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知って得する「労働法の使い方」 未払い賃金、労働災害

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

「ブラック企業」という言葉が一般的になり3年以上が経とうとしている。しかし、未だ企業の違法行為は止まる気配がない。

特に最近は、電通の事件をはじめ、毎日のように違法行為をした企業の報道がなされている。

今月大きく報じられただけでも、大手エステ会社「ダンディハウス」「ミスパリ」での残業代の未払いや休憩が取れないという問題、ヤマト運輸での残業代未払い、さらに三菱電機での長時間労働によるうつ病の労災認定と残業隠しなど挙げればキリがない。

残業代の未払い、残業隠しなど、これほどまでに違法行為が社会でまかり通っている状況を見ると、日本において労働法が無力のように思えてくるかもしれない。

しかし、ここで改めて伝えたいのが、労働法は使い方によっては意外と使えるということだ。特に、「未払い賃金の請求」「労災申請」は多くの労働者に関わってくるので、ぜひやり方を知っておいてほしい。

そこで本記事では、そうした未払い賃金の請求、労災申請のやり方や意味について紹介したい。

未払い賃金の賢い請求方法

まず、未払い賃金の請求について解説していこう。

未払い賃金とは、法律上しはらうべきなのに、実際には支払われていない給料のことだ。

未払いの残業代、支払いが遅れている賃金などはもちろん、最低賃金を下回っている場合や、時間外労働や深夜労働に25%ずつつくはずの割増がない場合なども、全て「賃金の未払い」ということになる。

なお、労働時間とは、着替える時間や朝礼の時間など「来なくてはいけない」という時刻から1分単位でカウントされることとされている。片付けや掃除など会社が居残りさせているような時間も含めてである。この辺りも含めると、日本では未払い賃金がない会社など、ほとんどないかもしれない。

それでも、違法は違法であり、賃金の未払いはれっきとした犯罪である。例えば、レンタルビデオ店で借りたDVDが期待はずれだからといって、レンタル料を全額払わなかったり、延滞金を払わなかったりすることはできないだろう。それと同じように、どんな理由があっても1円でも未払いが発生すれば会社は罰せられることになっている。

だからこそ、未払い賃金は意外と簡単に取り返すことができる

労働時間の証拠を残そう

では実際にどうやって賃金を請求するのか。

まず大事なのは、労働時間の証拠を残しておくということだ。

会社は、普通タイムカードなどで実際の労働時間を管理しているように見えるが、冒頭に挙げた事件のように、必ずしもそれは正確な労働時間ではなく、場合によっては意図的に改ざんして給料を払っている場合もある。

そのため、会社の管理する労働時間の記録に頼るのではなく、自分で自分の労働時間の記録をつけることが重要だ。

ただ、法的な証拠を残すといってもそれほど難しいことではなく、基本的には出勤時刻と退社時刻のメモを手帳や日記にとるだけでいい。

(なお、証拠の残し方については、専用の日記形式の本『しごとダイアリー』に詳しい)。

手書きのメモ以外にも、タイムカードを自分でコピーしたり、会社のパソコンのログイン記録を残しておくなどでもいい。TwitterやLINEに出勤退勤の時間を「つぶやく」などSNSを使った証拠の残し方も有効だ。

証拠を残すポイントは、労働時間を1分単位で、とにかく毎日つけることだ。継続して記録すればするほど、信憑性が増す。また、「○部長に命じられて、×の仕事を□時から△時までやっていた」など1回1回できるだけ詳細に書くことも、信憑性を高める。

とにかく諦めない

もう一つ、未払い賃金を請求する上で重要なことは、とにかく「簡単に諦めない」ということだ。なぜなら、賃金を払わない会社は色々な理由をつけて、払わないことを正当化してくるからだ。

例えば「君は裁量労働なのだから、残業代はもらえないよ」と言って残業代を払わないことがある。

確かに、専門業務や企画業務など、労働時間を把握しづらい仕事に就く人には、「裁量労働制」というものが適用でき、残業代を出さなくていいケースがある。しかし、その場合、裁量労働制で働く人に対して会社は「命令」をしてはいけないことになっている。「この仕事はこのようにやれ」というように業務の遂行方法も、個人の裁量に任せることになっている。毎日「どこまで進んだのか?」というようなチェックもしてはならない。

「裁量労働」と言いながら、実際には細かい指示を出していたり、そもそも労使での協定を結んでいなかったりするケースは多い。こうした場合にはそもそも裁量労働ではないので、会社が何と言おうと残業代は全て請求できるのだ。

また「うちは固定残業代制をとっていて、すでに残業代払っているから労働時間は関係ない」と言って来たりすることもある。

しかし、「固定残業代」といっても、あらかじめ決められた固定残業代分の残業時間を超えた場合、普通に残業代を払わなくてはいけない。

例えば「基本給18万円、30時間分の固定残業代5万円」という契約を結んだ場合、月の残業30時間までは確かに、残業時間と関係なく一律5万円払われるということになるが、30時間を1分でも超えた場合、その時間に対応してプラスで残業代を払わなくてはいけない。しかも、そうした契約は入社前に適切に明示されている必要があるが、ほとんどの会社ではあいまいなままに採用している。その場合には、未払い残業代はさらに莫大な額になる。

その他にも、「36協定を結んでいるから、残業代は払わなくていいことになっている」、「あなたが「自己申告」した労働時間なのだから、他に働いている時間があったといっても、それは自己責任でしょう」などといって働いた時間分の給料の支払いを拒否してくることもあるが、いずれも間違いである。

よっぽど、仕事のやり方や、勤務方式に裁量がある労働者以外は、原則として、働いた時間と給料(残業代)との関係は切り離せない。だから、会社が様々な理由をつけて賃金を誤魔化そうとしても、いざ争ってみると勝つのは労働者であることがほとんどなのである。

未払い賃金に関しては、とにかく証拠を残して、会社にどんな説明をされようと怯まずに請求することが大切だ。思ったよりも簡単に取り返すことに成功するケースは多い。

労働災害の申請をする

次に、労働災害(労災)の申請に関して説明しよう。

労災とは、簡単にいうと会社で働いている時、あるいは会社の働かせ方が原因で怪我をしたり病気になったりする災害のことである。どの会社でも基本的に労災保険という保険に加入している義務があり(もし加入していなくても、問題が起きた後から遡って加入させることができる)、労災と認められれば、その保険によって労働者は様々な補償を受けることができる。

手続きとしては、長時間労働やパワハラ、セクハラが原因で「なんか体の調子がおかしい」「なんだかやる気が起きないな」と感じたら、労災指定病院に駆け込むといい(労災指定病院は厚労省のサイトなどで検索ができる)。

病院で、仕事と病気との因果関係が認められるとされた場合、治療費がひとまず無料になる。そしてその後労災として「正式に」認められると、ずっと無料のままになる。

さらに、そうして労災として認定されると、「休業補償給付」というものがもらえるようになる。これにより毎月およそ給料の6割程度の額が支給される。また、それと同時に「休業特別給付金」というものももらえる。これは、毎月およそ給料の2割程度の額であり、これらを合わせると、労災で病欠する間、毎月の給料の8割もの額がもらえることになる。

しかも、労働災害が認定されると、治療している間、法律上会社は解雇できなくなる。もちろん、治療が終わって復職したのちも、完全に精神疾患から立ち直ることは難しい。そうした場合にも、「そもそも仕事が原因で病気になった」という立場を明確にすることができる。

働きすぎやパワーハラスメントが原因で精神疾患にかかったとしても、多くの場合は「自己責任」にされてしまい、「休職→自己都合退職」のパターンを余儀なくされる。だが、労働災害の申請・認定に成功すれば、このパターンから脱出することができるのだ。

「何かおかしい」と思ったら労災指定病院へ

したがって、とにかく「病気かな」と思ったら労災指定病院に駆け込むことが大事である。

一般的に、月に60時間以上も残業させられて、病気になったとしたら、労災として扱われる可能性が高い。100時間を超えると、とても高くなる。

また、業務以外のことで叱責される場合、特に性格や人格を否定するような発言を受けたら、それはパワーハラスメントであり、それが原因で精神疾患にかかったとしたら、それも労災として扱われる可能性がある。

この認定を勝ち取るためにも、賃金請求の時にポイントとしてあげた、「証拠集め」が非常に重要になってくる。日々の労働時間や、職場で自分がどんなことをいわれたのか、それを聞いて自分がどう思ったのか(御飯が喉を通らなかった、眠れなくなった、などの具体的な「被害」)をメモしておくことは、医師や行政の労災に関する判断の正確性を担保することになるからだ。

また、いやがらせの被害が大きい場合には、相手の言動をひそかに録音しておくことも有効だ(こうした録音行為は合法である)。

いずれにせよ、労災の申請は、医者による「あなたの今の状態は会社の働かせ方に原因があります」というお墨付きをもらうことであり、これによって、様々な権利行使の可能性を切り開くことになる。まずは近くの労災指定病院を検索してみるところから始めてみるとよいだろう。

残業代請求は「恥」じゃない

ここまでで、未払い賃金の請求や、労災申請の大まかなやり方、またそれらが自分のために役に立つものだということは理解してもらえただろうか。

しかし、読者の中には、それでもなかなか残業代請求などに気が引けてしまう方もいることだろう。実際日本社会では未だに、労働時間の記録をとったり労災の申請をしたりして、違法な企業に責任をとらせることが、何か「恥ずかしいこと」のように捉えられる風潮が根強い。

だが、はっきりいって、そのような考えは間違いだ。残業代請求は「恥」でもなんでもない。

第一に、残業代を取り返したり、労災申請をして休んだりして、自分の生活や健康、命を守ることはなんら恥ずかしいことではない。極めて賢明な行動である。

第二に、そうして自分の身を守ることは、自分のためだけでなく、自分の周りのためにもなる。例えば、会社の働かせ方によってうつ病になり、賃金も適法に払われていない人がいるとする。賃金の請求も労災の申請も諦めてしまうことで、場合によっては、身の回りの世話をパートナーや家族にお願いすることになったり、医療費の一部を周りの人間に負担してもらうことになったりすることも考えられる。

第三に、そもそも違法行為をしている会社は社会悪だということである。

同じ商品を作っているA社とB社という会社があったとしよう。そしてAでは残業代を払わない、社員をうつ病にさせても責任を全く取らない。Bでは、賃金を法律通り払う、社員を病気にさせないように労働時間を短くするし、もし病気になってしまったら、しっかりその責任を取ると仮定する。

当然、不当に「コストカット」をしているA社の方が安く商品を作ることができ、一方B社はA社との競争に負け、潰れてしまうかもしれない。極めて理不尽であり、社会にとって大きなマイナスであろう。

ただ同時に、違法行為をしているA社に対して、誰も何の責任もとらせていないからこそ、そのような不合理がまかり通っているともいえる。

だから、会社の違法行為に泣き寝入りしないことは、「恥」どころか、ある種の「社会正義」だともいえるのである

専門家を頼ろう

とはいえ、実際に日々会社で働いていると、そうした社会全体のことを考えることは難しいし、どうしても違法企業の論理に支配されてしまいがちである。

また、実施に証拠を集めたり、労災申請をしたりしたとしても、その後実際に会社に対してどのように立ち振る舞えばいいかは、なかなかわからない。

だからこそ、自分で集めた証拠を持って、文末に挙げたような、専門の相談機関に相談してもらいたい。きっとその証拠を最大限活かせる道筋を教えてくれるだろう。

また、労働問題の相談機関といっても、労基署、弁護士、ユニオンなど、様々な種類がある。それぞれの相談先の特質や、長所短所については、こちらの記事に詳しいため、あわせて参照にしていただきたい。

ブラック企業に入ってしまったとき、どこに相談すればいいか?(yahoo!ニュース記事)

私が代表を務めるNPO法人POSSEでの相談を通じて、未払い賃金を取り返した相談者もこれまでにたくさんいるが、多くの人が「いざ準備をして請求してみると、思ったより簡単にできた」といった感想を言う。

賃金の未払い、労災の申請。何度もいうように、労働者をそのような状況に追い込んでいる企業は明らかな「違法行為」をしている。だから、ちゃんとした手続きを踏んで諦めずに物事を進めれば、必ず勝てる。

下記の相談窓口は年末年始も対応している。どうか、勇気を持って、最初の一歩を踏み出してほしい。

年末年始も受け付けている、無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

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03-6804-7650

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メール:contact@kaigohoiku-u.com(随時受付)

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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