起業家が「ワークライフバランス」だなんて、変な時代になったものだ!
ある起業家の本音
私は企業の現場に入って目標を絶対達成させるコンサルタントです。クライアントのほとんどは「成熟期」に入った企業。以前は上昇気流に乗っていた事業が、いったん踊り場に到達。「衰退期」を迎えるのを何とか食い止めたいと願っている経営者からのオファーが大半です。したがって会社を起ち上げたばかりの「導入期」、事業が成功して「成長期」に入った企業からのオファーはほとんどありません。
「導入期」や「成長期」の企業は事業目標を達成させることより、前年よりどれぐらい上回ったか――つまり「達成率」より「成長率」を気にするからです。
しかし「絶対達成」というフレーズを気に入ってくださる方から、起業家の支援をしてもらいたいと声がかかることもあります。本業ではないので、無償で話を聞き、アドバイスをしようとすると、たまに耳を疑うような思考の人に出会います。
「3年ほど一般企業に勤めていたのですが、残業が多いので辞めました。起業したのは、時間に縛られない生活ができるからだと思ったからです」
このように素直な心情を吐露されると「さすが若いな」と思ったりします。一応、教科書的に言えば、
「3年ほど一般企業に勤めていたのですが、仕事をしているあいだ、どうしても疑問に思うことがありました。なぜ●●は、○○なんだろうって。調べてみたら、このことに悩んでいる中小企業が全国にあることを知り、驚きました。共通の問題を抱えている中小企業を一社でも救いたい、その一心で私は起業を決意したんです」
……こう言うべきです。
たとえ本音は「残業がイヤだったから」であったとしても、建前としては「社会に貢献したい」からとしましょう。まだ小さい規模でも経営者です。会社のミッションを語らないと、周囲の大人は応援しづらくなります。
ただ、ここまではいい。問題はココからです。
「起業して1年が経ったのですが、食べていけません。どうしたらいいですか。私も絶対達成したいです」
と相談されるので、いろいろヒアリングしてみると、
「横山さんのアドバイス通りにやろうと思うと、もっと働かないといけませんよね? 残業がイヤだから起業したわけですから、短時間で絶対達成する方法を教えてください」
「会社に縛られることなく、もっと趣味の時間を作りたいから起業したのに、昔よりもさらに多忙になっています。てっとり早く絶対達成できる方法はないですか?」
このように言ってくる人が多いのです。
最初からワークライフバランスはあり得ない
時間に縛られることなく、自由なスタイルで働きたい、だから会社を起ち上げた、起業した――。起業した本音がコレでもかまいません。
しかし起業したてのころから「長時間労働はイヤ」「自由な時間にやりたいことをやりたい」と言っていても始まりません。何も産まれないのです。
飛行機と同じで、高度1万メートル上空に達してはじめて安定巡航できるようになります。まず雲を超えて空高く舞い上がるまでに、それなりのパワーをかけましょう。たとえ個人事業であろうが、起業したばかりの「導入期」は昼夜を忘れてガムシャラに働く必要があります。そのガムシャラさ、ひたむきさが周囲の人を惹きつけ、お客様から選ばれる存在になるのですから。
達成してからがスタートライン
多くの起業家に伝えたいメッセージがあります。それは、起業の手続きをし終わってからがスタートではない、ということです。
当初思い描いていた、最低限の事業計画が達成してからがスタートだということです。なぜなら、何らかの目標があったとき、その目標を達成させるまで、どのようなアクションをどれぐらいの量こなすべきかは、どんなに専門家に聞いて仮説を立てても、実際に達成させるまではわかりようがないからです。
「最低必要努力投入量」という言葉は必ず覚えましょう。ミニマム・エフォート・リクワイアメント(MER)とも言われ、名著「働くひとのためのデザイン」で金井壽宏氏が紹介した概念です。
自分自身が描いた事業計画を達成させるまでに、どれぐらいの努力が最低限必要なのか。この「最低必要努力投入量」を確認してはじめて、起業家としてのスタートラインに立った、ということなのです。資格試験の合格をめざす考え方と同じです。どんなに目安の勉強時間があったとしても、どれぐらいの勉強量をこなすべきかは、実際に合格するまでは判明しないのです。
昨今、「働き方改革」や「ワークライフバランス」という言葉が報道でよく使われるようになっています。しかし起業したばかりの方は意識せず、やっていきましょう。まずは起業家として正しくスタートラインに立つこと。そこから自分の「ありたい姿」をめざすべきなのです。
社内ベンチャーは成立しづらい時代
このように、最初からバランスのとれた状態で、事業を起ち上げることはできません。創業の中心メンバーは身を粉にして働く時期が必ず不可欠です。そう考えると、これからの時代、「社内ベンチャー」は非常に成立しづらくなると言えます。
社内ベンチャーで成功できる人は、一般的な起業家と同様に、事業が軌道が乗るまでは、まさに馬車馬のように働く気概がなければ無理です。
サラリーマン気質の人が間違って新規事業や社内ベンチャーの起ち上げを社長から任せられたら大変です。いつまで経っても赤字の事業のまま推移していくことでしょう。だからといって、「24時間働け」「達成するまで昼夜も関係なく頭を働かせろ」と会社側は言えません。
「働き方改革」や「ワークライフバランス」もいいですが、最初からその価値観をもったまま新事業をスタートさせようとしてもうまくいきません。たとえうまくいっても、たまたまです。再現性がない。どんなにIT技術が発展しようとも、最初の「ガムシャラさ」は省くことができない大事なプロセスだからです。