「銃弾がお前に当たればよかったのに」脅迫を受けるノルウェーテロ生存者の今、ネットで生きる犯人の思想
ノルウェーのテロ生存者たちは、今このようなメールを受け取っている。
ノルウェーの7・22
「シューエアンドレ・ユーリ」(22.7)という言葉は、ノルウェーでは特別な意味を持つ。
2011年7月22日、ノルウェー人男性、アンネシュ・ブレイビクにより、オスロにある政府庁舎爆破で8人、ウトヤ島での銃乱射で69人の命が奪われた。
ウトヤ島では、当時、中道左派「労働党」の青年部(以下AUF)の夏合宿がおこなわれていた。島での死亡者のうち、14~17歳は33人、18~20歳は23人いた。
ブレイビクは、移民の受け入れに寛容的なイメージが強い、左派最大政党の「未来の政治家の卵」を狙った。
こどもや若者が、民主主義の象徴として大事にされるノルウェー。
国の宝でもある若者が狙われた衝撃は、大きかった。
憎しみには負けないはずだったが?
毎年、7月22日になると、追悼式典が行われるノルウェー。
「この日に何が起きたかを忘れない」、「テロを体験しなかった子どもたちに、歴史を引き継いでいかなければいけない」という思いが、国中にあふれる日だ。
「ブレイビクの思う通りにはさせない」
「私たちは憎しみに、憎しみで答えない」
その「はず」だったが……?
全国紙アフテンポステンが直前に掲載した記事は、ブレイビクの「憎しみの種」、この国の課題が消えていないことを感じさせるものだった。
ノルウェー全国紙の記事が明らかにする、生存者たちの今
テロで生き残った若者たちは、今、大人のノルウェー人たちから、「死ねばいい」と、脅迫を受けている。
同紙のレポートは、その現状を残酷なまでに反映していた。
送信者は、大人のノルウェー人たちだ。一部のSMSにはスウェーデン語もある。
7年経った今でも、「死ねばよかったのに」と言われる、テロで仲間を失った生存者たちの気持ちを、考えてみてほしい。
ノルウェーが抱える葛藤と課題
今、ノルウェーには課題がいくつかある。
ネットで生きるブレイビクの思想
ブレイビクの狙いのひとつは、政治や民主主義のかたちを揺るがし、プロパガンダを広めることだった。
新聞社の記事は、ブレイビクの思想が、ネットと社会で、まだじわじわと生きていることを意味している。
テロ教育と、語ることの難しさ
テロのことを、学校教育などで伝えなければいけないと言い続けるノルウェー。爆破が起きた政府庁舎前には、無料開放している展示室もある。
だが、うまくいっていないことも。生存者、遺族、教育関係者、市民などには、「もう話したくない」という傾向もある。
「脅迫を受けるから、話したくない」
「つらいから、思い出したくない」、「前に進みたい」という理由のほかに、「テロや移民受け入れ議論について触れると、ネットなどで嫌がらせを受けるから」話したくない、という人もいる。
脅迫が原因で、「政治から退いた・議論には積極的に参加しない」というAUFメンバーもいる。
ノルウェーでは、嫌がらせなどが原因で、口を閉ざす人が出てくることは、「民主主義の妨げ」として問題視される。
労働党につきまとう陰謀説
労働党は、ノルウェー政党の中でも特殊な「陰謀説」が昔から付きまとっている党だ。
移民受け入れや、イスラム教徒の支持者が多いという強い印象があり、労働党を嫌う人々の嫌悪の塊が、ネットで増殖している。
右翼ポピュリスト政党、進歩党リストハウグ氏のFacebook投稿
この労働党に関する陰謀説を甘くみてはいけないと、問題が再確認されたのが、ノルウェーの右翼ポピュリスト政党・与党「進歩党」のシルヴィ・リストハウグ国会議員のSNS投稿だった。
「ノルウェーのドナルド・トランプ」とも国際メディアでは例えられる同氏は、今年3月、Facebookでの投稿が原因で、法務大臣の座を辞任した。
同氏の投稿には、1枚の画像がついていた。2012年に撮影されたソマリアを拠点とするイスラム過激派アルシャバブの戦闘員の写真だ。
投稿日は、テロを題材にした映画の解禁日でもあり、関係者にはただでさえ辛い日だった。
国会で議論中だったテーマについて、労働党を極端な表現方法で批判したつもりだけだった同氏。
与野党、メディアなどから一斉に非難され、投稿を削除するように求められた。
最終的には、政府を代表して首相が謝罪。リストハウグ氏は「まるで幼稚園のような国会」と捨て台詞を残して、法務大臣を辞任した。
同氏は、国民を守るはずの法務大臣の立場にいた。それにも関わらず、投稿が原因で、AUFの若者は大きなショックを受け、労働党へのヘイトスピーチは増した。
同氏の過激なFacebook投稿は、ネットでのヘイトスピーチを加熱させているとして、以前から問題視されていた。労働党につきまとうネットでの「陰謀説」は、まさにブレイビクの思想の根っことなったもの。
そのつもりはなかったにせよ、法務大臣の立場にあろう人が、「陰謀説を連想させる」、「ネットでのヘイトスピーチや陰謀説に火をつけてしまった」行為は、これまでのノルウェーの大臣の行動としては、普通ではなかった。
今年は、そのような騒動があったばかり。
だからこそ、アフテンポステン紙がスクープした、AUFの若者たちが受けている脅迫やヘイトスピーチの実情が、より深刻に受け止められたのだ。
ブレイビクの思想が、ネットで大きくなっている。少なくとも、小さくはなってはいない。その確信が、強まるものだった。
ブレイビクの思想や憎悪は、生きている
亡くなった77人の名前が刻まれたメモリアルが公開された、今年の追悼式。
労働党青年部、AUF代表のマニ・フサイニ氏は、その外見などから、差別的なヘイトスピーチを受けることで知られるひとりだ。
爆破が起きた市庁舎前で、フサイニ氏はこう語った。
「この日は、ブレイビクに攻撃された、私たちの価値観を思い起こす日です。ブレイビクの思想を共有している人たちが、たくさんいることを、私たちは知っています」
「憎悪や陰謀説は、行動となり、人を殺してしまうことがあります」
「ウトヤ島の生存者は、今、大人たちから脅迫を受けています。恐怖や怒りが、戻ってきました」
「テロを起こした責任者は1人だけでした。しかし、また同じことが起きないようにする責任は、私たち全員にあります」
ノルウェーの大手報道機関は、7月22日を忘れてはいけないという社説、生存者を脅迫する人々の問題点を連日報道した。
一方で、人員が足りていない警察には、ネットで他者を脅す人々までを捜査する余裕がないことも、より明らかとなる。
問題点を認識し、公の場で話し合うことまでは、ノルウェーはできている。
だが、ネット問題や脅迫者たちをどうするかなどにおいて、「実際に何か行動」が起きているとはいえない。
理想で飾った言葉だけで解決できる問題ではない。そのことが、今年はより明白となっていた。
Text&Photo: Asaki Abumi