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井岡一翔のタトゥー問題。海外に見る寛容さとタブー視の根底にあるものとは?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
田中恒成に右アッパーを突き上げる井岡(写真:日刊スポーツ/アフロ)

 大みそかに行われた井岡一翔vs田中恒成のWBO世界スーパーフライ級タイトルマッチは素晴らしい試合だった。正直、私は田中有利の予想だったのだが、井岡の左フックカウンターの切れ味に脱帽。判定勝負の予測も途中から「これはKO決着になるな」に移行。スリルも堪能させてもらった。

宣伝カーまである

 ところが井岡が左腕に入れたタトゥーが問題となっている。井岡には近々、JBC(日本ボクシングコミッション)何らかの処分が下されるという。

 正直なところ、私もタトゥーにはあまりいい印象を持っていない。だが、こちら(米国-メキシコ国境地帯)に住んでいると免疫がつきつつある。ファッション化していると言える。町にはいくつもタトゥー・ショップがあり、さすがに外装はどぎつく、特殊な空間を想像させるものの、極端に言えばビューティサロンやネイルサロンに行く感覚で人(主に若者)を集めている。私の家から一番近くにあるタトゥー・ショップでは店の前に店名をペイントしたバンが駐車しており、時々、町に繰り出して宣伝しているようだ。そういう意味では日本と比べてかなりリベラルな印象がする。

全身タトゥーのデイビス

 とはいえ、知人の話では企業によってはタトゥーを入れている人間を採用しないところもあり、まったくフリーとは言えない。また教会もタトゥー御法度のルールを敷いているところが少なくない。今回、井岡の問題で取り上げられたファンデーションではないが、どうしても教会に入らなければならない時は夏場でも長袖シャツを着たり、女性で足首やすねに入れている人はロングソックスを履いたりして対処している。

 ある熱心な教会の信者(女性)に聞くと「タトゥーを入れるお金があったら、どうして他のもっと有意義なことに使ったり教会に奉仕しないの?」という回答。逆に解釈すればタトゥーは先に述べたファッションそして嗜好、趣味の範ちゅうに入ってきたとも言えるのではないだろうか。

 ボクサーも今、タトゥーを入れている者が入れていない者より多い印象さえする。それでもスター候補のジャーボンテ・デイビス(米=WBAスーパーフェザー級スーパー王者&WBAライト級レギュラー王者)のように「ちょっと……」と思ってしまう選手もいる。デイビスは上半身、首までタトゥーで埋め尽くされている。

 米東部ボルティモアが地元のデイビスはバイオレンスが渦巻く環境で育ち、そこから這い上がり王者に就いた功績でボルティモア市長直々“ロールモデル”として表彰された。同時にトラブルメーカーの噂が絶えない。

 昨年10月の最新戦で、4階級で世界王者に就いたレオ・サンタクルス(メキシコ=米)を轟沈したデイビスは桁外れと言っていいほど強い。しかし私生活のヤンチャぶりが話題になる。全身に彫られたタトゥーは彼の25歳の半生を文字通り浮き彫りにしている。それだけ見ていると今後、重大な悪事を仕出かしそうな予感がして不安を感じる。

現在2階級の王座を保持するジャーボンテ・デイビス(写真:Esther Lin /  SHOWTIME)
現在2階級の王座を保持するジャーボンテ・デイビス(写真:Esther Lin / SHOWTIME)

タトゥー嫌悪は過去のこと?

 米国でもメキシコでもタトゥーが一部でタブー視されるのは犯罪者、悪人との関連が強かったせいだろう。過去形で書いたが、今でもその風潮は残っていると思う。

 メキシコの知人で以前も本コラムで紹介したエドムンド・エルナンデス記者(ネットメディアでボクシング中継の解説も担当)にたずねると、「タトゥーは犯罪人と刑務所のイメージとダブっていた時代が過去にあった」と説明。またカトリック教会では、その行為を「悪魔に魂を売った」とも受け取っている。やはり「タトゥー=悪のシンボル」は否めない気がする。

 それでも同じエルナンデス記者は「現在メキシコでは多くの善良な人々もタトゥーを入れている。社会的にも受け入れられている。若者たちには習慣みたいに広まりつつある」と解説。ただし米国同様、就職するにあたり拒否されるケースもあると補足する。井岡のトラブルについて聞くと「驚いたね。でも各国の文化や風習の問題。規則はリスペクトすべきだ」と以前、地元のコミッション役員を務めたエルナンデス記者は語る。

亡き母の肖像とともに戦う

 同記者の実弟で元プロボクサーだったアライン“コナン”エルナンデス氏(42歳)は2012年にグローブを吊るすまで18勝(10KO)11敗(8KO)2分の戦績を残した。ライト級周辺でリングに上がり、このレコードが示すようにキャリア後年はトップ選手の引き立て役に甘んじた。最後は連続KO負けだったが、相手はポール・スパダフォーラ、デルレイス・ペレス、オマール・フィゲロアと前後に世界王者に就いた強豪ばかり(ペレスは暫定王者)。彼は左腕にかなり目立つタトゥーを入れている。兄を通じて彼に話を聞いた。

 「現役時代、タトゥーが問題になったことは一度もないね。私は亡くなった母の肖像を彫っている。自慢するわけではないけど、私の試合を見たたくさんの人から好評だった。称賛の言葉ももらった。理由は特別に意味があるタトゥーだから」

 亡き母への愛情を表現したアライン。それが人々の共感を呼んだ。その一人で、若者たちがタトゥーを入れることに反対していた人物がアラインの肖像を彫ったそうだ。その人物いわく「若者たちはタトゥーを入れる理由や価値をうまく説明できないけど、私は尊敬できるイメージ(人)を見つけた。本当のタトゥー・マニアはそれぞれ自身の法規とルールを持っているんだ」

 千差万別。個人主義が浸透している土地だからからこそ言えるメッセージかもしれない。この発言を考慮すると井岡のタトゥーも理解できるのではないだろうか。それでも個人の信念よりも公の法規(JBCルール)が効力があることは言うまでもない。

元最強ボクサー、ロマチェンコも派手なタトゥーを入れている。テオフィモ・ロペス戦から(写真:Mikey Williams / Top Rank)
元最強ボクサー、ロマチェンコも派手なタトゥーを入れている。テオフィモ・ロペス戦から(写真:Mikey Williams / Top Rank)

町の落書きではない

 エルナンデス記者が転送してきたタトゥーに関するネットの個人相談で回答者は「(タトゥーは)世間に対する反抗ではなく、勇敢さを表し、心を開く伝達手段だと理解しなさい。体に描く町のギャングの落書きではなく、自身のヒストリー、愛情の行為なのです」と答えている。

 勇敢さを誇示して家族の愛情や友人の応援を背に戦うボクサーがタトゥーに傾倒するのは自然な姿かもしれない。こう言うと海外の風潮に共感していると思われるだろうが、私は基本的にタトゥーを毛嫌いしている。衛生上も有毒物が体内に入るわけだから勧められない。ただ、ありきたりな表現だが時代の流れには逆らえない。

 マニー・パッキアオ、ミゲル・コット、ワシル・ロマチェンコといったトップ選手が試合のたびにタトゥーが増えていった時は率直に言って「困ったものだ」と思った。だが見慣れて来るとだんだん違和感がなくなった。彼らが井岡の件を知ったら鼻で笑うかもしれない。しかし日本人ボクサーに全面的にタトゥーを解禁したら見苦しい、デイビス並みの彫り物をした選手が登場するかもしれない。そのためにも規制を設けていることは好ましいことだと思う。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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