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日本はハワイになる。国土買収によって失われる未来

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
(写真:イメージマート)

名義貸しのダミー会社など、所有者不明となるようカムフラージュ

外国資本による土地の買収は、しばしば「都市伝説」と揶揄されたり、「わずかな面積なのに大騒ぎし過ぎ」と言われたりする。あるいは「グローバルな経済活動の1つだから問題ないし、何より合法的な売買」という促進派も多い。メディアは外国資本の土地買収の報道に積極的ではない。私自身「外国資本の水源地買収」を取り上げる番組企画に携わったが、そのいくつかが「お蔵入り」になった。

平野秀樹さんは、外国資本による土地買収の実態を15年以上追いかけてきた。1次情報を集め、裏取りをしながら事実を積み上げた。最新刊『サイレント国土買収』(角川新書)には全国各地、48自治体での国土買収事例が淡々とした筆致で紹介されている。

筆者撮影
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平野さんは、「日本の法律を遵守しているのだから何ら問題はないとする外資買収への無防備な歓迎論には反対だが、極端な排斥運動にも与しない」と自身のスタンスを明らかにしつつ、次の3点を主張している。

①わかっている買収事例は氷山の一角。名義貸しのダミー会社など、所有者不明となるようカムフラージュされているケースがほとんど。

②純粋な経済活動とは到底いえない場所の買収が混じる。いずれも資産隠し、脱税、外国政府の統制下による買収の可能性がある。とりわけ中国関係者が所有する土地は「国防動員法」によって有事になると母国(中国共産党)に撤収され、戦略拠点になりかねない。

③日本の土地は、世界的に見て私権が極めて強い。不当な占拠が続くと、ガバナンスが危うくなるし、国土から生み出される将来の果実(収益)も失う。

土地の購入者は誰でもよく、境界が曖昧でも相対で取引は成立

私は2008年、三重県多気郡大台町の土地買収を取材した。対象地の面積は、登記簿上は250ヘクタールだが、地籍が不明確で実際には1000ヘクタールともいわれていた。中国人男性が大台町役場にやってきたのは2008年1月。男性は立木の種類などが記された「土地カタログ」のような書類を持参し、「いい木があると聞いてきた」と言った。応対した職員が「そこには道がなく、木を切っても搬出するのが難しい」というと「和歌山のほうへ行ってみる」と立ち去ったという。

ちょうどその頃、私は平野さんと面談した。平野さんは『日本の水源林の危機』『グローバル化する国土資源(土・緑・水)と土地制度の盲点~日本の水源林の危機Ⅱ』(いずれも東京財団政策研究所)という政策提言で、主に3つの課題を指摘していた。

1)日本の土地は誰でも買うことができる。外国人だからといって制限はない。

2)(前述の通り)土地所有権が強い。欧米は日本と同様、外国人であっても自由に土地を取得できるが、所有の考え方は違う。欧米の土地所有権は土地利用権に近いもので、土地そのものは公的な資源と考えられている。

3)基本となる地籍が確定していない。所有者が亡くなってから相続手続きが終わっていない土地、所有者が複数いる土地、所有者自身がどこからどこまでが自分の持ち物なのかわかっていない土地なども多い。

平野さんは当時、「つまり日本では土地の購入者は誰でもよく、境界が曖昧でも相対で取引は成立する、一度所有するとその権利は最終処分権まで含む強いもので、土地収用権も実質機能しない。そうしたなかで経済のグローバル化の波にさらされることになった。今後国土買収は進むだろう」と語っていた。

土地買収の3つの特徴

その予言は当たった。平野さんによると、この15年の土地買収は主に3つに分けられるという。

①水源林を中心とした時期

2010年、北海道が外国資本による森林の売買状況の調査を行ったところ、道内の私有林7か所、計406ヘクタールがすでに外国資本に買われていた。北海道では2000年代半ばから海外に居住する個人や法人(外資)が森林を買い取る事例が相次いだ。

筆者撮影
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利用目的は、資産保有、牧草地用で「水目的」とはされていなかったのだが、この時、北海道議会が政府に提出した意見書には、こう書かれていた。「我が国における現行の土地制度は、近年急速に進行している世界規模での国土や水資源の争奪に対して無力であると言わざるをえない」。なぜ「土地を買われた」ことを「水資源の争奪」と解釈したのか。実は、森林を取得した場合、保安林等の法的規制がかかっていなければ、所有者は比較的自由に開発できる。木を伐採してもよいし、温泉を掘っても、地下水を汲み上げてもよい。しかし、「原野商法ではないか」、「この土地を購入してもたいして水は得られない」などと否定され、次第に語られることがなくなった。

②再エネを中心とした時期

東日本大震災後の2012年7月、固定価格買取制度(FIT法)が制定され、再生可能なエネルギー源を用いて発電した電気を、電気事業者が一定の期間買い取ることを義務づけた。再生可能エネルギーの普及を促進させる目的で生まれ、各地で太陽光発電事業、風力発電事業が進んだ。太陽光発電事業に参入している外国資本は多い。とりわけ突出しているのが中国資本や中国系資本だ。

平野さんは、全国の総発電量が6.8万メガワット(事業計画認定量。令和3年6月末)であることから、外資系ソーラー事業者に占有されている国土は、中国を含む外資系比率を30~40%と仮定、約6万ヘクタールと概算する。JR山手線の内側面積のほぼ10倍だ。

太陽光発電事業は、設備認定を受けた合同会社などの特定目的会社(SPC)や一般社団法人などが引き継いでいくケースが多いが、法曹関係者によると、合同会社は1つの箱のような組織。一般企業の社長が代わるのと同じで、陣容が変わってもはた目には分からず、事業主体が見えにくくなる。

③農地を中心とした時期

土地買収が近年、農地や港湾、離島や産業インフラなどに及んできた。平野さんは「とりわけ農地の買収が進んでいる」という。「国の調査では47ヘクタールだが、桁が2つほど違うと推計している。北海道の農地も外資買収は函館以外にはないと公表されているが、そうだろうか。国の統計から漏れている件数のほうが多い。未届出や名義を変えた買収が相当数ある」。

私はエチオピアで未開発地が次々に借り上げられていく様子を取材したことがある。50~99年の長期契約で、借地料は1ヘクタール当たり年間10ドル程度。だが、農産物は輸出用で、農民たちの口には入らない。エチオピア国民の1割に相当する800万人が食料支援に頼っていた。国連食糧農業機関(FAO)は、こうした動きについて、「自国の食料安全保障リスクを軽減するため、食料輸入国が海外で農地を確保する動きは『新植民地主義』を作り出すリスクがある」と警告した。

土地活用というと多くの人は、「アパート経営」「マンション経営」「賃貸併用住宅」「戸建賃貸」「駐車場経営」などをイメージするのではないか。だが、大切なことを忘れていないだろうか。地下水は土地を所有することで汲み上げることができ、食料は農地で育つ。土地を所有することで得られる水、エネルギー、食が、いつのまにか自分たちのものでなくなってしまう。

外国人に土地を渡したハワイ王国の末路

平野さんは「国土を外国資本に明け渡し、結果的に国家を失ったハワイ王国のことを想起する」という。

ハワイにはもともと土地の個人所有という概念はなかったが、1848年に制定されたマヘレ法で土地を個人資産として見る西欧の考えが導入された。1850年に制定されたクレアナ法では、土地として所有が認められ、外国人も土地を持てるようになった。

「島の土地を最も買い占めたのは、豊富な資金力をもつ米国のプランテーション農園で、代表格は『ドール社』だった。同社を筆頭とする米国企業は1862年までにハワイ諸島の4分の3の土地を所有していった。対照的に、もと居たハワイ人はしだいに生活の基盤を失い、1898年に米国に併合された。外資による土地買収が始まってから48年目だった」

日本は外資による土地買収が本格的に始まってから、すでに15年が過ぎようとしている。

「ハワイのようにならないよう、多くの国が盾となる法律をもつ。ここ数年、豪州、ニュージーランド、米国、英国等は、中国による土地買収に対して警戒感を強め、規制強化に努めている。外国人・外国法人に占有されない工夫がされているが、日本にはそれがない。日本の土地利用規制法は、土地の利用について調査・規制するだけだ。対象も重要施設の周囲1キロと薄皮一枚でしかない。米国は案件によっては周囲100マイル(約160キロ)の土地を規制対象にしており、彼我の差は大きい。無条件・無限定で国土を開放しているから、外資からの投資(買収)が日本へなだれ込んでいる」。

土地は社会的共通資本である

平野さんの話を聞いて、土地とは何かを私なりに考えてみた。

土地は「社会的共通資本」である。宇沢弘文著『社会的共通資本』には「社会的共通資本は、1つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にする社会装置を意味する」とある。

たとえば、国土面積の67%を占める森林は、国土の保全、水源のかん養、地球温暖化の防止、生物多様性の保全、木材等の林産物供給などの多面的機能をもち、個人のものであっても周囲への影響は大きく、完全に個人のものとは言い切れない。森を所有する人は、社会共通の資本を所有していることになる。

農地も同様だ。日本の農地面積は440万ヘクタールあり、そのうち田(畦があり水田としての機能を有する農地)の割合は54%。北海道を除くと農地の7〜8割が水田だ。田んぼの機能は米の生産に止まらない。水田は日本の地下水の約19.6%を生み出しているという試算がある(近畿農政局)。地下水かん養や雨水貯留などを通じて、地域の水の循環を支えている。近年は洪水発生時に「田んぼダム」として水を一時的に貯留することも期待されているし、多様な生き物たちの住処にもなっている。生態系維持の機能も認められている。水田はラムサール条約湿地に含まれており、水田=湿地と国際的に認知されている。

筆者撮影
筆者撮影

しかし、そうした感覚をもっている日本人は少ない。なぜだろうか。

それは戦後、日本人が土地を金儲けの道具としておもちゃにしてきたからではないか。

日本には土地が金を生むという土地神話がある。1991年のバブル崩壊までの戦後40年間、日本の地価は一貫して上がり続けた。その上昇率は常に経済成長、所得、収益、金利などあらゆる経済指標を上回っており、世界的に例のない特殊な出来事だった。異常も慣れるにしたがい普通に感じてしまうのが人間だ。土地は何があろうと絶対に値下がりしないと思われるようになった。

戦後の日本は3回の地価高騰を経験している。

最初は、1960年に発足した池田勇人内閣の「所得倍増計画」による地価高騰。池田内閣は計画達成の手段として、産業基盤の充実を目標とし、京浜、阪神、名四など太平洋ベルトの拠点開発を進め、このため工業用地が大きく値上がりした。翌61年には地価が対前年で42.5%上がり、不動産投資ブームの先駆けとなった。

2度目は、1971年、田中角栄内閣が打ち出した「列島改造論」による地価高騰。太平洋側に集中している工業地帯を日本全国の拠点都市に分散し、これらの新都市間を新幹線と高速道路でつないだ。地価高騰は改造論の対象地域に限らず日本全土におよび、東京圏の地価は前年比36%まで上昇した。これによって土地神話はいよいよゆるぎないものになった。「働かなくてもいい。うちには土地がある」と不動産所有者たちは長い夢を見始めた。

3度目がバブル経済による地価高騰だ。不動産をもっていれば、いずれ多額の売却益を得られると思っていた。建物を新築して人に貸せば、半永久的に賃貸収入を得られると考えた。不動産賃貸業は、数年ごとに値上げもでき、何もしなくても人に貸せば、半永久的に賃貸収入を得られる魅力的な商売になった。土地を保有して数年後に売れば、大もうけできると日本中が考えた。

当時の土地税制は、土地の有効利用、流動化を進めるという理由で緩和路線が続き、個人にも法人にも税の負担感はそれほどなかった。

土地不動産は利用して収益を得るより、ただ持っていて地価上昇を待つほうがずっと得だった。個人でも企業でも土地不動産を取得する目的は、土地を有効利用することより、地価上昇によるキャピタルゲインを確保することにあった。

財形貯蓄や持ち家政策も、その根底にあるのは土地不動産を資産視することの国民意識の反映であり、その意識をつくりあげたのは政府である。企業も個人も、事業会社も金融機関も、日本中で競って不動産投資をした。すぐに使うあてのない土地でも荒れた山林でも「とにかく買っておけ」となった。それも大半は借金をして行っていた。金融機関も金をどんどん貸したし、官もそれをせっせと後押しした。

この間、土地が社会共有の資産であり、公共のものだという考えはすっかり消えた。そして地価が下落すると、土地を金儲けの道具と考える人々は、相手が誰であっても「損切り」するように売却した。「グローバルな経済活動の1つだから問題ないし、何より合法的な売買」という人々はこの考えに基づく。

だが、それを見直す時がきた。

前述の『社会的共通資本』にはこうある。「社会的共通資本は、一人一人の人間的尊厳を守り、魂の自立を支え、市民の基本的権利を最大限に維持するために、不可欠な役割を果たすものである。社会的共通資本は、たとえ私有ないし私的管理が認められているような希少資源から構成されていたとしても、社会全体にとって共通の財産として、社会的な基準にしたがって管理・運営される」。

これは右派とか左派とかの問題ではない。人間は大地なしでは生きていけない。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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