N700S、東海道新幹線をいつも通りに利用できることを目的とした新型車両
JR東海のN700Sは2020年7月から営業を開始
N700Sは、来る2020年代の東海道新幹線の主力となることを目標として、JR東海によって送り出された車両だ。すでに、量産を前提とした専用のテスト車両である確認試験車の16両編成1本が2018年3月に登場し、現在試験走行を繰り返している。確認試験車での実績をもとに改良が加えられたN700Sの量産車もただいま鉄道車両メーカーで製造中で、2020年7月から営業に就く予定だという。
JR東海によるとN700Sは2007年7月にデビューを果たしたN700系以来、13年ぶりとなるフルモデルチェンジ車両だそうだ。とはいえ、系列名の「N700」に「Supreme(最高の)」を意味する「S」と付くN700Sに喜び勇んで乗車したとしても、大多数の人たちは期待外れと感じるかもしれない。外観も車内もいままでとほとんど変わらないからだ。
いま東海道新幹線を走る車両で大多数を占めているN700Aタイプは完成度が高く、N700Sの外観や車内はN700Aタイプを基本として、改良が加えられた形となっている。その反面、走行に必要な電気機器類などは一新され、小形軽量化が図られたと同時に省エネルギー化や騒音の低減も進んだ。したがって、N700Aタイプと見た目はそう大きくは変わらなくても、N700Sはやはり全く異なる車両である。非常時は別として、両者を連結して走らせることはできない。
N700Sの特徴
気になる車内の様子を試乗会をもとに紹介
JR東海は去る10月30日に報道機関向けにN700Sの確認試験車の車内を公開し、合わせて東京駅から豊橋駅までの間で試乗会を実施している。筆者も試乗会に参加し、一足早くN700Sの乗り心地を体験することができた。今回は車内の様子を中心にN700Sのあらましを紹介したい。
さて、前回取り上げたJR東日本のALFA-Xという新幹線のテスト専用の車両の特徴は、「東京駅と札幌駅との間を高速で結ぶことを目的とした車両」であった。いっぽうでN700Sの特徴を簡潔にまとめると、「東海道新幹線をいつも通り利用できる車両」となる。
N700Sは、東京駅と新大阪駅との間を現在の最速2時間23分からたとえば2時間ちょうどへと短縮させることを目的に開発された車両ではない。東京~新大阪間515.4km(実際の線路の長さ)に1日平均で47万7181人(2018年度)の人々が乗車し、毎日運転される営業列車だけで1日313本(2019年3月16日現在)、最短で2分間隔で列車が運行されるという日本の大動脈を、より安全に、より安定的に、そして環境にも優しく省エネで、低コストで走行することを目指した車両がN700Sである。スピードアップなどの派手な要素は抑え、故障は少なく、どんな人にも乗りやすく、当たり前のように毎日走り続けてくれる車両、それがN700Sなのだ。
車両故障やダイヤの乱れに備え、各車両の定員は変えられない
東海道新幹線向けに新たな車両を開発する際の大前提として、高速での大量輸送を安定して行えなくてはならない。安定という観点から、N700Sは従来の車両と16両編成全体での定員をそろえる必要があり、なおかつ各車両の定員も同じであることが求められる。というのも、ダイヤが乱れたときや車両の故障が発生した際に車両を差し替えても、何の影響も生じないように努めなくてはならないからだ。もしも定員が異なる車両が混じっていると、ダイヤの乱れは長く続くし、無理に車両を差し替えると指定席特急券に記載された番号の座席が存在しないといったトラブルが起きてしまう。N700Sは16両編成に3両のグリーン車と13両の普通車とが連結されており、定員はグリーン車が200人、普通車が1123人の合わせて1323人で、従来のN700Aタイプと全く同じである。16両それぞれの車内の見付を大きく変えることはできないという厳しい制約のなか、新しい設備を加えたり、改良を施しているのだ。
厳しい制約にもかかわらず特大荷物コーナーを用意
まずは出入口から車内に入ろう。いま通った出入台とも呼ばれるデッキのうち、東海道新幹線の車両では奇数号車の東京駅寄りの端にトイレと洗面所とがすぐ近くに設けられている。N700Sの量産車ももちろんこの基本を守っているなか、3・5・7・9・13・15号車の6両の東京寄りのデッキ部分には特大荷物コーナーが新たに設けられるという。
特大荷物コーナーの新設は、近年の旅客の旅行形態の動向に即した結果だ。外国人観光客を中心に東海道新幹線では大型のスーツケースを携える人が目立つようになった。3辺の長さが160cm以内であれば荷物棚に載せられるものの、なかには160cmを超えるものも多い。こうした大型スーツケースのうち、特大荷物コーナーは3辺の長さが250cm以内のものを収納できる。なお、規則では250cmを超える手荷物は東海道新幹線はもちろん、国際線の航空便にも持ち込めない。
特大荷物コーナーは間口約70cm、高さ約180cmの空間を上下2段に区切って設けられ、1段につき2組の旅客が使用できる。各段にバー形状式、ワイヤー式と二重のロックが用意されるという。バー形状のロックは番号式、ワイヤー式のロックは交通系ICカードなどで施錠、解錠できる仕組みが採用される。
厳しい制約のなかでどのようにして特大荷物コーナーの場所を生み出したのであろうか。N700タイプAでは先に挙げた各号車に2カ所設けられていた洗面所のうち、出入口に近い側の1カ所を特大荷物コーナーに転用するという。現状でこれらの6両には洋式トイレが2カ所、男性用トイレが1カ所あり、それぞれに手洗器が備え付けられているので、独立した洗面所を1カ所減らしても問題はないと判断されたようだ。確かに混雑しているときでも洗面所がすべて埋まっているという光景はあまり見ない。
問題は特大荷物スペースが6両だけの設置でよいのかという点だ。ほかにはスペースがないと言うかもしれないが、N700Sに限らず、現行のN700Aタイプの3・7・10・15号車の4両には喫煙スペースが設けられている。いまどきの世相を考えれば、喫煙ルームをすべて撤去して特大荷物スペースに転用すればよいとは多くの人が考えるであろう。JR東海にこの点を尋ねると返事は得られなかった。車内での喫煙を希望する旅客が多いことから、縮小や廃止はできないのだと筆者は推測する。
グリーン車、普通車ともリクライニングの仕方が改められた腰掛
デッキから客室に入ると目指すは腰掛だ。N700Sでは普通車、グリーン車とも腰掛が改良された。水平状態に対して背ずりが傾くリクライニング角度は、グリーン車用が約102度~約129度、普通車用が約96度~約121度とN700Aタイプと同じながら、リクライニングさせる方法が変更されている。
グリーン車の腰掛はN700Aタイプでは腰を中心に背ずりが倒れ、合わせて座面が沈み込んでいた。N700Sでは中心点がくるぶしに移され、座面はより複雑に動く。JR東海によると、上半身、大腿部といった腰掛への接触面が安定し、どのリクライニング角度でも最適な着座姿勢を保てるのだという。
筆者個人の感想を言わせてもらえば、N700Sのグリーン車の腰掛は背ずりを倒すと角度が変わるたびに腰を動かさなくてはならず、あまり安定して座っていられるとは思えなかった。N700Aタイプの腰掛のほうがよいとは感じるが、個人差はあるのであろう。
いっぽう、普通車の腰掛は従来の背ずりだけがリクライニングする方式から、座面も沈み込む仕組みへと改められた。不思議なことに、このときの中心点は腰である。グリーン車との差別化を図ろうとしたのかもしれないが、筆者には普通車の腰掛のほうが快適に感じられた。
また、座面が沈み込むことの副次的な効用であろうか。背ずりをあまり倒さなくてもリラックスできるようになった。こちらも筆者個人の感想では、N700Aタイプでいっぱいの約121度まで倒して得られた掛け心地がN700Sでは115度程度で十分と言ったところであろうか。加えて、N700Sの腰掛は背ずり、座面とも改良されてN700Aタイプよりも薄型となった。おかげで、シートピッチは104cm(一部異なる車両が存在する)と同じものの、前の座席との空間は増え、テーブルを出そうとすると少し遠いと思うほどである。クッションは薄くなっても座り心地は変わっていないと感じられたので、普通車のグレードアップぶりを評価したい。
セキュリティー対策で天井に防犯カメラが新設される
窓側の座席に腰を下ろしたら窓から天井を見てみよう。グリーン車、普通車とも様子はずいぶんと変化した。
グリーン車の場合、窓の周囲のパネルがそのままアーチを描いて上に延び、荷物棚と一体となっている。見ばえはよいのだが、残念ながら出入りの際に少々窮屈で、筆者も頭をぶつけてしまった。筆者の身長は174cmで成人男性としてはそう大きくもないとは思うので、大柄な外国人観光客ならばさらに手こずってしまうかもしれない。
窓から天井へと目を向けると、グリーン車、普通車とも、平板なパネルの継目部分にアクセントとして開口部が設けられている点に気づく。これらは単なるデザインではない。開口部を活用して1両につき4カ所に防犯カメラが新たに設置されたのだ。ご存じのように、東海道新幹線の列車の車内では2015年6月に放火事件、2018年6月には殺傷事件と相次いで重大な事件が起き、フルモデルチェンジ車両では車内のセキュリティーの向上が急務であった。旅客の不安に対してJR東海が出した答えの一つは、いままでデッキや乗務員室出入口に設けられていた防犯カメラを増やすことである。
セキュリティー面での改良と言えば、これまではデッキに設けられていた通話装置が客室の両端部に移され、緊急時により早く連絡できるようになった。さらに、細かな点ながら、天井のパネルの素材にはN700Aタイプでは樹脂が一部に用いられていたところ、すべてをより燃えにくい金属製へと改められている。とはいえ、たとえば駅では手荷物検査は実施されていないし、N700Sでも各車両の出入口に金属探知機が付いているといった対策も採られていない。危険物や凶器を隠し持ったまま乗車できてしまうという問題は依然として残されている。
フルアクティブサスペンションで横揺れはほぼ解消へ
列車が走り出すと気になるのは車両の揺れだ。東海道新幹線では駅間のカーブの半径は基本的に最小2500mと、他の新幹線の4000m以上と比べてきつく、車両は曲がり始めと終わりとで特に横方向に振られる。それに、多数の列車とすれ違うので、その際に生じる風圧でこれまた横揺れが生じてしまう。
N700Aタイプではセミアクティブサスペンションが各車両に設置されて乗り心地の向上が図られていた。横揺れを検知するとその揺れの力を利用して逆方向に車体を動かし、揺れを打ち消すという仕組みだ。ただし、装置の作動にはタイムラグがあるし、揺れの力すべてを横揺れを打ち消す力には活用できない。この結果、先頭車や最後部の車両、それからパンタグラフ付きの車両のように風圧などの影響で横揺れが大きくなりがちな車両では、他の車両よりも乗り心地はよいとは言えなかった。
今回のN700Sではフルアクティブサスペンションが特別車両のグリーン車、そして両端の先頭車、さらにはパンタグラフ付きの5・12号車に新たに装着されている。こちらは横揺れを検知するとモーターが作動して車体を揺れとは反対方向に動かす。横揺れを検知してから装置が作動するまでの時間は短いし、横揺れを打ち消す力も大きい。筆者は12号車の通路に立って様子を見たところ、ほとんど横揺れを感じなかった。むしろセミアクティブサスペンション付きのままの他の普通車と比べて乗り心地がよいほどだ。
縦方向の揺れ対策については再検討を
横揺れに関してはほぼ満足のいくいっぽう、縦方向の揺れに対してはN700Sもいままでと同じく無策のままだ。東海道新幹線の場合、勾配の変わり目で線路に設けられた縦方向のカーブの半径は最小で1万mである。一見大きいように感じられるが、山陽新幹線などでは半径1万5000m以上、近年建設された整備新幹線では半径2万5000m以上と格段に緩い。
勾配の変わり目を実感しやすい場所と言うと、下り新大阪駅方面の列車では浜松駅から浜名湖を渡り終えてから上り坂になる地点、上り東京駅方面では豊橋駅を出て右手にスズキの湖西工場が見えてきたあたりが挙げられる。どちらも列車の速度によっては超高層ビルのエレベーターに乗ったときと同様、上下方向に強い遠心力が感じられるであろう。
筆者はまだ試乗する機会を得ていないものの、ALFA-Xには縦方向にも作動するアクティブサスペンションが搭載されており、N700Sにも欲しいところだ。ALFA-Xにはこのほか腰掛にも縦方向の揺れを緩和する装置があるという。もっともN700Sの腰掛も、背ずりの傾斜に連動して座面を沈ませるための動力源として、グリーン車では空気圧、普通車ではガス圧をそれぞれ用いている。こうした力をうまく活用できれば縦方向の揺れも緩和できるのかもしれない。
その他、N700Aタイプの11号車、客室の一番東京駅寄りに設けられていた車いすスペースはN700Sでも当然用意される。いままでは車いすを1台しか置けなかったところ、腰掛どうしの間隔を指すシートピッチを広げることで2台置けるようになった。しかしながら、グリーン車には引き続き車いすスペースは設けられていない。JR東海に理由を尋ねても答えは得られなかった。もっとも、他の新幹線でもグリーン車には車いすスペースは設置されていない。
細かな不満点はあるものの、全体を通してみればN700Sはよくできた車両である。とはいえ、社会の変化は激しい。東海道新幹線ではまだ客室で弁当を食べても迷惑がられないが、すでに他の新幹線、特急列車では客室での食事がはばかれる状況も出現した。いずれ東海道新幹線もそのような状態となったとき、腰掛に用意された大型のテーブルであるとか、7号車や11号車にある車内販売用のワゴンを置くためのスペースについては再検討が必要かもしれない。いずれにせよ、N700Sが営業を開始した後も、JR東海は旅客の要望に応じて細かく改良を施していくであろう。
JR東海がただいま建設を鋭意進めている品川駅と名古屋駅との間のリニア中央新幹線が開業するのは、予定どおりならば2027年中だ。N700Sはそれまでは名実ともに日本の大動脈を支える大黒柱であり続けるに違いない。