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なぜ総選挙案は否決されたか:まとまりゆく保守党と、反対しか能がない労働党。イギリス・ブレグジットで

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
9月3日のバーコウ下院議長。3月27日の日と同じ議場の様子を表すようなネクタイを(提供:Parliament TV/ロイター/アフロ)

9月4日、大変重要な法案が二つ、英下院で採択され、可決された。

一つは「合意なき離脱」を阻止する法案。賛成327、反対299で可決された。

もう一つは、この可決を受けてジョンソン首相が提案した、下院を解散して総選挙を実施するもの。

こちらは議員の3分の2の票数が必要だったが、賛成298、反対56で否決された。

定数は650なので、可決には434票必要だったが、136票足りなかった。

与野党は拮抗している。保守党の議員一人が自由民主党に鞍替えしたので、与党(保守党+DUP)は、野党より1席足りない状態だ。つまり、与党が解散・総選挙を提案しても、もともと可決される見通しはほとんどなかったのだ。

今後をうらなう上で大事なのは、議員の投票行動の中身だと思う。

大量の棄権

解散・総選挙の提案を葬ったのは、反対票ではなく、棄権の多さだったのだ。なんと288もの大量棄権が出た。

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◎賛成:298

・保守党 284

・DUP 10

(※北アイルランドの強硬英国派)

・労働党 3

・無所属 1

◎反対:56

・労働党 28

・自由民主党 13

・変化のための独立党 5

(※揺るぎのない親EUとして労働党から独立)

・プライド・カムリ 3

(※ウエールズの独立を目指す党)

・無所属 7

◎棄権:288

・労働党 214 

・スコットランド国民党 35

・無所属 28

・シン・フェイン 7

(※アイルランド統一派で、常に棄権。下院の出席=女王への忠誠を拒否)

・保守党 2

・自由民主党 1

・緑の党 1

スコットランド国民党は、党として棄権した。

責任放棄の労働党

労働党の議員は、31人をのぞいて大多数が棄権にまわった。

これは議員としての責任の放棄ではないのか。

通常の多数決による投票なら、棄権は「私は投票しませんので、投票する方々で決めてください」という意味合いが強くなる。でも、下院解散を問う投票は違う。議員の3分の2の票が絶対に必要なのだ。

コービン労働党党首は3日、「合意なき離脱は、国民の多数の意志に反する」と声を荒らげて演説していたが、そもそもメイ首相によるEUとの合意案に最後まで反対し続けて、合意案を葬ったのは、最大野党の労働党ではないか。

そのくせに、合意なき離脱を阻止する法案を提出、「国民の意志」を熱弁するコービン党首にも労働党にも呆れ果てる。

その上さらに、解散か否かを決める大事な投票で、棄権という責任放棄。反対するための反対。内容はとにかく、反対しさえすれば良い最大野党だ。

彼らの言い分は「解散・総選挙を行うのは、合意なき離脱を阻止する法案が上院(貴族院)を通過して、女王の裁可を得たら」ということだ。

確かに貴族院ではブレグジット派議員が、法案の審議引き延ばしを目的に100項目以上の修正を要求しているという。

しかし、同じ理由と言い分で棄権にまわったスコットランド国民党であるが、党首のスタジョーン氏は、本当に労働党が解散をするつもりがあるかを疑っている。

彼女はツイッターに書いている。「・・・労働党は選挙をまったく望んでいないように感じ始めています。ジョンソン首相は、自分の望むものを手に入れるために、法案においてあらゆるトリックを試すとわかっていながら、彼を首相の地位に留めておくのは、無責任でしょう」。

右往左往の保守党

このように労働党が完璧に自己矛盾に陥るのは、与党である保守党が右往左往しているからだ。

労働党は反対のための反対なのだから、保守党が白といえば黒を、黒といえば白を支持することになるのだ。

メイ首相の時代、EU合意案は3回採決にかけられた。

3月29日の3回目にして最後の投票では、EU合意案に賛成の保守党議員が277、反対が34までもっていくことができた。つまり、277人の保守党議員は「EUとの合意案に賛成」したのだ。

しかし一転、9月3日の野党を中心に提出された「合意なき離脱を阻止する法案」では、保守党は286人が反対している。つまり286人の保守党議員が「合意なき離脱もやむなし」としたのだ。

まさに、羊の群れ。このように国家の命運を左右するような出来事に、意見が180度変わっている。

保守党の迷走ぶりの詳細は、以下の記事を読んでいただきたい。

なぜジョンソン英首相は総選挙をしようとするのか。羊の群れの議員たち:イギリス・ブレグジット問題で

ジョンソン首相の次の打つ手は?

それにしても、首相と政府は何を考えているのだろう。

与野党が拮抗している状態から考えて、「合意なき離脱を阻止する法案」が可決するのも、「解散をする提案」が否決されるのも、目に見えていたはずだ。想定済みだったはずだ。

今の段階で言えることは、保守党はどんどん一つに固まってきている。「合意なき離脱もやむなし」に反対した21人の議員は、本当に除名したという。今日にも通知の手紙が届くということだ。

なんと、あのメイ前首相すら「合意なき離脱を阻止」に対して、反対の票を投じている! 党議拘束って重いんですね。

今の保守党は、国民投票の結果を尊重している党、そのためには合意なき離脱もやむなしという党、国民に再び問うべしと総選挙を申し出たのに野党の反対で出来なかった党――になってきているように見える。

ジョンソン首相に対して「独裁者!」「国民の信託を受けていない!」と非難することは出来にくくなくなってしまった。「だから総選挙をすると言ったではないか。口だけではなく実際に、総選挙をする提案を下院に出したではないか」「潰したのは労働党だ」ともっともな反論ができるからだ。

ジョンソン首相に不満をもつ市民の怒りは、むしろ労働党に向かうのではないだろうか。

もともと保守党議員は、3月27日に行われた示唆的投票(=本音投票)によると、157人が「合意なき離脱でも良い」と答えていたのだ。ジョンソン首相が描く今の保守党の姿は、多くの議員にあった自然な方向と言えるだろう。

保守党が一枚岩になっていくことは、EU議会選挙で保守党を打ち負かし、脅かし続けているUKIP(英国独立党)とブレグジット党(ファラージ党首)の支持層を取り込むことになる。

そもそもジョンソン首相は、「合意なき離脱はやむなし」と派手なパフォーマンスを展開したものの、進んでそうしたいとは言っていない。労働党のへたれぶりを見ると、意外とジョンソン首相は、難局を乗り越える力を発揮できるかもしれない。

それにしても、この「総選挙プラン」の戦略を考えたのは一体誰なのか。なんて頭がいいのだろう。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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