東京ヤクルトとオリックスの「生え抜きではない選手」はどの球団が最初だったのか
日本シリーズの出場資格者名簿に名を連ねる、両チーム計80人のうち、4分の3の60人は「生え抜き」だ。東京ヤクルト・スワローズあるいはオリックス・バファローズにドラフトで指名されてプロ入りし、そこから一度も移籍していない。
「生え抜き」には含めていないが、東京ヤクルトの青木宣親とオリックスの平野佳寿も、プロ入りは現在の球団だ。2人とも、メジャーリーグへ移り、数球団でプレーした後、元の球団へ戻ってきた。
一方、オリックスの3人と東京ヤクルトの5人は、日本プロ野球の別の球団にドラフトで指名され、プロとしてのキャリアをスタートさせた。能見篤史と竹安大知は阪神タイガース(2004年自由枠と2015年3位)、松井雅人は中日ドラゴンズ(2009年7位)。田口麗斗と奥村展征は読売ジャイアンツ(2013年3位と4位)、高梨裕稔は北海道日本ハム・ファイターズ(2013年4位)、今野龍太は東北楽天ゴールデンイーグルス(2013年9位)、小澤怜史は福岡ソフトバンク・ホークス(2015年2位)だ。彼らのうち、奥村は、一軍デビュー前に読売から東京ヤクルトへ移籍した。
東京ヤクルトの赤羽由紘は、2020年のドラフトで育成2位として東京ヤクルトに入団する前に、BCリーグの信濃グランセローズでプレーしている。
オリックスのジェシー・ビドルと東京ヤクルトの4人は、メジャーリーグのドラフトで指名を受け、プロとなった。ビドルは、フィラデルフィア・フィリーズ(2010年1巡目・全体27位)が最初の球団。ちなみに、この年の全体1位は、ブライス・ハーパー(当時ワシントン・ナショナルズ/現フィリーズ)だ。ハーパーの次に指名された選手については、「12年前のドラフト上位3人が、ポストシーズンに揃って出場。ハーパーとマチャドの間に指名されたのは…」で書いた。
スコット・マクガフはロサンゼルス・ドジャース(2011年5巡目・全体164位)、パトリック・キブレハンはシアトル・マリナーズ(2012年4巡目・全体131位)、サイ・スニードはミルウォーキー・ブルワーズ(2014年3巡目・全体85位)、アンドリュー・スアレスはサンフランシスコ・ジャイアンツ(2015年2巡目・全体61位)だ。
オリックスのジェイコブ・ワゲスパックは、キブレハンと同じ年のドラフトで、37巡目・全体1126位としてピッツバーグ・パイレーツに指名されたが、この時は入団することなく、高校からミシシッピ大へ進み、3年後にフィリーズと契約を交わした。ドラフト入団ではない。
東京ヤクルトのドミンゴ・サンタナとホセ・オスナ、オリックスのセサル・バルガスは、それぞれ、フィリーズ、パイレーツ、ニューヨーク・ヤンキースが最初の球団だ。
プロ入りがメジャーリーグの球団だった9人のうち、スアレスとオスナ以外の7人は、最初とは違う球団の選手としてメジャーデビューした。
オスナの在籍はパイレーツと東京ヤクルトの2球団だが、スアレスは東京ヤクルトが3球団目。ジャイアンツと東京ヤクルトの間に、韓国のLGツインズで投げた。
東京ヤクルトとオリックスの選手がドラフトで入団した年については、こちらで書いた。