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くるくる回転ゆっくり落下するトーチカU弾道ミサイルの残骸

JSF軍事/生き物ライター
ウクライナ側のSNS投稿動画より回転しながら落ちて来るトーチカU弾道ミサイル

 ウクライナの戦場で撮影された興味深い映像があります。トーチカU弾道ミサイルの大きな残骸が、前後にくるくる回転しながらゆっくり落下して来る様子です。ドニプロ市のあるドニプロペトロウシク州の東部でウクライナ側から撮影されています。

2022年4月27日、ドニプロペトロウシク州での落下目撃例

 トーチカU弾道ミサイルは射程120kmでマッハ3以上を発揮できます。それが姿勢を乱して回転しながら落ちて来ると、こんなに遅く落下してくるのです。空気抵抗の影響は非常に大きいことが実感できます。

 SNSへの動画投稿では携行地対空ミサイルの「Игла(イグラ)」でロシア軍のトーチカUを撃墜したと報告されていますが、マッハ3で飛行するトーチカUを携行地対空ミサイルで撃墜することは不可能です。おそらくですがこれはトーチカUのクラスター弾頭型で、弾頭を分離して外れた後のロケット推進部分が落下している様子です。映像を拡大して見ると弾頭部分が外れて短くなっていることが分かります。

 太短い弾道ミサイルであるトーチカUは、弾頭部分が外れると更に短くなったロケット推進部分は簡単に姿勢が乱れて回転を始めてしまう空力的な特性があるということが観察できます。

 多連装ロケットのスメルチ(300mmロケット弾)やウラガン(220mmロケット弾)も同様にクラスター弾頭型は分離したロケット推進部分が丸ごと落ちて来ますが、細長いロケット弾は弾頭が分離した後も残った推進ロケット部分が依然として長いので、姿勢が安定したまま飛行を続けて残った先頭部分から地面に綺麗に突き刺さります。すると散布したクラスター子弾(姿勢安定用の抵抗板が付いている)の落下地点よりも遠くまでロケット推進部分が飛んで行って着弾することになります。

 トーチカU弾道ミサイルは前述のようにロケット推進部分が姿勢を乱して前後に回転を始めます。強く空気抵抗を受ける姿勢となるので、それ以上は長くは飛び続けられず、ロケット推進部分の落下地点とクラスター子弾の散布地点の位置関係が(スメルチやウラガンと比べて)近くなるでしょう。これは着弾位置をOSINT(オープンソースインテリジェンス)で分析する上で重要な判断材料となります。

2022年4月27日、ドニプロペトロウシク州での落下物確認

 落下してきた残骸の地上での確認です。トーチカU弾道ミサイルの推進ロケット部分で間違いありません。そして横たわったミサイルの残骸から非常に重要なことに気付かされます。

回転しながら落下するので残骸から飛んで来た方向は判定不能

ウクライナ側のSNS投稿動画よりトーチカU弾道ミサイルの推進ロケット部分
ウクライナ側のSNS投稿動画よりトーチカU弾道ミサイルの推進ロケット部分

 ロケット推進部分が前後にくるくる回転しながら落ちて来るなら、地面に横たわったミサイルの向きを見ても飛んで来た方向など判定できる筈がありません。回転しているのですから飛んで来た方向と逆向きに横たわっている場合も多いでしょう。回転の軸がブレている場合も十分に有り得ます。着弾時に跳ね上がっても向きはズレます。

 これもOSINTで分析する上で非常に重要な要素です。トーチカUのロケット推進部分が地上に横たわっている様子を観察しても、飛んで来た方向を勝手に決め付けてはならないのです。

携行地対空ミサイルでトーチカU弾道ミサイルを撃墜?の考察

 実は「携行地対空ミサイルでトーチカU弾道ミサイルを撃墜した」という報告は幾つかあり、ウクライナ国防省が残骸の写真付きでSNSにUPした例すらあります。この2022年3月20日の投稿ではルハンシク州ポパスナでロシア軍のトーチカUを携行地対空ミサイル「Стінгер(スティンガー)」で撃墜したと誇っています。

 しかし前述のようにマッハ3で飛行する弾道ミサイルであるトーチカUを携行地対空ミサイルで撃墜することは不可能です。迎撃ミサイルの性能面でも困難なのですが、人間の目ではマッハ3で落下して来る弾道ミサイルを捕捉することができません。ゆえにこの報告を聞いた者は誇張された戦果報告だと決め付けました。

 ですが・・・最初に紹介した「姿勢を乱してくるくる回転しながらゆっくり落ちて来るトーチカUの推進ロケット部分」の動画を思い出してください。これならば遅いので人間の目でも目視できます。そして何が落ちて来たか判断ができなかった兵士が敵のミサイル攻撃だと誤認して、携行地対空ミサイルを発射して、落ちてきた大きな残骸を撃墜戦果だと勘違いした・・・そういったストーリーならば有り得ます。

 この場合ではトーチカUのクラスター弾頭は切り離し済みなので、ロケット推進部分を迎撃しても撃墜戦果にはなりません。ですが携行地対空ミサイルでトーチカUを撃墜したという誤解は生まれてしまうのです。兵士は嘘は言ったつもりはないのに誤認戦果が発生してしまう可能性があります。

お尻から地面に突き刺さったトーチカU弾道ミサイル

 これは「お尻から地面に突き刺さったトーチカU弾道ミサイルの推進ロケット部分」の写真です。2022年4月25日、ウクライナのハルキウ州南部ボホダロヴェ(Богодарове)での撮影です。

 トーチカU弾道ミサイルの推進ロケット部分が前後にくるくる回転しながら落ちて来た証拠の写真と言えます。お尻から地面に突き刺さっている以上、真っ直ぐ飛んで来て先頭部分から落下したわけではないのです。回転しながらお尻が地面に向いた瞬間に着地したのでしょう。

 そしてこれはロシア軍が今もなおトーチカU弾道ミサイルを使用し続けている証拠でもあります。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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