
英ガーディアンは2011年、「オープン・ジャーナリズム」のスローガンを掲げ、記者の取材予定を読者に公開する「オープン・ニュースリスト」などの取り組みをスタートさせた。
さらに、読者を取材のプロセスに呼び込む「クラウドソーシング」などの取り組みも広がった。
※参照:ニュースの中に読者を呼び込む:進化する「クラウドソーシング」と「コメント」(01/04/2015)
さらに、2014年にニューヨーク・タイムズの現発行人、A・G・サルツバーガー氏を中心にまとめた「イノベーション・レポート」をきっかけに、「エンゲージメント」「読者開発」といったコンセプトも広がる。
※参照:「読者を開発せよ」とNYタイムズのサラブレッドが言う(05/12/2014)
だがその一方、コスト削減、リストラによる人員削減の圧力の中で、「透明性」「信頼性」「エンゲージメント」の潮流に逆行する動きも交錯する。
一つがメディアの信頼性を社内で担保するオンブズマンの廃止の動きだ。
ワシントン・ポストは2013年、当時のオンブズマンの任期満了を受けて、後任の任命を見送る。理由として挙げられたのは、コスト削減だった。
※参照:ワシントン・ポスト、最後のオンブズマン(02/24/2013)
2017年にはニューヨーク・タイムズも、2003年から続いたパブリック・エディター職を廃止している。
そして、ネットのコメント欄の廃止の動きも続いた。
ロイターは2014年、ニュースをめぐる議論の多くは「ソーシャルメディアやオンラインフォーラムに移っていった」として、コメント欄の廃止を公表。
テックニュースの「リコード」も同様の理由でやはりコメント欄を廃止した。
だがフェイクニュースの氾濫、広がる“メディア嫌い”は、サバイバル戦略として、メディアを再び「透明性」「信頼性」「エンゲージメント」へと後押しするきっかけになっているようだ。
欧州の「国境なき記者団」の取り組みに先立って、米国ではNPO「トラスト・プロジェクト」などが「信頼」の指標の規格化を推進してきた。
その「トラスト・プロジェクト」と米国ペンクラブは2019年6月、この規格をもとに米国を中心とした52の主要メディアの信頼度を集計した「ニュースルーム透明性トラッカー」を発表している。
2019年9月に米国で開かれたデジタルメディアのカンファレンス「ONA19」でも、話題の中心はフェイクニュースとメディアの「信頼」だった。
サバイバル戦略としての「信頼」は、1周回って、再び議論の中心にある。
(※2019年10月10日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)