国立大附属学校が17年以上残業代未払い、なぜ違法状態が放置されてきたのか
三重大学が2004年以降、17年以上にわたり、附属の小中学校、特別支援学校、幼稚園の教員に残業代(時間外労働の割増賃金)を支払っていないことが分かった。津労働基準監督署は11月30日、三重大学に是正勧告を行い、過去2年分の勤務実態を確認して改善するよう求めた(中日新聞21年11月23日、三重テレビ放送12月3日)。
実はこうした問題は三重大学だけではない。
附属学校というのは、国立〇〇大学教育学部附属小学校などで全国54大学・学部に、253の附属学校園がある(「令和2年国立大学附属学校園の実態調査」)。
わたしが2019年に話を聞いた、別の国立大附属小学校でも残業代は支払われていなかった(※)。しかも、時間外労働をした証拠となりうる、出退勤記録もなおざりの学校であった。
(※)妹尾昌俊「給特法廃止、変形労働時間導入の先行事例、国立大・附属学校で、働き方改革は進んでいるのか?」
実は、2020年に高知大学でも今回と似た問題が明るみに出た。報道記事から引用しよう。
三重大学と高知大学、非常に酷似した実態である。両法人とも、公立学校の教員と似た仕組みで、残業代の代わりに教職調整額(月給×4%といった手当)を支払っていた。公立学校の場合は、給特法という特例法によりこれで問題ないが、国立大学の附属学校では、給特法は適用されない(国立大学法人の職員で非公務員である)。そのため、調整額で済ませるのは、それで手当している以上の時間外労働がある場合、残業代の未払いで、労働基準法(労基法)違反となりうる。
一例だが、大阪教育大学附属学校は、本稿執筆現在、教員を募集している。労働条件についての説明紙が公開されている(こちらのページの一番下のほう)。
この資料によると、基本給と並んで「教職調整額」が支給される旨が明記されている(下の図)。
また、この資料によると、特殊勤務手当が部活動(4時間以上の場合のみ)や入試業務などに支給される。教育実習等指導手当というのもある。だが、この資料には時間外勤務手当に関する記載はない。記載がないからといって支給していないとは限らないので、推測を含むが、「調整額や各種手当を出すからガマンせよ」という運用になっている可能性がある。労働基準法その他の関係法令を適用すると資料冒頭に記載しているのだが・・・。
もちろん、なかには、きちんと残業代を出すなど、労基法を守っている附属学校もある。だが、あとで述べる理由や大学側(附属学校側)の財源は限られるといった事情もあって、残業代の支給は一部にとどまり、事実上のサービス残業が多い学校もある。
教育現場で半ば公然と行われている労基法無視。
企業で十数年も残業代を一切払わず、過酷な労働環境に置いていたとしたら、「ブラック企業」と批判され、人材の採用難や離職増にも陥るだろう。
どうして、国立大附属学校でこんなことになっているのか。なぜ、十数年間も放置されてきたのか。今もって改善されていない学校はなぜなのか。
個々の学校にはさまざまな背景事情はあるので、一概には論じられないが、いくつか今後検証が必要なポイントを整理しておきたい。
検証ポイント1:大学側は「知らなかった」と述べるが、本当か?
報道によると、今回の問題について三重大学は「教員の多数は県からの交流人事のため、県の規定を適用していた」と述べている(前掲、中日新聞)。
たとえば、三重大学教育学部附属中学校には、三重県内の公立中学校の先生が異動してきて、数年経つと公立校に戻るというパターンが多い。だが、交流人事でも、身分は国立大学法人の職員となっているはずで、県の条例規則が適用されるわけではないはずだ。
高知大学のときも、担当者は「教員は県教育委員会からの人事交流が多く、公務員の規定を適用するべきだと考えていた」と述べている(前述の朝日新聞)。
言い訳も瓜二つ。つまり、労基法適用となり、36協定を結んで、時間外勤務が発生するときには残業代を出すということを、「知らなかった」と述べている。
これは、人事・労務の担当責任者の知識、感覚としてはいかにもお粗末だし、知らなかったなんてことは普通はありえない。国立大学が法人化されて、公務員でなくなっていることは、関係者にとっては周知のことだ。また、私立学校にも似た問題があり、労基署が調査や勧告に入る事案は数年前から報道されていたし、少なくとも、三重大は高知大の事案を知っていたはずだ。
大学側、附属学校側としては、経営は厳しい(残業代を出す財源がない)し、旧来の制度のままいけたらいきたいという判断で、意図的に残業を見ない、見えないようにしていたのではないか。
実際、労基法の時効もあって、未払い残業代の支払いは3年分までだ。高知大学も三重大学も、あるいは今後同様の問題が提起される可能性がある他の国立大学法人も、違法状態を続けても、3年以内の分の支払いで”逃げ切る”姿勢とも見える。それでも数億円の追加支払いとなると報道されており(三重大のケース)、大学側にとっては非常に重い負担だが、それだけ、いやそれ以上、無償労働をさせてきたということでもある。
検証ポイント2:校長による労務管理は機能していたのか?
一連の報道で不明なのは、日常的な労務管理はなされていたのか、という問題だ。というのも、残業代を出していたかどうかだけが問題ではなく、教員の健康管理の観点からは、教員が過重労働となっていないか、仕事の分担などが適切か、管理する責任が大学側と校長にはある(安全配慮義務)。
国立大学法人が距離的にも離れていることもある附属学校の日常的な状況を詳細に把握できるわけではなく、日々の管理は校長や副校長・教頭が担っている。
いじめの問題や教職員の不祥事のときには、通常、校長が謝罪するが、今回の労基法違反について、校長の存在感は、少なくとも報道上は出てこない。附属学校にもよるが、大学教育学部の教授が校長を兼ねているケースもある。校長は附属学校に常勤でない場合もあるし、校長による労務管理や組織マネジメントがほとんど機能していないところもあるかもしれない。
仮に日常的な労務管理が機能していない場合、労基署の指導、勧告を受けて、見かけ上、残業代を出すようになったとしても、教員の過重労働ぶりは変わらなかったり、実態とは異なる帳簿上の労働時間の記録にとどまったりする危険性がある。そうなると、根本的な問題解決にはならない。
検証ポイント3:教員側も問題視してこなかったのでは?
今回のような法令違反は、おもには経営者・使用者側(大学、校長)の問題であり、労働者側(教員)が悪いと言いたいわけではない。だが、教員側も事態を黙認していたか、いわば”共犯”関係にあった可能性もある。
というのも、まず、国立大附属学校の先生たちは、どのような仕事をしているのかを踏まえる必要がある。
学校によっても多少のちがいはあるが、多くの附属学校は、全国の学校やその都道府県の公立学校のモデルとなるべく、先端的な授業実践や授業研究などに非常に熱心に取り組んでいる。授業などを公開する研究発表会となれば、各地の先生が観に来る(その分、授業者の準備等の負担は非常に重い)。
しかも、大学の教育学部等で養成している学生の教育実習を通常の公立学校以上に多数受け入れている。実習生の授業や指導案を見てコメントや助言をするので、自分の仕事はどうしても後回しになる。
さらに、授業研究や実習生の指導・支援がたいへんだからといって、部活がないわけでもない(中高)。当然、事務作業や会議もある。学校行事にも熱心だ。先生たちの多くは本当によくがんばっている。
かつては「不夜城」と揶揄される附属学校は多かった。いまもそういう学校もあるし、昔ほどでなくても、通常の公立学校よりも明らかに業務量が多い学校は少なくない。
(※12/7追記:もっとも、公立学校の中には、附属学校よりも多様な児童生徒、家庭と接している学校も多く、公立学校教員のほうが授業や家庭との関係上、苦慮するケースもある。)
そうしたなか、正直に労働時間を申告して、残業代を請求しても、財源不足で認められるわけがない、と教員側も考えているケースもある。三重大学については、ある教員は「残業代の未払いは分かってはいるが正直、諦めている」と述べている(前述の中日新聞)。
わたしがヒアリングしたところでは、これまで残業代を請求している人はいないので、そのままという学校もあった。同調圧力が働いているのかもしれないし、国立に限らないが、教育関係者のなかには、お金のことでとやかく言うのを忌避する人もいる。
さらに、上記の事情に加えて、事態を一層難しくさせている背景がある。ここでは4点指摘しておきたい。
第一に、時間外労働を認定して、手当を支給するとなると、管理職や大学当局からの教員への管理が強まる可能性がある。「これは時間外でやる必要あるんですか?」とか「もっと早く仕事を終えられないのか?」などと聞かれる。これを嫌がる先生も多いのではないか。
前述のとおり、附属学校の先生たちのなかには、国や地域をリードするような、さまざまな研究活動や授業実践をすることに、やりがいを感じている人は多い。大学教員ほどでないかもしれないが、自由にやらせてほしい、という人は多い(ちなみに大学教員の場合は裁量労働制としている例が多い)。
しかも、第二に、どこまでが学校の業務で、どこまでが業務外なのかの区分がしにくいケースもある。たとえば、そうした先端的な研究をしている先生のなかには、書籍を執筆している人もいるが、通常は、副業・兼業であり、業務外である。だが、ある教材研究が、授業準備として業務内のことなのか、それとも副業や趣味的なものなのかの線引きは、難しい。
とはいえ、テストの作成、採点や実習生の指導、学校運営に必要な事務作業などは明らかに業務であるだろうし、線引きがまったくできないわけではない。
第三に、残業代を出すと、同じくらいの給与水準だった人たちのあいだで差がついてくる。業務量が多い人が多くもらえるのは納得がいくかもしれないが、部活動が大好きで授業準備はテキトーなのに遅くまで残っている人や、事務作業が苦手で遅くまでかかっている人も、残業代は多くもらえる。これでは不公平感が出たり、職員間でギクシャクしたものが生じる可能性もある。
つまり、上記の事情もあって、残業代を請求、支給しないことは、労働者側にとっても一定のメリットがある場合がある。だから、一部の例外(高知大附属など)を除いて、これまで多くの人が労基署やメディア、あるいは裁判に訴えてこなかったのではないか。
加えて、第四に、交流人事の教員の場合、3年~5年経てば(年数は学校や人により異なる)、公立校に戻るので、残業代のことをそれほど気にしていなかった人もいるかもしれない。あるいはプロパーで附属学校にずっといる教員(国立大学法人に採用された人)は、異動がほとんどないので、事を荒立てたくないという配慮が働いている場合もある。労働組合が弱く、あるいはない状態で、組織的に声をあげていきにくい構造の学校もある。
以上、検証が必要なポイントを整理した。もしこれら3点のいずれかが当たっている場合、根深い問題が横たわっている。法令違反は許されるものではないが、単に労基法を守れ、残業代を支払え、と主張するだけでも、事態はそう好転しない可能性がある。
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