北朝鮮のATACMS擬きはATACMSではない
北朝鮮は今年8月10日と8月16日に「新型兵器」と称する短距離弾道ミサイルを2発ずつ発射しました。そのミサイルの外観はアメリカ軍のATACMS短距離弾道ミサイルに酷似していました。また発射車両もATACMSのものによく似た形式で、北朝鮮がアメリカ製兵器を真似たことは明らかでした。
しかしこの二つはミサイルと発射車両の形が似ているだけで、他の要素は大きく異なっておりコピー兵器ではありません。参考にして真似たとは言えますが、技術を盗んでコピーしたとは言えないのです。
ミサイルの大きさが全く異なる
アメリカ製ATACMSは直径約60cm、全長約4m、重量約1.6トンで最大射程300kmの短距離弾道ミサイルです。北朝鮮版ATACMSは発射車両や一緒に写った人物の大きさからの比較で直径1m前後、全長6m前後はあると推定されています。また8月10日に発射された北朝鮮版ATACMSは韓国軍が観測した数値で水平距離400km、最大高度48km、最大速度マッハ6.1を発揮しており、北朝鮮版ATACMSはアメリカ製ATACMSよりも大きく速い短距離弾道ミサイルであることを裏付けています。
つまり大きさが全く異なる以上、北朝鮮版ATACMSはアメリカ製ATACMSのコピー品ではありません。
操舵翼はむしろイスカンデル似
二つのミサイルを外観から分かるもう一つの異なる点は操舵翼です。アメリカ製ATACMSはミサイル弾体に比べて操舵翼が大きめで、折り畳み機構を採用しています。そしてミサイル弾体は最後部の直径が小さく絞られる尻すぼみ形状で、折り畳んだ翼の出っ張りを尻すぼみの部分に収めることでミサイル直径内に仕舞寸法を収める工夫が凝らされています。
※尻すぼみ形状(ボートテール形状)の空気抵抗低減効果は砲弾などで採用されていますが、弾道ミサイルの速度では数字的にほとんど効果が無いので、ATACMSでの尻すぼみ形状の採用理由は折り畳み翼を仕舞寸法内に収める目的のみだと考えられます。
しかし北朝鮮版ATACMSの操舵翼はそういった工夫は採用されていません。ミサイル弾体に比べて小さめの操舵翼、折り畳み機構は採用されておらず、折り畳み翼ではないのでミサイル弾体後部は尻すぼみ形状でもありません。そして比較すれば分かりますが、この特徴はむしろイスカンデルの操舵翼に酷似しているのです。
また噴射炎で分かり難いのですが、北朝鮮版ATACMSには噴射孔の出口に噴射ガスの方向を制御する4枚のジェットベーンが装着されている可能性が高いと思われます。ロシア製イスカンデルや北朝鮮版イスカンデルにも採用されているジェットベーンは、アメリカ製ATACMSには装備されていません。つまり北朝鮮版ATACMSにジェットベーンが装着されていることが確定した場合、技術系統的にはアメリカ製ATACMSではなくロシア製イスカンデルの操舵翼を採用している派生型である可能性が高くなります。
以上の要素から北朝鮮版ATACMSはアメリカ製ATACMSの外観形状を真似てはいますが、大きさは全く異なる上に操舵系統の技術はロシア製イスカンデルの系譜であり、実質的に北朝鮮版イスカンデルの兄弟機ではないかと推測します。ATACMSのコピー品ではなくATACMSの皮を被ったイスカンデルである可能性が高いと考えられます。
2021年10月13日追記:ジェットベーン装着部を確認
2021年10月11日から平壌で開幕した兵器展示会「自衛2021」で北朝鮮版ATACMSも展示されて、操舵翼の後方に突出部があるのが確認されました。
この突出部の内側にジェットベーンが装着されていると推定できます。それ以外の理由が考えられず、ほぼ確定でしょう。このミサイルはATACMSのような外観をしていますが、イスカンデルの派生型だったのです。
参考写真
- KN-23、KN-24はアメリカ軍のコードネーム。
- KN-23は地上での発射前にジェットベーンを確認済み。
- KN-24の噴射炎にジェットベーンらしき影。ただし強い噴射で両隣のジェットベーンは見えていない?