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承久の乱に際し、武士の変心を防ぐために、大江広元が唱えた秘策とは?

濱田浩一郎歴史家・作家

承久3年(1221)5月21日、鎌倉幕府の上層部は、官軍にどのように対応するか、なおも評議を続けていました。

「官軍に対抗するために、住むところを離れて、安易に上洛しようとしているが、他に何か良い案があるのではないか」と異議を唱える者がいたからです。

そうした異論に対し、またしても反論したのが、大江広元でした。広元は言います。「上洛することを決めてから、日が経ったので、異議が出てきたのでしょう。武蔵国の軍勢を待ってから上洛するというのは、良くない案です。日時が過ぎていけば、武蔵国の者のなかにも、心変わりするものもいるはず。今夜中に、武州(北条泰時)1人であっても、出陣すれば、関東の武士は皆、雲が龍に従う如くとなりましょう」(『吾妻鏡』)と。

グズグズと時を過ごすのではなく、果断に出陣せよと主張したのです。この広元の意見に特に関心したのは、北条義時(泰時の父)だったとのこと。

義時は、姉の北条政子からも「ただちに上洛すべし」との見解を既に聞いていました。(様々な異論はあるかもしれないが、これはすぐさま上洛するのが、最も良い案だ)と義時は意を強くしたのではないでしょうか。

歴史家・作家

1983年生まれ、兵庫県相生市出身。皇學館大学文学部卒業、皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師を歴任。『播磨赤松一族』(KADOKAWA)、『北条義時』『仇討ちはいかに禁止されたか?』(星海社)、『家康クライシスー天下人の危機回避術ー』(ワニブックス)ほか著書多数

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