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今週の『ちむどんどん』が伝えてくれた、力のある「言葉」

碓井広義メディア文化評論家
黒島結菜さん演じるヒロイン・暢子(番組サイトより)

NHKの連続テレビ小説『ちむどんどん』。6月13日(月)からの第10週は、見逃せない同時並行の「エピソード」と、力のある「言葉」が並んだ、充実の一週間でした。

同時並行のエピソード

その1。暢子(黒島結菜)が、「フォンターナ」のオーナー・房子(原田美枝子)から、新たな「看板メニュー」を考案するよう命じられます。

これに合格すれば、お試しとはいえ、厨房の要である「ストーブ前」を担当できるのです。

次は、シェフの二ツ橋(高嶋政伸)が、実家の事情で店を辞めるかもしれないという進退問題です。

そして3番目は、歌子(上白石萌歌)が精密検査を受けるために、母・優子(仲間由紀恵)と共に上京してきたこと。

結果的に、暢子は歌子の大好物である、沖縄料理のイカスミジューシーを応用した、イカスミパスタを考案してテストに合格しました。

また二ツ橋は、房子への思いが暢子にバレたりしましたが、実家に戻ることなく、引き続きフォンターナで働くことになります。

さらに歌子の検査結果ですが、少なくとも重い病気とは特定されませんでした。

こうした出来事が続く中で、熱量を持った、力のある「言葉」が登場したのです。

力のある「言葉」その1

16日(木)の第49話。

暢子が下宿している沖縄料理の店「あまゆ」に、酒に酔った二ツ橋がやってきました。そして、県人会会長の三郎(片岡鶴太郎)に殴りかかるという、ちょっとした事件が起きます。

どうやら、オーナーの房子をめぐる、過去のいきさつがあるようで、店の常連である新聞社デスクの田良島(山中崇、好演)は、事情を知っている様子。

つい自分も知りたがる暢子に、田良島が言いました。

「わかってても、わからないふりをしたほうが、いいこともある。世の中は不公平で、理不尽なことがたくさんある。時代の流れで、思わぬ方向に人生が変わってしまったり、惚れ合ってるのに結ばれないなんてことも。

頑張れば必ずハッピーエンドになる、わけでもない。頑張っても、頑張っても、どうにもならないことがあるのが人生。だけどね、明日はきっといい日になる、と思うことが大事。

何があっても諦めないで、どうすれば少しでも楽しく、希望を持って生きていけるか。料理作りも、新聞作りも、そんな思いを込めてやってるんじゃないかなあ」

「明日はきっといい日になる、と思うことが大事」は、田良島らしい誠実さと信念の言葉でした。

力のある「言葉」その2

もう一つは、17日(金)の第50話。自分の将来を悲観する歌子と、母の優子が向き合う場面です。

姉たちと比べながら、恋愛も結婚も好きな仕事も出来ない自分を嘆き、「うちなんか、死んでしまったほうがいい」とまで言い出す歌子。

悲しみのあまり、一瞬、優子は手を上げますが、もちろん叩いたりしません。その代わり、歌子を優しく抱きしめ、こう語りかけたのです。

「歌子だけじゃないよ。賢秀も、良子も、暢子も、みんな上手くいかないことがある。どうしようもないこともある。お父ちゃんやお母ちゃんも、そんな時があったんだよ。

それでも、幸せになることを諦めないで生きていかないと、いけないわけ。そうしたら必ず、生きていてよかったって思える時が来る。歌子にも必ず、そんな時が来るから。

偉い人になんか、ならなくていい。お金が稼げなくても、夢が叶えられなくてもいい。ただ、幸せになることは諦めないで生きてくれれば、それだけで、お母ちゃんは幸せだから」

涙を流しながら娘に語りかける母。やはり涙を止められないまま聞いている娘。「幸せになることは諦めないで」の言葉は、まさに母の祈りです。

そして気づくのは、田良島の言葉の中にも、「何があっても諦めないで」とあったこと。

「諦めない」が、希望へとつながる道であることを、田良島も優子も知っているのでしょう。

ドラマのヒロインだけでなく、見る側の気持ちも揺さぶってくれる、力のある言葉たち。やはり、いいドラマに、いいセリフは必須なのです。

小さな「提案」

制作陣に提案したいことが、一つあります。

今週は、時代背景が「1976年(昭和51年)」でした。しかし、あまり時代を感じさせてくれません。

当時の雰囲気をドラマの中に現出させるのに、その頃にヒットした音楽やテレビや映画などを、もっと使ってもいいのではないでしょうか。

たとえば、山口百恵さんの「横須賀ストーリー」や「山口さんちのツトム君」が街に流れているとか、通りのどこかに映画「ロッキー」のポスターが貼ってあるとか。

結構、有効だと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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