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「貧困」が意識されるようになった日本  延べ「一万人」を支援したフードバンクの取り組みとは?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 今回の衆議院選挙では、岸田首相が「新しい資本主義」を提唱し、野党も最低賃金の引き上げを打ち出すなど、格差と貧困の是正が重大な焦点となっている。その背景には、日本の賃金の低下や非正規雇用の増加に加え、「貧困」が強く意識されるようになったことがあるだろう。

 そうした中で、国の「公助」の拡大は急務であるが、もう一方で注目を集めているのが、市民同士が支え合う「共助」の広がりである。近年は「子ども食堂」が注目を集めてきたが、これに加え、このコロナ禍の1年半ほどの間に、廃棄食品を分かち合うことで、貧困とフードロス問題を同時に解決する「フードバンク」の価値が日本でも知られるようになってきたのである。

 こうした団体は非営利で運営され、地域に生きる隣人の生存を守りたいという思いから小規模な団体や個人が始めたものも多い。未だ大多数の人々が過酷な「自助」の中で苦しんでいるとはいえ、こうした自発的な非営利の助け合いが小規模ながら広がっていることは注目すべきだろう。

参考:手作り野菜で新鮮フードバンク 鶴ケ谷の被災住民ら「恩返ししたい」 河北新報 2021/08/08

参考:フードバンク仙台発足 22日から受け付け 個人には配達 河北新報 2020/05/22

 しかし、貧困対策として食料支援という「共助」のみを称賛することには危うさもある。共助が公助よりも優先されれば「民間にできることは民間に」と、公的な社会保障の責任の後退につながる可能性もあるからだ。「共助」の広がりは「公助」を衰退させる、という「ジレンマ」を常に抱えているわけだ。

 そこで今回は、新しい食料支援の形を模索しているフードバンク仙台の取り組みを紹介しながら、このジレンマを抜け出す方法について考えてみたい。

事務所で困窮世帯への食料支援の箱詰め作業を行うフードバンク仙台の学生ボランティアたち
事務所で困窮世帯への食料支援の箱詰め作業を行うフードバンク仙台の学生ボランティアたち

100万人都市・仙台に現れた「フードバンク」

 フードバンク仙台は、コロナ禍によって仙台でも急速に増加する困窮者に必要な食料を無料で提供するため、昨年の5月に結成された団体だ。個人、団体、企業から食料の寄付を集め、昨年から今年3月末まででのべ6300名もの人々に食料支援を行っている。今年10月末までには累計のべ一万人を超える見込みだ。

 支援物資は地元の企業や農家から寄せられており、スタッフはそれを仕分けして保管。支援要請があると配送している。物資提供で多いのは、防災備蓄品の賞味期限が近づいた食品や、食品メーカーが新商品の発売や商品パッケージの変更時に出る既存商品などだ。農家からの寄付も多いという。さらに、SDGsを謳う企業からの寄付金で直接食料を購入する場合もある。

 では、「どんな人たち」が支援を受けているのか。フードバンク仙台では、昨年5月から今年3月までの食料支援利用者のうち、のべ2,090世帯、のべ人数5,078名に詳しい生活状況のアンケートを行っている。

 これによると利用者数の38%が、主に留学生などの「外国人」となっている。また「学生」と「失業者」の割合も多い(以下のグラフを参照)。

(出典)「フードバンク仙台2020年度活動報告書」
(出典)「フードバンク仙台2020年度活動報告書」

 さらに、仕事に就いている場合も、雇用形態でみると「パート・アルバイト、派遣」などの非正規が大多数を占めており、業種はコロナの影響を大きく受ける飲食業やコンビニ、建設、警備業などが目立つ(下図)。

(出典)「フードバンク仙台2020年度活動報告書」
(出典)「フードバンク仙台2020年度活動報告書」

一週間水だけ 生活保護以下の収入の世帯8割以上

 金銭の収入に関しては、まったくの無収入が30%も占めており、86%の世帯が月額10万円に満たない収入で生活していた。

 仙台市で一人暮らし世帯の場合、月額約11万円(※住宅扶助含む)が生活保護の基準額だ。つまり、利用者の大半は、国が決めた最低限度の生活よりも少ない世帯収入なのである。また申し込み時点で5割から6割の世帯が所持金がほぼゼロに近かったという。

 これでは、食料の購入に日常的に困難を抱えるのも無理はない。同団体には連日のように「一日一食の生活を続けている」「一週間水以外の食事を取っていない」という声が届く。水道代が支払えず、アパートの水道が止められてしまい、公園で水を汲んでいるという相談もしばしば寄せられるという。

 同団体に支援の依頼があったケースを二つ紹介しよう。

解雇・休業手当未払いで「食べ物がない」状況に

Aさんは一人暮らしの40代男性だ。派遣社員として市外の会社に派遣されて働いていたが、「感染が拡大している仙台からは来ないで欲しい」という理由で契約を切られてしまう。さらに、派遣会社からも同時に解雇されてしまった。失業手当で生活しながら仕事を探していたが、コロナでそもそも仕事がない。フードバンク仙台に支援を申し込む直前の一か月間は、一日カップラーメン1個と卵1個の生活を続け、持病の通院や薬も我慢していた。食料支援開始時には所持金が数千円しか残っていなかった。

Bさんは母子世帯で子どもを数人育てている30代女性だ。コロナ以前から生活が苦しくダブルワークをしていたが、コロナの影響で勤め先の一つである飲食店のシフトが大幅に減少してしまった。労基法上は本来会社が支払う義務があるはずの休業手当は一切支払われていない。本人は「子どもにだけは食べさせたい」と思い、自分は一日一食しか食べない日が多い。食料支援開始時には所持金が1万円を切っていた。

 この二つの事例が典型的だが、新型コロナの拡大という要因があったとしても自動的に貧困に陥るわけではない。むしろ多くの場合、解雇や休業手当の未払いという会社の違法行為が直接の原因となって、そこに社会保障が機能しないことが合わさって、食料すら不足する貧困へと陥ってしまうのである。

 したがって、食料支援だけでは、生活の全般的な困難を解決することは到底できない。たとえば家賃を数カ月滞納して今すぐ住居を出ていくように言われている人に対して食料支援だけ行っても、結局食べ物があってもホームレス状態に陥ってしまう。ほかの制度、例えば、住居確保給付金や生活保護の利用も必要になってくる。

 こうしたことから、フードバンク仙台は「食料支援はあくまで一つのきっかけ」と考え、食料支援とセットで生活相談も行っている。必要に応じ、行政の様々な制度の紹介や、借金の整理のための専門機関の案内、生活保護制度の利用支援を行っているのだ。

食料支援+権利行使で貧困を乗り越える

 フードバンク仙台は制度利用の支援からさらに一歩踏み込んで、貧困の背後にある「労働問題」解決にも挑んでいる。次のような事例が典型的だ。

ネパール人留学生のCさん(20代男性)は2019年頃から派遣会社を通じて工場で働いていたが、昨年10月頃からシフトが減少しはじめ、12月には一切仕事を入れてもらえなくなった。契約は2021年3月まで残っていが、ほかの職場も紹介されず、休業手当も払われなかったことで生活に困窮。ほかのアルバイトも探したが見つからず、食費にも事欠き、フードバンク仙台を利用することになった。

そこでフードバンク仙台は当面の食料支援を行いながら、Cさんに私が代表を務めるNPO法人POSSEと労働組合である仙台けやきユニオンを紹介した。Cさんは組合に加入して会社と団体交渉を行った結果、12月以降の未払いの休業手当3か月分約数十万円を法律通り支払わせることに成功した。このため、滞納していた学費や家賃を解消することができ、食料支援は不要になった。

 Cさんの事例は「食料支援+労働法の権利行使」の支援によって、貧困の症状への対処にとどまらない、貧困の原因への対処へとつなげられた好例だと言える。

 満足に食べることができないために精神的・身体的な余裕が削られ、権利行使する気力を失ってしまっている困窮者は多い。だからこそ、フードバンク仙台では「食のセーフティーネット」を提供することで、根本的な生活の改善に向けた権利行使を後押しする。

 このような「支援の組み合わせ」の戦略をまとめたのが次の図である。

(出典)フードバンク仙台提供
(出典)フードバンク仙台提供

 こうした新しいスタイルの食料支援を成功させるには、新しい発想で共助を組み立てなおす人々の自発性や想像力が不可欠だ。

 同団体にはこれまでとは違う困窮者支援を行いたいと考える社会福祉士、食品ロスや農業問題に関心を持つ社会人、語学力やIT技術を持つフリーランス労働者など様々な社会的な関心やスキルを持つ人々が集まっている。

学生ボランティアの参加

 また今年からは「Z世代」(1990年代後半以降に生まれた世代)の大学生メンバーも増えており、困窮する女性や外国人の支援も含む権利行使のサポートを食料支援とともに第一線で担っているという。Z世代のメンバーに共通するのは、既存の支援のやり方にとどまらず、貧困を乗り越える新しい方法を模索する積極的な姿勢だという。

 ある学生は、参加の動機を「アルバイト先で外国人留学生の同僚のシフトが減らされ、生活に困窮している様子を見て、自分も何か支援をしたいと思って参加しました」と語ってくれた。

 外国人や貧困者が若い世代では「身近」な問題となり「共助」の世界に関心を持つ人が増えている。子ども食堂や無料学習塾でも、学生ボランティアの存在感は非常に大きい。

 とはいえ、食料支援依頼は急速に増加しており、メンバーは常に不足している状態だという。「共助」のさらなる広がりが必要だろう。

 コロナ禍はこれまで以上に広範な人々が各地で食料支援を自発的に始める契機となった。こうした動きが貧困の表面的な対処にとどまらず、その原因に対する取り組みへと発展していくことを期待したい。

無料支援・相談窓口

フードバンク仙台    

080‐7331‐6380(事務・寄付・支援メンバー募集の問い合わせ専用)

(10:00~16:00 ※祝日休)

foodbanksendai@gmail.com

食料支援申込はこちらから

*仙台市内の生活困窮世帯が対象です

NPO法人POSSE 

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人です。労働者の権利行使の支援を行っています。全国からの相談を受け付けています。

仙台けやきユニオン 

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏内の労働者の権利行使を行う労働組合です。一人でも加入できます。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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