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ジャニーズ事務所についてはまだ刑事責任追及の可能性は残っている

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
ジャニーズ事務所(写真:ロイター/アフロ)

ジャニー喜多川氏の性加害(以下、「本件性加害」という。)に関して、すでにかなりの時間が経っており刑事の時効が問題になっている。またかれがすでに2019年7月に死去していることから、立件は難しいといわれている。

刑事の時効

刑事に関する時効には、一定期間公訴(起訴)が提起されなかった場合に公訴権が消滅する公訴時効と、刑が確定した場合にその執行を消滅させる刑の時効があるが、ここで問題になっているのは、前者の公訴時効のことである。そしてこれは犯罪と刑罰を規定した条文の法定刑が基準になっており、(人を死亡させた罪であつて禁錮以上の刑に当たるもの以外の罪について)次の期間が経過することによつて完成する(刑訴法250条2項)。

  1. 死刑に当たる罪については25年
  2. 無期の懲役又は禁錮に当たる罪については15年
  3. 長期15年以上の懲役又は禁錮に当たる罪については10年
  4. 長期15年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については7年
  5. 長期10年未満の懲役又は禁錮に当たる罪については5年
  6. 長期5年未満の懲役若しくは禁錮又は罰金に当たる罪については3年
  7. 拘留又は科料に当たる罪については1年

本件性加害の場合

刑法の性犯罪規定については、2023年に抜本的な改正があったが、その前は2017年(平成29年)に大きな改正があった。

2017年以前は、強姦罪(旧177条)が規定されており、13歳以上の女子に対する暴行・脅迫を用いた姦淫行為と13歳未満の女子に対する姦淫行為が処罰されていた(法定刑は3年以上の有期懲役[20年])。しかし、本件性加害については、その被害者が男子であり、具体的な行為が「姦淫」ではなかったため、この強姦罪には該当しなかった。

これに対し、(旧)強制猥褻罪(旧176条)では、被害者が「男女」となっており、13歳以上の場合は暴行・脅迫が、13歳未満の場合は暴行・脅迫がなくとも本罪は成立した(法定刑は6月以上7年以下の懲役)。また、抵抗できない状態でわいせつ行為を行なった場合は(旧)準強制猥褻罪が成立した(旧178条、法定刑は同じ)。

本件性加害の場合は、具体的な暴行や脅迫が用いられてはいないようなので、(旧)準強制猥褻罪が成立する可能性がある。しかし、本件性加害が2017年以前ならば、この罪の公訴時効は5年であるので、立件はできない。

ただし、2017年以降であったならば、強姦罪が(旧)強制性交等罪に改正され、男子も被害者とされ、法定刑も最高20年の懲役とされたので、時効期間も10年である。喜多川氏の死亡直前の性加害行為であれば、かろうじて時効にかからないものもある可能性がある。

また(旧)強制わいせつ罪(旧176条)および(旧)準強制わいせつ罪(旧178条)ならば、最高10年の懲役なので、時効期間は7年である。したがって、同じくかろうじて時効にかからない性加害行為もありうる。

しかし、本件性加害行為のほとんどはすでに時効が完成しているであろう。

また、都道府県の青少年健全育成条例における「淫行(いんこう)罪」も問題になるが、条例上の犯罪なので法定刑の上限は2年の懲役であり、淫行罪が問題になるとしても、すでに時効が成立している。

では、他の法律に違反する可能性はなかったのか。

児童福祉法上の「淫行罪」は

唯一考えられるのは、児童福祉法34条6号の「児童に淫行させる罪」である。この場合は法定刑が10年以下の懲役なので、喜多川氏死亡の直前に行なわれていた行為があるならば、現時点では7年の時効期間はまだ経過していないということになる。

そもそも児童福祉法とは、1948年(昭和23年)に成立した法律であり、戦後の混乱期に児童の福祉や健全育成を阻害する行為を処罰するために作られた法律である。

たとえば、児童を酒席の接待に使ったり、公衆の娯楽のために児童に曲芸をさせたり、児童を支配下に置くといったような行為が処罰対象とされた。その第6号に「児童に淫行をさせる行為」が規定されている。本件性加害については、この犯罪が問題となる。

「淫行」とは何か

まず「淫行」とは、性道徳上非難にあたいする性交またはこれに準じる性交類似行為だと解されている。

最高裁は、青少年を誘惑し、威迫し、欺もうしまたは困惑させるなど、心身の未成熟に乗じた不当な手段により行なう性交または性交類似行為、さらに青少年を単に自己の性的欲望を満たすためにしか扱っていないような性交または性交類似行為だと定義している(最高裁昭和60年10月23日判決)。ただし、この最高裁判決は、福岡県の条例における「淫行罪」に関してのものであるが、児童福祉法上の淫行の定義についても基本的に当てはまるものであろう。

具体的には、口腔性交や肛門性交などが性交類似行為に当たりうるが、権力的な支配構造をバックに行なわれた、本件加害行為が「淫行」に該当することについては疑いはない。

淫行「させる」行為とは

上述のように、児童福祉法は戦後の混乱期において、児童を劣悪な環境で酷使したり、有害な行為をさせたりするような行為を処罰している。

したがって、淫行「させる」というのも、犯人が児童を自己以外の者と性交等をさせることを意味した。

しかしその後、最高裁は、被告人が自己に対して児童に卑わいな行為をさせた事案について、「児童に淫行させる行為」とは、行為者が児童をして第三者と淫行をさせる行為のみならず、行為者が児童をして行為者自身と淫行をさせる行為をも含むと解するのが相当であるとした(最決平成10年11月2日)。

したがって、現在では、自己と性交等を行なうように児童を仕向ける行為も児童福祉法に違反する犯罪行為となっている。

本件性加害の場合

本件加害行為についていえば、喜多川氏の行為はもちろん児童福祉法違反となるが、もしもジャニーズ事務所の関係者もタレント(被害者)に対して喜多川氏の性加害行為の相手方になるように勧めていたり、それを受忍するように仕向けていたりすれば、児童福祉法に正犯として違反しているのである。

つまり、喜多川氏の性加害を見て見ぬふりをするなどして助長していたならば幇助犯(共犯)であり、幇助犯の刑罰は正犯の半分となり(刑法63条)、時効期間も5年となるが、正犯ならば最高10年の懲役であるので、現時点ではまだ時効は完成していないということになる。(了)

【参考】

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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