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Jリーグにシャビ・アロンソは生まれないのか?横たわる監督ライセンスの問題

小宮良之スポーツライター・小説家
デ・ロッシと挨拶を交わすシャビ・アロンソ(写真:ロイター/アフロ)

 42歳のスペイン人、シャビ・アロンソは今や世界で最も注目される若手監督と言えるだろう。

 今シーズンはブンデスリーガ、国内カップ、ヨーロッパリーグとすべてで無敗で王者になろうとしている。未曽有の記録達成が近づくが、それ以上にスペクタクルな攻撃サッカーで一世を風靡。フロリアン・ヴィルツを筆頭に多くの選手が成長を遂げている。

 なぜ42歳という若さで、この快挙を成し遂げられたのか?

 いや、実は驚きには値しない。欧州サッカー界では、アロンソだけでなく四十代の監督がすさまじい勢いで割拠しているのだ。

アラフォーの監督が雨後の筍

 欧州王者マンチェスター・シティを率いる53歳のジョゼップ・グアルディオラ監督がベテランに映るほど、今や雨後の筍のようにアラフォー監督が台頭を見せている。

 まず、欧州チャンピオンズリーグ、ボルシア・ドルトムントを決勝まで導いたのは41歳のドイツ人監督エディン・テルジッチである。プレミアリーグ、攻撃的なサッカーで最後まで優勝を争ったアーセナルの指揮官は、アロンソの盟友で同い年のミケル・アルテタ。また、セリエAでボローニャを躍進させたブラジル人で元イタリア代表チアゴ・モッタ監督も41歳だ。

 他にもプレミアリーグでは、ボーンマスの41歳、スペイン人アンドニ・イラオラが攻撃的なプレーモデルで高い評価を受け、セリエA、ジェノアの41歳、元イタリア代表ストライカーのアルベルト・ジェラルティーノ監督も気鋭の存在で、ASローマを率いるようになった40歳の元イタリア代表MFダニエレ・デ・ロッシも頭角を現しつつある。また、デンマークのコペンハーゲンをチャンピオンズリーグでベスト16に導いたヤコブ・ニーストルップ監督は36歳だ。

 特筆すべきは、いずれも監督の色が出るサッカーをしている点だろう。形骸化されたプレーモデルに収まっていない。少し前のトレンドになっていた「ボールを捨て、ボールを奪うことに特化し、リスクを避け、リターンを追求」という効率サッカーを「つまらない」と否定し、クリエイティブな挑戦をしている。

 サッカーの原理は、「ボールをコントロールし、スペースや時間を支配し、相手の意表を突く」ところにある。それを追求せずに省いてしまったら、選手は単純にサッカーがうまくならない。偶然的に勝つ確率が上がるだけだ。

 実際、相手にボールを渡し、後出しで隙を突くサッカーは著しく衰えを見せている。時の人だったジョゼ・モウリーニョも神通力を失った。アトレティコ・マドリードのディエゴ・シメオネのように「ポゼッションに意味はない」と豪語していた監督も、戦い方を変えた。ボールプレーの仕組みを整えるモデルに転換したのだ。

〈主導権を握らないと、高いレベルで再現性のある勝ち方はできない〉

 その結論に行き着いた。

 たとえば、今シーズンのラ・リーガの最優秀監督の呼び声も高いジローナのミチェル監督は戦力的な劣勢にもかかわらず、攻撃的なサッカーを信奉している。ボールを捨てず、大事にし、パスが通る道筋を作った。そのトレーニングと実践の中で、無印だったアルテム・ドフビク、イバン・マルティン、ヤン・コウトなどを覚醒させ、勝利を重ねることでCL出場権まで勝ち取った。

 こうした新たなサッカースタイルに挑むのは、若手監督の使命だろう。”転身”したシメオネのようにベテランだからと言って不可能なことはない。しかし、時代を紡ぐのは常に次の世代だ。

なぜ日本にシャビ・アロンソのような監督は生まれないのか?

 では、なぜ日本ではアロンソのような若き名将が生まれないのか?

 一つは、監督ライセンスの問題が横たわっている。日本では最上位のS級ライセンス取得まで10年ほどかかるのが通例。専念できたら半分ほどに縮められるが、現実的には(仕事が必要で)コーチ業務を行いながら、クラブとの話し合いでライセンスを取りに行く形になっている。監督1年目が、すでに40歳半ばだ。

「監督になるには勉強が必要」

 そうした声もあるが、たとえば、どの教官がセットプレーのパターンを中村俊輔に教えられるのか? それは冗談やコントに近い。ライセンスはあくまでライセンスで、コンプライアンスやハラスメントの授業は受けるべきだが、運転免許のようなものにしないと、教えられる、という時間を過ごすことで型にはまった指導しかできなくなっているように映る。

 日本では監督になるため、多くがコーチとして修業する丁稚時代が必要になっている。これが「歪みの元」と言われる。監督とコーチは全く別の職業にもかかわらず、コーチを大量生産している状況。一方で、コーチをやりながら監督に色気を出し、”クーデターを起こす”(右腕だったはずのヘッドコーチが監督の座を奪う)人間が後を絶たない。

 一方、スペインでは若くして名将と言われるケースが多いが、実績のある元選手はたった1年でS級に当たるUEFA Proまで取得できるプログラムがあるからだ。

 アロンソ監督も現役引退後、36歳でレアル・マドリードのU―14を監督として率い、その1年でUEFA Proを有効化(ちなみに無敗優勝だった)。現役の感覚を失わないうち、監督業(カテゴリーにかかわらず、指導者ではなく監督)をスタートさせ、実戦を経験し、選手にも還元した。そして翌年からレアル・ソシエダのBチームを率い、若い選手からの信望を得て、2部に昇格させている。ちなみに当時、指導したマルティン・スビメンディは、今やスペインで1,2を争うプレーメーカーだ。

「選手のプレーを改善させ、成長させる」

 それが本来、監督に求められる資質である。その中身の実体は、選手の能力を見極めるフィーリングのようなもので、パーソナリティそのものとも言われる。教えられるトレーニングの知識などではない。

 ともあれ、アロンソ監督が持っていた空気はもともと別格だった。

――監督として一番影響を受けたのは、世界最高の指揮官と言われるグアルディオラですか?

 レアル・ソシエダのBチームを率いていた時のインタビュー、そう質問を投げた時のアロンソの答えだ。

「全員だよ。誰かひとりというのはない。しかし結局は、本人のパーソナリティだ。どのように感じ、どのようなサッカーをしたいのか。監督はそれが自分のなかにないといけない。私は子どもの頃から、『もっとサッカーを理解するには?』って、いつも自分に問うてきた。90分プレーして、勝ち負けで終わり、なんてことはあり得ない。どこで何をすればもっと向上できるのか、そのためには何が必要なのか、ずっと考えてきた」

 監督になるべき人物は、監督になる時には準備ができている。たとえ監督ライセンスの問題がクリアになっても――。選手時代から、いや、人生を通じて監督になる修練を積めていなければ、若き名将など誕生しないのだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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