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ベンチ入りすらゼロ。“スポンサー付きリーガ移籍”サウジアラビア選手の寂しい「その後」

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
背番号8がアルシェフリ(レガネス)、同18がアルドーサリ(ビジャレアル)(写真:ロイター/アフロ)

1月21日リーガエスパニョーラに9人のサウジアラビア人選手が加入したことは、大きなニュースになった(9人のうち1部、2部リーグに加入したのは6人。3人はユース)。

詳しくは'''ここ'''に書いたので読んで欲しいが、この大量移籍劇の構造は極めてシンプルだった。リーガでW杯の準備をさせたいサウジアラビア連盟と、中東での放映権料をアップさせたいリーガ(LFP=プロリーグ協会)と、スポンサー料が欲しいクラブの利害が一致。クラブ側がEU外選手枠を差し出す代わりにサウジアラビア側のスポンサー料を受け取り、その仲介をLFPがした、ということだ。

代表の主力がリーガで実戦経験を積めばロシアに向けこれ以上ない準備となるし、自国選手の活躍を見ようと視聴者が集まればリーガブランドは上昇するし、残留や欧州カップ戦出場権を勝ち取る戦力になれば誰も文句なし。全員大喜び、となるはずだった。

唯一最大の理由は実力不足

だが、あれから2カ月プロリーグに所属する6人:アルドーサリ(ビジャレアル)、アルシェフリ(レガネス)、アルムワラド(レバンテ)、アルナメル(ヌマンシア)、アルスライヘム(ラジョ・バジェカーノ)、アルムサ(バジャドリー)の誰一人として公式戦デビューできていない。というかベンチ入りすらしていない。唯一デビューしたのはユースのアルハムダン(ヒホンユース)だけ。

グラウンド上では真剣勝負で特別待遇は一切なく、監督にも彼らを招集したり起用する義務はない、というのは3者の合意事項だった。お金と引き換えに「選手枠」だけでなく「指揮権」まで提供したら、それはもうスポーツでもコンペティションでもない。ただの情実人事、つまり汚職である。

だからこそ、彼ら6人がデビューできない唯一にして最大の理由は「実力不足」であるはずだ。人種も国籍も関係ない。特に劣っているのはフィジカルと戦術理解だという。戦術理解の方は、シーズン途中の加入でわずか2カ月しか経ってないのだから遅れていて当然。少し意外なのはアジアレベルでは強靭とされるフィジカルの方。だが、前レバンテ監督のファン・ムニョスが「リズムが足りない」と評した通り、「能力」ではなく「コンディション」だとすると納得がいく。常に100%が要求されるリーグと70%でやれば勝てるリーグでは、体の作り方が違う。選手が耐えるべき負荷の強度と密度が違う。この点では、たとえ実戦未経験でも濃密なスペインの練習に日々参加できていることの意義は小さくない。

SNSではファンの不満が爆発

とはいえ、3者の関係にはすでに歪が出始めている。レバンテやビジャレアル、レガネスのSNSには自国の選手が起用されないことに不満を募らせるファンの批判が集まっている。特に集中砲火を浴びているのが采配を振るう監督。このままだとリーガのサウジアラビアでの評判は上がるどころか下がりかねない。

レバンテとビジャレアルのシャツにはサウジアラビアのスポンサーのロゴが入り、レガネスのプレスルームの壁には同じスポンサーのロゴが現れた。サウジアラビア側は約束を守り、クラブ側も選手枠を提供することで約束を守った。誰も約束違反はしていないが、サウジアラビア側の期待は裏切られ、LFP側の思惑は叶わないまま。

金で選手枠を売買するというビジネスの論理に則った初の試みは、公正な競争というスポーツの論理の前にとん挫寸前。サウジアラビア人選手がプレーしてもしなくても実力次第、そんなサッカーにとって当然のことを再確認して終わりそうだ。

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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