悲願のワールドシリーズ制覇に向けて、3億円を失う覚悟で守護神に転向したマエケンの男気は報われるか?
8月29日のテキサス・レンジャーズ戦で、3点リードの9回裏に登板して今季初セーブを記録したロサンゼルス・ドジャースの前田健太。
「正直、(リリーフに)向いている訳ではないと思う。人生で今まで先発しかしなかったんで、(昨年のプレーオフで)5試合抑えただけでリリーフの方が向いていると言われるのは、僕にとっては悔しいと言うか、心外と言うか……」と昨年のワールドシリーズ直前には複雑な心境を打ち明けている。
広島時代には8年間で28完投を記録し、「完投の美学」を貫いてきたマエケンは、先発投手でいることに大きなプライドを持っている。
投手の分業制が確立されたメジャーでは3年間で1度も完投はなく、先発投手としての在り方を変えることで修正してきたが、それでも先発投手としてのプライドだけは保ち続けている。
ブルペン転向を命じられた昨年のプレーオフでは、ワールドシリーズまでに5試合にリリーフ登板して、5イニングで走者を一人も許さない完璧な投球を披露。ワールドシリーズでも4試合のリリーフ登板で、5.2回をソロ本塁打の1点に抑えてみせた。
ドジャースはエースのクレイトン・カーショウ(6勝5敗、防御率2.39)を筆頭に、アレックス・ウッド(8勝6敗、防御率3.42)、新人のウォルカー・ビューラー(6勝4敗、防御率3.02)、38歳のベテランのリッチ・ヒル(6勝4敗、防御率3.50)と先発投手陣の層は非常に厚い。
今季はオールスターにも選出されたロス・ストリプリング(8勝3敗、防御率2.62)は現在は10日間の故障者リスト入りしているが9月には復帰予定だし、シーズン後半から戦列復帰を果たした韓国出身の柳賢振(4勝1敗、防御率2.18)も好調だ。
マエケンを含めると7人もの先発投手を揃えているが、7人の中で防御率もWHIP(1イニング当たりに許した走者)も最も悪いのが前田(防御率3.79、WHIP1.281)。
プレーオフではマエケンがローテーションから外されてブルペンに回る可能性が高く、それならばプレーオフ出場に向けて大切なこの時期に信頼できるマエケンをブルペンの置いておくのは懸命な判断だ。
先発投手陣は強力なドジャースだが、ブルペンは盤石とは言い難く、手薄なブルペンに前田が加わることでチームが必要としていたブルペンの軸を得る。
ドジャースはメジャー屈指のクローザーとして知られるケンリー・ジャンセンが8月上旬に不整脈で故障者リスト入りをしており、復帰後も3登板連続で本塁打を許すなど調子を大きく崩している。プレーオフまでの残り1ヶ月間でジャンセンが復調してくれるのが望ましいが、心臓に持病を抱えるジャンセンの調子が戻らない場合には、マエケンをクローザーとして起用する案も浮上してくる。
3点リードの9回に登板した29日の試合はマエケンのクローザーとしての適正を図る試合となった。1失点を許しながらも「(調子は)良くなかったが、なんとかチームが勝ててよかった。最後のポジションというのは、とにかくチームが勝った状態で終わらせるのが仕事だと思うので、最低限のしごとはできたと思う」とテストをクリア。
レギュラーシーズン残りの1ヶ月で、ジャンセンと併用で暫定クローザーを務めながら、経験を積んでいく。
今季の基本給が300万ドル(約3億3300万円)の前田は先発数と投球回数に応じて多額のボーナスが支払われる契約を結んでいる。
ここまで20試合に先発して114イニングを投げているので、基本給にほぼ同額の290万ドル(約3億2190万円)のボーナスを獲得しているが、シーズン終了まで先発ローテーションを守っていれば、さらに多額のボーナスを手にするはずだった。
25、30、32先発を達成するとそれぞれ150万ドル(約1億6650万円)のボーナスが支給され、投球回数も190イニングまでは10イニングごとに25万ドル(約2775万円)、200イニングに到達すると75万ドル(約8325万円)が支払われる。
前田は8月10日の試合を最後にブルペンへ回ったことで、8度の先発機会を犠牲にしている。この8試合で46イニングを投げたと仮定したら、シーズンで28先発、160イニングの計算となり、ボーナスの総額は565万ドル(約6億2715万円)となるはずだった。
マエケンはチームのためにブルペンに回ることで、275万ドル(約3億525万円)を失う。
ボーナスの3億円は失うかもしれないが、チームのために自己犠牲を厭わないマエケンには、ワールドシリーズ優勝を決めるマウンドで歓喜を味わうという究極の体験を手にして欲しい。