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代替艦の総経費は本当にイージスアショアの2倍なのかを検証

JSF軍事/生き物ライター
防衛省より27年度型護衛艦(イージス艦まや型2隻)の40年運用総経費8328億円

 イージスアショアは地上施設であり、イージス艦は水上艦艇です。後者は移動する際に燃料代が掛かり、海に浮かんでいるために傷みが早く整備費用もかさみます。そのため総経費(退役まで30~40年使ったライフサイクルコスト、LCC)では2倍近い差が出ることは、筆者は3年前に指摘していました。

・イージスアショア2基分の30年使用総経費 4664億円

※垂直発射基施設整備費や電力代などは含まず

・イージス艦「まや」型2隻分の40年使用総経費 8328億円 

※30年使用した段階の総経費は約7000億円

出典:イージスアショア2基と新型イージス艦2隻の費用を比較。イージス艦の方がより高額(2018年7月31日)

 元資料の想定運用年数が30年と40年で異なっているので、30年運用で計算し直して揃えて比較した場合は約1.5倍の差になります。

 この数字の根拠は防衛省が数年前に公開済みの以下の資料二つです。注意点としてはどちらもミサイル弾薬代を除いた数字です。また「27年度型護衛艦」がイージス艦「まや」型の2隻を指します。

[PDF]陸上配備型イージス・システム(イージス・アショア)の構成品選定結果について:防衛省 ※国立国会図書館WARPアーカイブ

防衛省資料よりイージスアショア2基の30年運用ライフサイクルコスト試算
防衛省資料よりイージスアショア2基の30年運用ライフサイクルコスト試算

[PDF]平成26年度ライフサイクルコスト管理年次報告書:防衛装備庁 ※国立国会図書館WARPアーカイブ

防衛省資料より27年度護衛艦40年運用想定ライフサイクルコスト
防衛省資料より27年度護衛艦40年運用想定ライフサイクルコスト

取得費用の比較(従来の資料)

  • イージスアショア2基・・・2679億円(新型SPY-7レーダー)
  • イージス艦まや型2隻・・・3242億円(旧型SPY-1レーダー)

 陸上施設よりも水上艦艇の方が建造費用が高価になるので、レーダーが古い現行型であるにもかかわらずイージス艦まや型2隻の方が高くなっています。ここまではイージスアショア選定結果(2018年)と平成26年度ライフサイクルコスト管理年次報告書(2015年)に発表された資料の比較です。

 ところが防衛省はイージスアショア計画の中止にともなう代替案の費用試算の中間報告(2020年)で、これまで説明してきた数字を突然覆しました。

導入費用の比較(代替案中間報告)

  • イージスアショア2基・・・4000億円(本体取得経費2520億円)
  • イージスアショア代替艦2隻・・・4800~5000億円以上

代替案中間報告に記載されたイージスアショア導入経費が従来の説明と異なる疑問点(2020年11月26日)

 イージスアショアの本体取得経費の見積もりはむしろ若干安くなっていますが、詳しい説明も無く何かの経費が足されて「導入費用」として4000億円に跳ね上がっています。導入費用と取得経費の差額は何なのか説明が無く、現段階でも謎のままです。

 運用費用は他の装備からの比較で大まかな推定は容易なので、この中間報告では運用費用が記載されていないことよりも、従来の説明から突然増えた「導入費用」の正確な定義と詳細な内訳、取得経費との違いの説明などを防衛省と政府に求めることの方が重要に思えます。

維持運用費用の比較(30年運用想定で揃えた場合)

  • イージスアショア2基・・・1985億円
  • イージス艦まや型2隻・・・3812億円(40年では5082億円)

 平成26年度ライフサイクルコスト管理年次報告書での27年度護衛艦(まや型2隻)のライフサイクルコストは40年で想定されているため、これを単純計算で30年分に修正するとこのようになります。

 陸上施設と異なり水上艦艇は動くので燃料代が掛かり、30年分では非常に大きな数字になります。海に浮かんでいるので船体の傷みが早く整備費用も余計に掛かります。

 それでは2021年5月21日に朝日新聞がリーク記事で報じた防衛省の内部文書、イージスアショア代替艦の30年運用想定の維持運用費用の金額を見てみましょう。

  • イージスアショア代替艦2隻・・・3792億~3842億円+α

 防衛装備品は、導入費だけでなく維持費も巨額なため、この二つを合わせた総コスト「ライフサイクルコスト(LCC)」が重視される。これまでに防衛省が代替艦のコストについて公表したのは、導入費(2隻で4800億~5千億円以上)のみで、維持費は明らかにしていない。

 だが、内部文書では、米国や造船大手から提供されたデータをもとに、「30年間の維持整備コスト」として維持費を試算していた。あくまで「判明しているものに限る」などとしたうえで、ミサイル発射装置やコンピューター▽レーダー▽船体▽燃料、との区分でそれぞれの金額を算出。維持整備コストは2隻で「3792億~3842億円+α」とした。

出典:陸上イージス代替艦、コスト倍増9千億円に 防衛省試算 | 朝日新聞

 朝日新聞が入手した内部文書のイージスアショア代替艦の30年間維持費「3792億~3842億円+α」は、27年度護衛艦(まや型2隻)の維持運用費用5082億円(40年想定)を修正した3812億円(30年想定)とほとんど変わりません。イージス護衛艦2隻の経費としては新規性が無い見慣れた数字で、隠す必要が特にありません。

 この内部資料を発表していないのは単にイージスアショア代替艦をイージス艦まや型とは全く設計が異なるものにする予定だからでしょう。まや型改造案を想定した数字は発表しても意味が無いからです。

 そしてもしイージスアショア代替艦の維持運用経費を27年度護衛艦(まや型2隻)の維持運用経費に準拠している30年運用想定3792億~3842億円で計算してよいなら、イージスアショアの維持運用経費も選定結果報告にある1985億円で計算してよいことになります。

 それでは防衛省のイージスアショア代替案中間報告(2020年)とイージスアショア選定結果報告(2018年)、朝日新聞がリークした防衛省内部文書の数字(2021年)を根拠として、総経費(ライフサイクルコスト)を比較すると以下のようになります。

30年運用総経費の比較(中間報告の数字を信用した場合)

  • イージスアショア2基・・・6985億円 (2020年中間報告より導入費用4000億円+2018年選定結果報告から運用費用1985億円)
  • イージスアショア代替艦2隻・・・8592億~8842億円以上(2020年中間報告より導入費用4800億~5000億円以上+2021年朝日新聞リーク記事より運用費用3792億~3842億円+α)

 2倍の差ではなく1.2~1.3倍程度の差になっています。これはイージスアショア代替案中間報告(2020年)でのイージスアショア導入費用4000億円という突然跳ね上がった数字と、イージスアショア選定結果報告(2018年)でのイージスアショア運用費用1985億円を組み合わせた計算によるものです。従来の説明から中間報告で突然増えた「導入費用」の数字が大きく、イージスアショアとイージス艦の差が埋まってしまっています。

 もし中間報告の数字を無視し選定結果時の数字のみを採用した場合、イージスアショアの総経費は4664億円になります。しかし中間報告の数字を無視した条件で揃えるならばイージスアショア代替艦の総経費を求めることができなくなります。中間報告の数字を使うならばイージスアショアの総経費は4664億円ではなく6985億円になります。

 もしも中間報告の「導入費用」の中に運用費用が混じっていた場合は数字が重複して実態よりも増えている可能性があります。本来は異なる資料の詳細な内訳が分からないまま部分的に組み合わせて比較するのは避けるべきです。しかしこれではイージスアショアだけでなく、同じ中間報告に書かれてある代替艦の導入費用の試算にも疑念があると言えてしまいます。

 そもそもイージスアショア代替案中間報告(2020年)の数字に疑念があります。発表されていない運用費用の数字を探るよりも、中間報告で記載された従来の説明から突然増えた「導入費用」の数字の詳細な内訳を追及するのが先だと思います。

 どのみち代替艦の方は設計案が決定しない限り、導入費用も運用費用も正確な数字は当事者の防衛省にすら分かりません。

 費用対効果(コストパフォーマンス)が最も良いからと選ばれたイージスアショア計画を変更するのですから、代替案はどれを選んでも割高になってしまいます。それをどこまで許容してよいのか、あるいは計画を抜本的に見直すべきなのかの議論が必要になります。そのためには政府が正しく詳細な計画見積もり資料を発表しないことには何も始まりません。

【関連】イージスアショアのブースター改修断念は費用が理由ではない

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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