Yahoo!ニュース

なぜ日本人選手は、スペインで久保建英の後に続けないのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

久保建英の活躍

 スペイン、ラ・リーガに18歳から挑む久保建英の活躍は眩いほどだ。

 2018-19シーズン、1年目からマジョルカで定位置を獲得し、4得点を記録。簡単に聞こえるが、シーズンを通して1部で定位置をつかんだ日本人選手は過去、ドイツで成熟した後の乾貴士だけだった。その活躍で得たビジャレアル、ヘタフェでのプレーは、ウナイ・エメリ、ホセ・ボルダラスと合わず、やや伸び悩んでいる。もっとも、ビジャレアルではヨーロッパリーグのグループリーグ突破に貢献したし、シーズンを通して30試合近くピッチに立ったが…。

 次の2021-22シーズン、マジョルカに復帰したシーズンはレギュラーでプレーしたが、後半戦はハビエル・アギーレ監督との相性が悪かった。シーズンの最後はしりすぼみになっている。得点もカップ戦を含めて2得点で、1年目を下回った。

 結果、パス所有先のレアル・マドリードは久保を手放した。レアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)のオファーを受け、移籍金600万ユーロで契約にサイン。マドリードはこの決断が時期尚早だったことに気づくのだが…。

 ラ・レアルに新天地を求めた久保は、イマノル・アルグアシル監督が率いるチームで最高の化学反応を起こした。もともと、ボールを大事にする攻撃的スタイルを下部組織から信奉するクラブで、ダビド・シルバのような”魔法使い”もいて、久保のポテンシャルが十全に引き出されることになった。コンビネーションを積み重ね、9得点を記録。すべてが好転した。

 久保は得点したすべての試合で勝利を引き寄せている。チャンピオンズリーグ(CL)出場権獲得に貢献。半信半疑の受け入れだった下馬評を覆し、中心選手の一人になったのだ。

 そして今シーズンは、D・シルバが引退を余儀なくされたチームをけん引した。9月のラ・リーガ最優秀選手賞を受賞し、ゲームMVPの受賞もチーム最多。CLでは昨季ファイナリストのインテル・ミラノを抑えて、ベスト16に導いている。

「移籍違約金9000万ユーロの価値」

 今やラ・リーガを代表する選手の一人だ。

 ところが、久保の後に日本人選手が続くことができていない。

 ドイツ、オランダ、ベルギーは必ずパイオニアがいて、その後に日本人選手が続いている。長谷部誠は今も輝くブランド。また、ポルトガル、フランスなども着実に日本人挑戦者、成功者の数は増えてきた。

 にもかかわらず、スペインでは一向に日本人選手が増えない。今シーズンも、スペイン2部で柴崎岳が去って、橋本拳人がプレーを継続した程度。変革の波を起きていない。

 なぜ日本人選手は久保が作った道を辿れないのか?

久保のパーソナリティ

 久保の快挙を支えているのは、久保自身と言える。スペインで日本人選手が定位置をつかんでCLに導く、というのは、前人未到の領域だった。前例がないのだから、彼自身のバイタリティで物事を解決し、改善させ、アドバンテージを作らなければならなかったのだ。

 そこで特筆すべきは、久保のパーソナリティである。

 スペインという国では、ドイツ、オランダ、ベルギーのような国よりも、驚くほど「コミュニケーション」を求められる。単純にスペイン語力は欠かせない。幼稚に聞こえるだろうが、スペイン語が話せないだけでロッカールームで揶揄され、序列を下げることになる。そうなると、ひどい場合はパスが回って来なくなるし、根強くある差別を受ける。

「言葉なんてしゃべれなくても活躍できる」

 スペイン以外の国では、それが罷り通るだろう。ただ、スペインではスペイン語が話せないだけで失格の烙印を押される。コミュニケーションができない、という事実は重いのだ。

 では、スペイン語が話せたら解決するのか?

 これが違う。

スペイン人が求めるコミュニケーション

 スペイン人やスペインのクラブにいる選手たちが求めているのは、血の通ったコミュニケーションである。仲間、を重んじる。つまり、文化的、モラル的な共通認識を求められる。例えば、味方が相手のタックルを浴びたら、本気で怒れるか。何気ない掛け合いで、皮肉を冗談で返せるか。どこか化かし合いのようなコミュニケーション文化があって、そこに熱が通っている。それをバカバカしい、と軽んじていると、「つまらない奴」と集団の一人として受け入れられないのだ。

 多くの日本人にとっては、面倒くさい作業と言えるだろう。

 それがあってこそ、相手の意表を突くようなプレーも生まれる。火事場力のような勝負強さも出る。断固とした意志で、パスを通し、コンビネーションで崩すプレーにもつながる。

 それも含めたコミュニケーションというのか。

 それ故、ユース年代から多くの日本人選手が挑戦し、スペイン語は話せるようになって、能力的にも通用するのに久保以外はトップリーグには辿り着けていない。彼らのほとんどがユース年代までは技術が高く、スペイン語も操り、条件を満たしていた。しかしお互いが主張をしあう中、パーソナリティを出せなくなる(そこにはプレーのリズムや強度の違いもあるが)。

 おそらく、彼らは日本人のままスペイン人に適応していたのだろう。

 適応する、というのは、その状況に合わせることだが、適応する前のオリジナルがあることを意味する。その変換作業で負担を感じるという。つまり、スペイン人を演じる中、日本人としての自分のオリジナルも揺らでいく。やがて、どっちつかずになって、パーソナリティを確立できない。

 久保は、どんな時も久保そのものである。久保建英という揺らぎないパーソナリティで仲間たちと接している。それは彼の器の大きさとも言える。

 しかし、久保も適応しているはずで、こうも喩えられる。

 日本で使っているスマートフォンを海外で使う場合、ハードはそのままで、異国でチップを変えて使用する、もしくはアプリで通信ハードだけを変えて使う。それによって、負担なくスマホを使える。一方、日本で使っているスマホのままでも使えないことはないが、恐ろしい通信料を支払い、もしくは常にWIFIを探すことになるだろう。

 久保は簡単にチップを入れ替え、本人のままでいられる。

 パーソナリティは、プレーヤーとしての器量にも通じる。そのおかげで、プレーリズムや感覚の違いにも合わせられる。例えばボールホルダーに寄せるスピードや距離の密度はスペインと日本で違うが、それを適時に切り替えられる。

 久保に続く日本人選手が出てきたとき、日本サッカーは次のフェーズに進むことになるはずだ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事