E-1選手権に臨むなでしこジャパンの守備の要。欧米で8年間プレーしたDF宇津木瑠美の揺るぎない強さ
【もう一人のディフェンスリーダー】
なでしこジャパンは、12月8日(金)にフクダ電子アリーナ(千葉)で開幕するEAFF(東アジアサッカー連盟)E-1サッカー選手権2017決勝大会(以下:E-1選手権)に臨む。
初戦(8日)の相手は、韓国女子代表だ。
今大会は国際Aマッチ期間に開催されないため、ヨーロッパでプレーするDF熊谷紗希(オリンピック・リヨン/フランス)と、FW横山久美(1.FFCフランクフルト/ドイツ)が招集されず、メンバー23名は、なでしこリーグでプレーする国内組が中心となった。
海外組からは唯一、宇津木瑠美(シアトル・レインFC/アメリカ)が選出されている。
宇津木は、これまで4バックの核として守備を統率してきた熊谷に代わり、今大会で日本の守備をリードする存在として期待がかかる。
168cm、59kgの体格とフィジカルの強さを備え、ハードな守備を強みとする宇津木は、その豊富な経験も含め、高倉ジャパンで頼りになる存在だ。
独特のリズムを持つ左足のパスも特徴的で、パワフルさと繊細さを兼ね備えたプレーの魅力に加え、ボランチ、サイドバック、センターバックと、複数のポジションをこなせるユーティリティー性もある。
宇津木はフランスのモンペリエHSCで6年間プレーした後、2016年からは活躍の場をアメリカ(NWSL)に移した。シアトル・レインFCで2年目を迎えた今シーズンはリーグ戦20試合に出場し、チームの最優秀選手に選ばれた。
16歳で代表チームに初招集され、今年で12年目を迎えた宇津木は、11月24日のヨルダンとの親善試合で代表100試合出場を達成した。
【スイスを封じた球際のアプローチ】
高倉麻子監督は、このチームが初めて臨む国際大会となった3月のアルガルベカップで、次のように話していた。
「技術に優れていること、状況判断に優れていること、チームのために戦えることにプラスして、『日本がフィジカルで弱いことを言い訳にしない』チーム作りをしたいと考えています」(高倉監督)
その中で、守備においてはセットプレーやクロスから多く失点していることを例に挙げ、選手個々にフィジカルと守備力の向上を求めてきた。
宇津木が見せる思い切りの良いアプローチや、球際の粘り、自陣ペナルティエリアで相手を牽制する体の使い方などは、元々の身体能力の高さに加え、プレッシャーやフィジカルコンタクトの激しい海外のリーグで鍛えられてきたものだ。
今年の10月22日(日)に長野Uスタジアムで行われたスイス女子代表との親善試合では、その良さが随所に発揮された。
2-0で勝利したこのスイス戦で、日本は立ち上がりに何度かピンチを迎えたが、宇津木と熊谷の的確な守備対応で難を逃れている。
たとえば前半5分の場面では、日本の右サイドからカウンター攻撃を受け、スイスのキープレーヤーであるMFクルノゴルセビッチにペナルティエリアへの侵入を許した。
この場面は、左センターバックの宇津木が全力で戻りながら、中央から徐々に間合いを詰めてシュートコースとパスコースを同時に消し、ゴールライン手前で一気に寄せてクロスをブロックした。
また、日本陣内中央をワン・ツーパスで突破された34分の場面では、宇津木が5mほど離れた位置から間合いを寄せ、強烈なシュートをブロックした。
ボールを奪いに行くタイミングについて、宇津木は国内リーグでプレーする選手とのギャップを感じることがあると言う。
「たとえば、私が10mぐらいまでが自分のテリトリーだと思っていて、『この場面は(球際で奪いに)いける』と感じても、国内でプレーしている選手は3mぐらいがアプローチの間合いだと感じていて、いくかどうかのクエスチョンもないのかな、と感じることがあります」(宇津木)
【環境の差】
高い位置から相手にプレッシャーをかけてボールを奪い、攻撃に転じることを目指す高倉ジャパンは、「攻撃のための守備」を掲げ、前線から複数の選手がコースを限定しながらボールを奪うポイントを絞っていく。
しかし、そのポイントは、選手のアプローチの間合いや強度によっても変わる。
「組織としてはアプローチのタイミングを合わせた方が良いのですが、自分の(アプローチの)距離感にみんなを引っぱり上げるのは難しいのかな、と思うこともあります」(宇津木)という宇津木の言葉からは、試行錯誤の跡が感じられた。
熊谷や宇津木がボールを奪いにいく間合いの取り方は、明らかに他の選手とは違う。
海外リーグと一口に言っても、たとえば日本、フランス、スペイン、アメリカの4カ国を例に挙げても、各リーグのサッカースタイルや、各チームのトレーニング内容は異なる。それらの「日常」で体に染み込んだ間合いを変えることは容易ではない。
しかし、宇津木は日本、フランス、そしてアメリカと、異なる3つのリーグでプレーし、それぞれの場所でしっかりと順応してきた。その「調整力」から、他の選手たちが学べることもあるだろう。
「海外の選手と日本の選手の感覚が違うのは当たり前ですが、それは、認識とか意識の持ち方で変えていけるものだと思います」
と、宇津木は言う。
高倉ジャパンの守備の指導を担当している大部由美コーチは、ヨルダン遠征中のトレーニングで、守備のアプローチについて選手たちに次のような指示を送っていた。
「ファースト(・ディフェンス)は強く、限定する」
「でも、1回でかわされないこと」
「攻撃(的なポジション)の選手は連続して、2度追い、3度追いは当たり前」
こういった決まりごとを個々が徹底して、チーム全体で守備の共通理解を高めることも、なでしこジャパンの守備力アップの鍵となる。
【揺るぎないもの】
高倉麻子監督は、代表チームに就任した昨年5月から「誰かが抜けても力が落ちない」、「どんな選手同士の組み合わせでもコンビネーションを生み出せる」チームを目指すことを公言している。そのために、ポジションやメンバー同士の組み合わせを試合によって変化させてきた。
「どういう時間帯でも、どういう使われ方でも自分の力を発揮できる選手を信用していきたいと思います」
10月の長野遠征の合宿中、高倉監督はそう話していた。それは経験のある選手も例外ではない。
宇津木は今回、招集されたメンバーの中ではMF阪口夢穂に次いで出場数が多いベテランだが、限られた時間の中で、自分の良さをしっかりと発揮できる実力がある。
高倉ジャパンがこれまでに戦った15試合中、宇津木は13試合に出場したが、そのうちフル出場は3試合で、先発後交代が5試合、途中出場が5試合だった。ポジションや他の選手との組み合わせもその都度、違っていた。
宇津木がピッチに立つと、試合が引き締まる。それは、限られた時間の中でピッチに立つ者の責任を、誰よりも理解しているからだろう。
これまで代表で出場してきた100試合のうち、先発後交代は23試合、途中出場は33試合で、ふたつを合わせると過半数に上る。宇津木は、ベンチから試合を見守る悔しさを味わってきたが、逆に、自らのプレーで試合の流れを変えることの重要性も人一倍、知っている。
「途中から入った選手が、試合に出ている選手よりも使えないなんてありえない、と考えています。その選手がファーストタッチを足下に置くのか、前に出すのか。ファーストコンタクトで負けるのか、それとも戦う姿勢を見せるのか。そういった違いでチームに対する影響が変化するし、そういうことも含めてチーム力だと思います。私は、まずはシンプルに目の前の相手に勝つことを考えて戦っています」(宇津木)
それは、環境の変化を進んで受け入れ、逆境さえもプラスの経験に転じてきた宇津木が導き出した、サッカーの本質でもあるのだろう。
間もなく開幕するE-1選手権で、宇津木がどのような起用をされるのかは分からない。だが、たとえどのような状況でピッチに立っても、宇津木の戦う姿勢は、試合や、見る人の心にプラスのエネルギーを生み出してくれるはずだ。
E-1選手権に臨むなでしこジャパンの試合は、フジテレビ系列で全3試合が生中継される。