Yahoo!ニュース

もうすぐ、命日(2)

林壮一ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
Tapia vs. AyalaのPress Credential

タピアの原稿をUPしてから目を瞑ると、ポーリー・アヤラとの試合が蘇ってきた。

このファイトは、日本から友人がラスベガスを訪れ、並んで観戦した。翌日も、翌々日も「素晴らしいファイトだったなぁ」と興奮が冷めなかった。

=========================================

「Mi Vida Loca」。

ベルトラインの後ろ側に金色で刺繍されたその文字の意味は「狂った俺の人生」。WBAバンタム級チャンピオンのジョニー・タピアは背中に大きなTATTOOを入れていたが、それ以上に目を引くのがこのスペイン語の刺繍だ。

WBOジュニアバンタム級タイトルを13度防衛し、7カ月前に2階級制覇を達成。1999年6月26日は初防衛戦として、ポーリー・アヤラの挑戦を受けていた。

刺繍文字の如く、タピアはリングアナウンサーが挑戦者の名をコールしている最中にアヤラ歩み寄り、胸を突き飛ばす。タピアという選手は、こういったパフォーマンスを演じることが多かった。

アヤラにとってタピア戦は、2度目の世界挑戦である。前年8月に横浜アリーナでWBC王者の辰吉丈一郎と戦ったが、負傷判定でプロ生活初の黒星を喫していた。タピア戦時はWBAランキング2位。

試合前、48戦全勝25KOを誇るチャンピオンを有利とする声も多かったが、アヤラはタピアのお株を奪うかのようにアグレッシブに前進する。タピアもまた、サウスポーのアヤラに手を焼きながらも、自慢のスピードを活かした。

ファーストラウンドから最終12回まで、両者ともにまったくペースが落ちないハイレベルな攻防となる。ラスベガス、マンダレイベイ・イベントセンターのリングサイドに陣取るボクシングジャーナリストたちは、口々に驚きの声を上げた。

「いやぁ、素晴らしい!」

「稀に見る熱戦だね」

「バンタム級史上最高のファイトだな」

クリンチに逃げることが1度もなく、下がることもなく、2人のファイターが己の能力の限りを尽くす姿は、見る者を恍惚とさせた。

フルラウンドに渡って打ち合った両雄は、試合後健闘を称え合い、それぞれが相手を抱え上げて尊敬の念を示した。判定は116―113が2名、115―114が1名の3―0でアヤラが新王者となる。

アヤラは語った。

「ジョニーはグレイト・チャンピオン。ジュニアバンタムのベストだろう。でも僕は、バンタムのベスト・ファイター。ちょっと足も使ったけれど、それ以上に打ち合うのが自分のスタイルだ。彼は僕のような選手との試合は無かったよね。今夜ジョニーが僕にチャンスをくれたように、条件さえ折り合えば再戦する気持ちはある」

32歳のタピアは、年齢による衰え、バンタム級への転向失敗、あるいはクロスレンジを得意とするアヤラと真っ向勝負するのではなく、もっと距離をとればよかった、作戦ミスだ…等の声も上がったが、本人は心から、アヤラの出来を称え、「ボクシングは、ベターな者が勝つんだ」と話した。その潔さは、タピアの評価を上げた。

リーターンマッチは1年3カ月後に行われた。アヤラはWBAバンタム級タイトルを保持していたにもかかわらず、フェザー級での対戦となった。2人は、バンタム級のリミットで戦うことが難しくなっており、後にクラスを上げていく。

アヤラ対策として、右スレートからダブルの左フックの練習を積んだが、初戦でそれを活かせなかったタピアは、インファイトに磨きをかけた。相手の土俵で勝利することこそ、前回の敗北を超克すると判断したのだ。ポジションを変え、ヘッドスリップを多用しながら、コンビネーションを見舞う。第8ラウンドに見せたトリプルの右ストレート、第11ラウンド終盤の右ストレートなど、アヤラを追い詰める局面もあったが、パワーの差はいかんともし難い。

内容的にはけっして劣っていないが、第一戦同様、僅かにアヤラがポイントで上回った。2ポイント差が2人、4ポント差が1人のマジョリティー・ディシジョンだった。とはいえ、同ファイトを放映したSHOW TIMEのアナウンサーとコメンテイターは、タピア勝利を唱え、生放送中に「受け入れることの出来ない、おかしな判定だ」と発言している。それくらいの接戦であった。

やがてタピアは薬物利用で何度も逮捕され、ブランクを作る。それでも毎回、カムバックした。44歳まで現役を続け、最後の3試合はライト級でリングに上がっている。彼は「狂った人生」を送る自身の運命を受け入れていたのかもしれない。

ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

林壮一の最近の記事