「竹(ハチク)の花」が全国で開花:120年ごとに起きる不思議とは
日本人とタケ(竹)との関係は深く長いが、タケの生態については謎も多い。今回、広島大学の研究者が、タケが120年周期で咲かせる花についての論文を発表した。いったいタケの花の謎とは。
一斉に開花して一斉に枯れる
平安時代前期に作られ、日本最古の物語とされる『竹取物語』のように日本人とタケとの関わりは長い。軽くて加工しやすく寒暖差や乾湿などに強いため、日本人は古くから農業や漁業などにタケ材を使い、建材や籠(カゴ)や笊(ザル)など身の回りの日用品、茶道の茶筅(チャセン)や尺八などの音曲芸事にもタケを多く利用してきた。
タケはイネ科の植物だが、その生態についてはまだよくわかっていない。例えば、その最期は一斉に開花し、一斉に枯れる。日本のタケには主に3種類(モウソウチク、マダケ、ハチク)があるが、開花までの周期はマダケで約120年、モウソウチクでは67年目に開花したという記録が2つあるだけだという。
なぜそんな長い周期になるのかについても未解明で、開花しても種子を実らせることもあれば、種子がほとんどないこともあるようだ。また、タケが花を咲かせると天変地異などの不吉なことが起きるという伝承もあり、長い寿命のタケが一斉に開花して一斉に枯れる様子から滅多に起きないことが起きる不気味な凶兆とされてきた。
ハチクの謎に迫る
最近、広島大学の研究グループが、日本の主要なタケの一種、ハチクの開花生態についての論文を発表した(※)。それによると、120年周期と考えられるハチクが日本中で開花し始めたが、開花したものもしなかったものも全てのハチクが枯死し、種子もまったくできなかったという。
同研究グループによれば、120年ぶりに開花したハチクは、その後、子孫を残さずに絶滅してしまうことになり、奈良時代に中国から伝えられ、それ以降、長く日本に生育し続けてきたという事実に矛盾することになるという。そして、ハチクの開花は「自己破滅へ向かう片道切符」のようだと述べている。
ハチクの開花の謎とは、そしてどんな影響があるのか、今回の研究を主導した広島大学大学院生命総合科学研究科教授の山田俊弘氏に話をうかがった。
──ご研究のタケは「ハチク(淡竹、呉竹、甘竹)」で、日本のタケの主な種類は3種類(モウソウチク、マダケ、ハチク)という理解でよろしいでしょうか。その中で、今回のタケは他のタケと比べてどんな特徴がありますか。
山田「その理解でよいです。日本におけるそれぞれのタケの量については、あまりいい統計がありません。今までは、量の関係はモウソウチク>マダケ>ハチクと考えらてきました。しかし、今回の開花を見ると、ハチクも思った以上に広がっているようです。もしかすると、日本ではマダケに匹敵する広がりがあるかもしれません。また、タケノコの味は、この3種の中でハチクが一番と言われています。私も食べてみましたが、えぐみが少なく、美味でしたし、あく抜きをあまりしなくてよいところもよいところかと思います。ハチクの棹は、茶筅などにも使われるそうです」
護岸機能が劣化する恐れが
──発表された論文では、生態系や土壌の変化などが起きると指摘されていますが、今後、全国でハチクの竹林が枯死すると、具体的にどんな影響があるとお考えでしょうか。
山田「古くから水害を防ぐためにタケの地下茎による護岸機能を期待して植林され、河川沿いにタケが植えられることが多かったようです。タケノコも取れますし、一石二鳥だったのでしょう。よく植えられたのはマダケですが、ハチクもそれなりに植えられたようです。もし、こういったところでタケが枯死して竹林が衰退すれば、護岸機能の劣化を引き起こします。それ以外にも、土壌浸食を抑える効果や土砂災害を抑える効果もあり、ハチクの竹林が衰退すればこうした効果も落ちることになると思います」
──日本におけるハチクの分布には、何か地域差や特徴はありますか。また、ハチクが有性生殖も無性生殖も失敗したという今回のご研究は、広島県の一部地域のハチク特有の現象だった可能性はありますか。
山田「ハチクは日本各地で見ることができます。そして、今回のハチクの開花は日本各地で観察されています。何が起こっているのか、研究者同士で話すことがありますが、やはりどこでも同じようにハチクが残ることが難しいようなので、広島県の一部での特異的な現象ではないようです」
──ハチクの開花周期が120年ということですが、前回(1900年代から1910年代前半)より前の記録(9世紀の記録があるということですが、それ以外に)というのはありますか。
山田「私が調べたわけではありませんが、古文書に記された記録があるそうです。ただ、タケ、と記載されているだけのこともあるそうです(ハチクではない可能性が残される)。そういった不確実性の残る資料ですが、そこから再構築すると、120年周期(もしくは60年周期かもしれない)と推定できるようです」
──過去の開花時期には何か特別な出来事(例えば、マダケが開花した1960年代に竹製品が不足してプラスチック製品が広く使われるようになったような)が起きたのでしょうか。
山田「1920年11月14日の大阪毎日新聞の記事に『日本中の魚釣竿が無くなる』という記述があったそうです。これはハチクではなく、ホテイチクの開花に伴い、竹林の衰退が起こり、釣り竿が作れなくなることを心配した記事のようです。記事によると、ほとんどの釣竿はホテイチクから作られていたそうです。かつてタケは食料や農業・建築資材で重宝されていました。昔の政府は、こうした資源の減少を伴う竹林の開花を重要視し、竹林の開花があった場合、地方行政単位に報告させていたようです。今は政府主導でタケの開花のモニターリングはなされていません。タケと私たちの間の資源供給的な結びつきが弱くなっており、政治的な重要性が低下したのがその理由でしょう」
1000年以上の長寿の可能性
──ハチクの花から種子ができず、地下茎で子孫を残している可能性があるということですが、全国への分布がどのようになされたのでしょうか。
山田「何とかして竹林が自力で再生することもあれば、竹林の衰退を嫌った人間が、どこかの非開花竹林から地下茎を取ってきて植えることで再生を促してきたと考えられます。人間による竹林の拡大は、こうして行われてきたのでしょう」
──なぜ一斉に咲くという開花時期の同期性があるのでしょうか。
山田「受粉の効率(空気中の花粉密度)を上げるために同調して開花すると考えられています。タケも風媒なので、開花時期の同期性にはそうした理由があるのかもしれません」
──タケはどうやって子孫を残してきたのでしょうか。
山田「タケの更新は有性生殖ではなく、しぶとく生き延びた地下茎が、長い時間をかけて再生しているのかもしれません。すると、全ての稈(タケの個体単位)は、親稈の遺伝的なクローンということになります」
──ハチクの遺伝子は、地域ごとにどれくらい異なっているのでしょうか。
山田「ハチクの日本伝来の時期は詳しくわかりませんが仮に日本に伝来したのが奈良時代とするなら、日本に入った後、しぶとく生き延びた地下茎が再生するという更新をずっとしてきたと考えると、1000年以上、クローンで生きながらえている長命な個体(個体の定義にもよりますが)ということになります。“縄文ハチク”とまでは言えませんが“奈良ハチク”くらいなら言ってもいいかもしれません。これだけ長い間、個体性が維持されているわけです。長命になると、個体の中に、その個体の中で生じた遺伝的な変異が、その分だけ蓄積されているでしょう。伝来当時は遺伝的に均質な集団だったとしても、今のハチクの集団間には、それなりの遺伝的多様性を見ることが期待できます。ただ、そういう研究は十分なされておらず、これからの研究になります」
120年ぶりに全国で開花しているハチク。その生態はまだよくわかっていない。ただ、水害の被害軽減目的でハチクの竹林がある場所では、その後の護岸状況をよく注意して観察しておく必要がありそうだ。タケの花が不吉とされてきた背景には、こうしたことがあるのかもしれない。
※:T Yamada, et al., "Does monocarpic Phyllostachys nigra var. henonis regenerate after flowering in Japan? Insights from 3 years of observation after flowering" PLOS ONE, Vol.18(6), e0287114, June, 2023