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北朝鮮が突然出した「融和演出カード」に秘められた思惑

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
南北分断の象徴である板門店(写真:アフロ)

 北朝鮮は韓国と通信回線「復元」で合意し、対話ムードを演出した。ただ、北朝鮮の視線の先には米国があり、自国が差し出した「融和カード」に米国がどう反応するか注視しているのは間違いない。金正恩(キム・ジョンウン)総書記は6月の重要会議で「対話も対決も準備」という姿勢を示しており、北朝鮮に呼応する形で米側が敵視政策の撤回につながる「何か」を出すか見極める姿勢だ。

◇通信回線復元の実務は金与正氏が担当か

 南北間には1970年代以降、50本近いホットライン(常設直通電話)が設置され、会談の手配や、航空・海上交通の調整、人道支援・経済問題での協力などに用いられてきた。うち9本は軍を結ぶものとされ、予期せぬ軍事衝突を防ぐための重要なツールと考えられてきた。

 だが、北朝鮮は昨年6月9日、韓国の脱北者団体が北朝鮮向けにビラを散布したことに反発して、開城(ケソン)の南北共同連絡事務所を通じた通信連絡線▽東西の軍通信連絡線▽南北通信試験連絡線▽朝鮮労働党中央委員会本部庁舎と韓国大統領府間の通信連絡線――を一方的に遮断。他も順次、断絶状態とした。南北共同連絡事務所はその後、爆破された。

 韓国側発表によると、今月27日のホットライン復元では、統一省と韓国軍が優先された。統一省は同日午前10時、軍事境界線のある板門店(パンムンジョム)と「南北共同連絡事務所」経由の南北直通電話で北朝鮮側と通話した。同事務所経由の通話を担当する統一省職員は、解体された事務所のあった開城ではなく、ソウルで業務についているという。韓国軍当局も北朝鮮側との有線通話と文書交換用ファクスの送受信に異常がないことを確認した。

 南北双方の発表では、文在寅(ムン・ジェイン)大統領と金総書記が今年4月以降、関係改善に向けて親書で意思疎通を図った結果、回線の復元に至った点が強調されている。韓国紙・国民日報は韓国政府当局者の話として、親書は約10回交わされ、「先週末(24日前後)に復元が決まった」と伝えている。

 同紙はまた「韓国・国家情報院が主導して、北朝鮮側の対南担当高官と回線復元に必要な実務作業を進めた」としている。北朝鮮の対南政策は金与正(キム・ヨジョン)党副部長が総括しており、今回のやり取りを金与正氏が担った可能性も指摘されている。

◇米朝対話へのハードルは依然高く

 今回の対話ムードが果たして、かつてのような朝鮮半島情勢の緊張緩和につながるだろうか。

 北朝鮮が外交攻勢を強めた2018年、米国との首脳会談に先立って金正恩氏が打って出たのが、中国の習近平(Xi Jinping)国家主席や文大統領との会談だった。この先例から、今回の対話ムードを米朝間の雪解けにつなげていきたいとの思惑が韓国側にはある。文大統領には任期内に南北関係を再び軌道に乗せたいという願望も強いようだ。

 北朝鮮側も国連制裁や新型コロナウイルス対策による国境封鎖、自然災害のダメージを受け、最高指導者でさえ食糧難に言及せざるを得ない状況にある。それゆえ韓国との関係を悪化したままにするのは得策ではない。

 したがって、今回の対話ムード演出は双方の思惑が一致した結果といえよう。今後は非対面による高官協議が進められる可能性も出てきた。

 それよりも北朝鮮が見極めようとしているのは、米国が態度を変化させるか否かだ。

 金総書記は今年6月の党中央委員会総会で「対話にも対決にもすべて準備できていなければならない」と述べ、対決よりも対話を重視する姿勢を示唆していた。同時に米朝対話の再開には「米国の敵視政策撤回」が必須条件である点も繰り返し提起している。

 焦点は8月中旬に予定されている米韓合同軍事演習の取り扱いだ。北朝鮮側が拒否反応を示すこの演習について、米韓両軍当局は「時期・規模はまだ決まっていない」としながら、規模を縮小してでも実施する構えを見せている。防衛態勢の維持には定例的な演習が不可欠だとの判断があるためだ。米側が北朝鮮の「対話カード」に呼応せず、演習実施に踏み切るならば、北朝鮮は「対決」姿勢に回帰するとみられる。

 そもそも米国が北朝鮮に求めるのは、あくまでも非核化に向けた対話の再開だ。北朝鮮が核兵器や核関連施設の解体に向けた具体的な提案を示さない限り、北朝鮮の意図に対する懐疑的な見方を米国が変えることはないだろう。北朝鮮は「一方的な核放棄」に向けた交渉には応じる考えはなく、米朝対話再開へのハードルは高い。

 北朝鮮は米国から融和姿勢を引き出せなくても、隣国・中国との関係をさらに強化することで国難からの脱却を図るだろう。新型コロナ禍が好転すれば、その動きは一気に加速する。そうなれば、朝鮮半島情勢は、この強固な中朝関係を背景に、再び米国との「強対強」の構図によって管理されることになる。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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