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「都民ファ」子ども受動喫煙条例案の「真意」を探る

石田雅彦科学ジャーナリスト

 東京都議会で55議席を占める「都民ファーストの会(以下、都民ファ)」が、9月中旬(20日か)から開かれる都議会に「子どもを受動喫煙から守る条例(案)」を出す。これに関し、中心的に同党内のとりまとめや条例案の作成にあたっている岡本こうき都議(国分寺市・国立市)らが公明党と共同で、8月29日に都庁で記者会見を開いた。

学生時代のバイトで喉が痛くなった

 弁護士でもある岡本都議は、受動喫煙について「法律制度の改善」の必要性を訴え、7月の都議選へ都民ファから立候補して当選した。小池百合子都知事から「都議として受動喫煙防止条例制定を推し進めて欲しい」と出馬を打診されたそうだ。

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岡本こうき(光樹)。1982年生まれ。第二東京弁護士会に所属。東大法学部在学中の2004年に司法試験合格、登録2006年。第二東京弁護士会の人権擁護委員会受動喫煙防止部会長や東京都医師会のタバコ対策委員会委嘱などを務め、タバコ問題、特に受動喫煙を「人権」や「社会正義」に関わる問題と捉えて積極的に依頼者の相談に応じてきた。

 筆者は、8月26日、都内で開かれた「無煙定例会(※)」定例会に出席した岡本都議に話を聞いた。岡本都議が最初に受動喫煙について考え始めたのは、大学在学中のバイト体験だったそうだ。

岡本「司法試験の合格祝いで友人と会ったら全員が喫煙者だった。彼らのタバコの煙のせいで喉が痛くなったことで『これは人間の基本的な権利に関わる問題なのではないか』と疑問を抱き、弁護士になってから改めてタバコや受動喫煙の問題について考え始めたが、この問題に取り組んでいる弁護士があまりに少ないことに驚いた」

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タバコ問題首都圏協議会の定例会の様子。誰でも自由に参加できる。全体として和やかな雰囲気で声高な権利主張という感じはほとんどない。

子どもの前での喫煙は「児童虐待」だ

 こうして岡本都議は、受動喫煙の相談に応じる弁護活動を始めた。ある幼稚園から「子どもが強いタバコの臭いをまとって登園してくる。本人はもちろん、ほかの園児たちに影響がないか心配だ」という相談もあった。先生やほかの保護者も「なんとかならないか」と悩んでいたらしい。

岡本「その子どもの親は、幼稚園に送り迎えする車の中でタバコを吸っていた。狭い密室状態の車内だから、子どもの身体や衣服にタバコの臭いが染みついてしまった。そうした環境から逃れられない、自分の意志で環境を選べない子どもの前でタバコを吸うのは、一種の『児童虐待』なのではないか。そう強く感じた」

 受動喫煙による健康への被害は、医学的にも科学的にも証明されている「他者危害」と主張する岡本都議。実際、乳幼児や小児が受動喫煙でどんな病気にかかるか、かかる可能性があるか、多くの論文が出ている。

 例えば、受動喫煙を受けた子と受けない子を比べたところ、1.5倍から2倍のリスクで確実に気管支炎や肺炎になることがわかっている。これは母親の喫煙の影響が大きいようだ。また、中耳炎(1.5倍から2倍)、気管支喘息などの呼吸器障害(1.5倍から2倍など)といったリスクがあるが、特に低体重出生(1.5倍から2倍)、乳幼児突然死症候群(2倍から5倍)も高いリスクが知られている。

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岡本「家庭や自動車の中で子どもの前でタバコを吸うことについて、東京都は『受動喫煙は他者危害であり児童虐待である』という観点から条例を作るべきだ。それも早急に施行する必要がある。9月20日から予定されている都議会に、議員提出の条例案として提案する。当職はタバコ問題や受動喫煙問題についての弁護活動を通じ、行政などともやり取りしてきた。これまでの都議会で議員条例の成立例は少ないが、必ず成立させることを目指していきたい」

 今回の条例は2018(平成30)年4月1日施行を目指す。都民ファーストの会「政策パンフレット2017」には「職場・公共の場所での屋内での禁煙を徹底し、利用者と働く人を受動喫煙から守ります。未成年者と子どもをタバコの煙から守る東京にしていきます」と受動喫煙対策の実施をうたっている。

受動喫煙の害について知識を広めたい

 だが、タバコを吸う権利の侵害(幸福追求権の侵害)、プライベート空間にまで政治行政が立ち入るのは行き過ぎ、といった批判の声がある。これについてはどうだろう。

岡本「健康や生命に関する基本的人権のほうが、タバコを吸う自由よりも上にくるのは当然だ。そもそも日本政府は、いわゆる『たばこ規制枠組条約(※1)』の締約国だ。この条約では、タバコがもたらす健康への影響について広く知らされなければならず、またタバコの脅威からすべての人を保護しなければならない、となっている。条約を批准している日本政府がこうしたことをやらないのだから、東京都がまず率先して条例を作るべきだ。これも当然だが、条約のほうが各実施法や地方自治体の条例より法的には上になる」

 条約の内容を実施する必要もあるが、2020年の東京五輪を前にIOC(国際オリンピック委員会)などは「たばこのないオリンピック」を求めている。政府は厚生労働省が中心になり、これまでの五輪とほぼ同レベルの受動喫煙対策強化(健康増進法の改正)をしようとしたが、飲食業界や自民党内の「タバコ族議員」らの反発にあって頓挫した。政府主導の対策強化が今後どうなるか、まったくわからない。

岡本「五輪は関係ない。やるべきことを早急にやらなければならない、という思いからだ。我々が考えている条例案では、特に監督行政も設置せず、罰則も決めない。子どもの前でタバコを吸うことを禁止するための受動喫煙条例を策定するだけだ。だから、行政が家庭に入って指導する、というようなことは起きない。当面は家庭内や自家用車内、飲食店、公園、娯楽施設などにとどめるが、将来的には罰則規定も含めて段階的に範囲を広めていくつもりだ。この条例があることで、受動喫煙の健康被害を広く都民に知ってもらい、その影響の深刻さを実感してもらいたい」

 8月29日に都庁で行われた記者会見によれば、自動車内は特に厳しい規制を定めている。家庭内や家庭外、公園、学校などは努力義務だが、自動車内は喫煙制限になっている。

岡本「自動車内における児童の受動喫煙防止については、他国などで罰則付きの厳しい規制が行われつつある。今回の条例案では、自動車内については努力義務よりも強い文言になる」

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8月29日、都民ファーストの会と公明党の共同で「子どもを受動喫煙から守る条例」(案)提出について、東京都庁で記者会見をする岡本都議。

 確かに、まだまだタバコや受動喫煙の害悪に対する一般の意識は低い。筆者は韓国のタバコ対策について取材したことがあるが、幼児を抱いて信号待ちをしていた母親が隣でタバコを吸い始めた男性を激しく批難する光景を見た。タバコと受動喫煙の悪影響の深刻さが韓国では広く知られている。

岡本「子どもの前でタバコを吸うことの悪影響を都条例という形で定めれば、もしそうした場面に遭遇しても親や保護者に対してタバコを吸わないように説得できる根拠にもなる。今回の条例案については『啓発条例』という性格であり、都民からパブリックコメントを広く求めている。タバコや受動喫煙についてでもいいので、多くの意見をコメントしてもらいたい」

 パブリックコメントは都民ファのHP「『東京都子どもを受動喫煙から守る条例(案)』に関する意見公募」と公明党のHPから書き込むことができる。期間は、8月30日(水曜日)から9月8日(金曜日)だ。

 ただ、都条例が施行された場合、タバコを吸う権利と条例がぶつかり合うのではないか、という訴えが出てくる可能性もある。都条例に異を唱える喫煙者は、都条例の「違憲性」と受動喫煙の健康被害の評価を巡って裁判所へ訴え出るかもしれない。

岡本「その可能性は低い。なぜなら、今回の条例案では行政が家庭内へなんらかの形で入っていくことはないし、罰則もない。権利の侵害が起きえないのだから、訴える根拠もないだろう」

 都民ファについては各都議の独自コメントを出せない、などの話があるが、今回の岡本都議の取材については党からの規制はなかった。また、小池都知事が今回の条例案についてどう考えているか、と聞いたところ、8月26日の時点では直接、話ができていないが内容について情報共有を密にやっている、とのことだ。

※1:たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約(WHO Framework Convention on Tobacco Control、WHO FCTC):2005年2月27日に発効。締約国は、タバコ消費の削減に向け、広告販売への規制、密輸対策などが求められる。この条約の批准により、日本は2008年からタバコ自販機にtaspoを導入した。ただ、具体的な措置手段などについては、締約国の自主判断となっている。

※2:タバコ問題首都圏協議会(MASH、Metropolitan Association on Smoking or Health)に加盟する「無煙社会をめざす会」と「嫌煙権確立をめざす人々の会」が共同で開催する定例会。

※:2017/08/29:16:21:8月29日に都庁で行われた記者会見後に内容を修正した。

※:2017/08/30:18:37:パブリックコメントのURL、期間などを追加した。

※:2017/09/02:12:59:岡本弁護士のタバコ問題に取り組むきっかけのパラグラフを変更した。

※:2017/09/08:23:15:東京都の受動喫煙防止条例案のパブコメ(2017年10月6日まで)をここに追加する。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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