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オンライン開催となった今年の「京都音博」にみるくるりの“心配り”と成熟

岡村詩野音楽評論家、音楽ライター、京都精華大学非常勤講師
今年の音博は『拾得』が舞台(全ての撮影:井上嘉和)

 毎年9月に京都で開催されている、くるり主催の音楽イベント《京都音楽博覧会》が昨日、9月20日(日)にオンラインで行われた。激しい雷雨に見舞われて中断~中止となった年はあったものの(2016年)、2007年の第一回開催から13年、一度も変わらず京都タワーが臨める梅小路公園で味わう夏の終わりの風物詩であってきた「音博」。それだけに、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を鑑み、やむなく配信での開催となったことは、英断だったとはいえ、誰より主催者であるくるりのメンバーには無念だったことだろう。20日当日、快晴。厳しい残暑が続いていた京都でさえようやくしのぎやすい気候になっていただけに……。

 しかし、オンライン開催となった今年の「音博」を自宅やそれぞれ思い思いの場所で観て、そこに多くの「気づき」をみてとった人はおそらく少なくなかったはずだ。確かに例外的措置ではあったろう。けれど、この「配信」……いや、「配心」は確実にくるり、及びヴォーカル/ギターでソングライターの岸田繁にとって次の扉をあけるきっかけになったのではないかと思う。

今年の会場は老舗ライヴ・ハウス『拾得』

 「配信」ではなく「配心」。19時30分のスタート前に表示された文言は「“配心”まで今しばらくお待ちください」。ただ機械的に映像や音声を流すのではなく、心を配る。時間をかけ、地元や近隣住民にも受け入れ親しまれるように働きかけてきた「音博」だからこそできる「心ばかり」のギフトだ。

 京都タワーや梅小路公園の芝生の写真に続いて現れた『拾得』の看板……そう、今年の「音博」は京都の老舗ライヴ・ハウス『拾得』から。立命館大学のサークルで結成されたくるりにとって、「拾得」は95、96年頃に出演して以来だという。古い酒蔵をそのまましつらえた『拾得』は決して大きくないライヴ・ハウスだが、「音博」ではお馴染み入場口の暖簾も今年はちゃんと小ぶりの『拾得』仕様だ。

第一部は岸田繁楽団
第一部は岸田繁楽団

 今年は二部構成。前半は岸田繁楽団。1.誰でも入れる楽団。2.どこでも演奏する楽団。3.なんでも演奏する楽団。と銘打ってゆるやかにスタートするも、『拾得』のフロア全てを使った試みに目が惹きつけられる。メンバーは、楽団長として作編曲とギター・コーラスを担当する岸田繁以下、ヴァイオリン(須原杏、福岡昂大)、チェロ(小棚木優)、コントラバス(山西葉月)、オーボエ(福盛貴恵)、クラリネット(副田整歩)、ファゴット(浦田拳一)、フレンチホルン(米崎星奈)、ピアノ(野崎泰弘)、ドラム(石若駿)、そしてコンダクターで編曲を担当した三浦秀秋。曲によって、ここにくるりの佐藤征史とファンファンも加わる。岸田はバーカウンターの中に入り込んでギターを鳴らし、普段はお客さんが座って利用する大きな木の丸テーブルを弦楽器隊が囲み、管楽器やドラム、鍵盤はその外側、そして三浦は全員が見渡せる位置から指揮棒を振る……といった具合。ファンファンに至っては入口レジカウンターの中でトランペットを吹いているから微笑ましい。日頃、『拾得』に遊びに行く機会が多い筆者も、さすがにこうした編成、こうしたしつらえのパフォーマンスを観るのは初めてだ。というか、これでは客が入る余地が一切ない。だが、手狭であること、ハンドメイドでの設営が却って「配心」であることを伝えてくれる。

レジカウンターの中でで演奏するトランペットのファンファン
レジカウンターの中でで演奏するトランペットのファンファン

交流あるヴォーカリストも登場

 岸田繁楽団メインテーマとも言える岸田によるオリジナル曲「Main Theme」に続いては、Homecomingsの畳野彩加が登場。荒井由実の「ひこうき雲」、そして平賀さち枝とホームカミングス名義の「白い光の朝に」をしっとりと歌った。いつもはギターを抱えてバンドの中央で歌う畳野だが、いつのまにかヴォーカリストとして表現力豊かになっていることに驚かされる。まさに細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆によるキャラメル・ママ(のちのティン・パン・アレー)がバッキングした『ひこうき雲』(1973年)さながらの、洒脱でモダンで少し郷愁感あるポップスだ。続いてはUCARY & THE VALENTINEが、NHK Eテレの番組のために岸田が書き下ろした「ドンじゅらりん」とくるりの「琥珀色の街、上海蟹の朝」を披露。神戸でバンド(THE DIM)活動をしていたこともあるUCARYの愛らしい歌声と岸田メロディーの相性は思いの外いいようだ。そして、ソロ・アルバム『THE TRAVELING LIFE』をリリースしたばかりの小山田壮平が登場し、くるりの「ブレーメン」とandymori時代の人気曲「1984」を堂々歌いこなした。大きな口を開け、たっぷりと息を吸い込みながらマイクに向かう小山田の表情は、こんなコロナ禍に歌えることの幸せを讃えているかのようだった。

Homecomingsの畳野彩加
Homecomingsの畳野彩加
UCARY & THE VALENTINE
UCARY & THE VALENTINE
小山田壮平
小山田壮平

ユーミンからカンツォーネまで

 そして、岸田繁自らナポリ民謡の「サンタ・ルチア」を朗々と歌い上げたのちに「Ending Theme」で前半終了。ユーミンからカンツォーネまで……「誰でもどこでも何でも」の岸田繁楽団は、曲によって、歌う人によって景色や表情を鮮やかに変えることをモットーとしていくのかもしれない。もしかすると岸田が長く暖めていたアイデアで、瓢箪から駒、よもや今年の「オンパク」でやることになるとは考えてもみなかったのかもしれないが、岸田がさまざまな国の、新旧「大衆音楽」や「フォークロア音楽」に分け隔てなくアプローチできるソングライター、ミュージシャンであることを改めて伝える結果となったかもしれない。これが今年の「音博」での最初の「気づき」だ。

第二部くるりのパフォーマンスでは新曲も

 そして間髪入れず後半はくるりのステージ。岸田、佐藤、ファンファンに加え、この日は松本大樹(ギター)、野崎泰弘(キーボード)、BOBO(ドラム)という編成。7月に『磔磔』で行われたオンライン・ライヴと同じラインナップだが、やはり『拾得』のフロアを目一杯利用してバンドで円陣を作るようなメンバーの並びは新鮮だし、音の響きもまるで違う。この日、岸田繁楽団を含めて『拾得』の小さな舞台は結局まともに使うことはなかったが、古い木造建築の風合いを生かした温もりある音を伝えるには、建物全体を一つのステージに仕立てたこうしたアイデアがうってつけだったことにも驚かされた。これが二つ目の「気づき」だ。

第二部くるりのパフォーマンス
第二部くるりのパフォーマンス

 くるりのパフォーマンスで特筆すべきは前半にさりげなく続けて披露した新曲2曲だろう。「益荒男さん(新曲)」と「潮風のアリア(新曲)」。強く堂々とした男気ある男子を意味するタイトルの前者はちょっとクレツマー風の軽妙なリズムに、川上音二郎の「オッペケペー節」の引用もユーモラスな1曲。「大衆芸能」「大衆音楽」へのアプローチを作品に落とし込む岸田らしいアレンジと歌詞が楽しい。後者はバンドとしてのくるりの成熟が反映されたメランコリックなロッカ・バラード。なめらかなギター・リフやソロと、情緒に訴えかけてくるようなメロディに胸が熱くなる。そして、この2曲が、いくつも枝葉を持つくるりというバンドの重要な幹を象徴していることにも「気づく」。例えばこの日も披露した「Liberty&Gravity」あたりに繋がりそうな「益荒男さん(新曲)」、「太陽のブルース」路線とも言えるメランコリックな「潮風のアリア(新曲)」。岸田、佐藤が40代に入った今のくるりは、もちろん創作者として果敢に攻めつつも、これまで築いてきた自分たちの足元をさらに深くディグしていくような作業も惜しんでいないのではないだろうか。

くるりの佐藤征史
くるりの佐藤征史

 後半は「東京」「ロックンロール」といったお馴染みの曲を重ねながら、岸田繁楽団で小山田壮平が歌った「ブレーメン」を今一度岸田のヴォーカルで披露。そして最後は「音博」ではラストナンバーとしてお馴染みの「宿はなし」で終了となった。いつもならこの曲が聞こえてくるようなフィナーレの時間帯である夜から「配心」がスタートした今年の京都音楽博覧会。客がいないから拍手もないし当然アンコールもない。隣の水族館のイルカショーの賑わいもないし子供たちがかけまわる和やかな風景もここにはない。時間も2時間15分と短い。だが、それを補ってなおもあまりある発見が多くあった今年の「音博」。それは、一つの作品として見事に完成されたものになっていたということだ。

くるりの岸田繁
くるりの岸田繁

単なるライヴで映像でもスタジオ録音作品でもない独自の「音のドキュメント」

 もちろん、途中、岸田がスタジオで作業している様子や居酒屋で話している様子が挿入されていたし、メンバーやマネージャーたちが懐かしのPVを観てトークする「オマケ映像」が参加者を楽しませてもくれた。だが、何より素晴らしかったのは、目下の最新オリジナル・アルバム『ソングライン』(2018年)の録音を手がけた京都在住のエンジニア、谷川充博がPAとして関わったことで、単にライヴで映像でもないスタジオ録音作品でもない、独自の「音のドキュメント」になっていたこと。筆者はそれなりに音質の良いヘッドフォンで聴いていたが、体と目は確かに『拾得』にいるようだったが、耳や感覚は確実に今しか聴けない演奏を吸収していた。それも、ただのいい音ではない。単に臨場感ある演奏でもない。この日に向けて丁寧に準備を重ねてきた彼らやスタッフの「音博」ファンへの「心配り」の表れだった。

 「来年は梅小路公園でお会いしましょう」。すべてが終わった後、画面には確かにそう映されていた。それは確かに「いつもの音博」を約束するメッセージだ。だが、こうしたハプニングによって歴史は塗り替えられ、その都度前へと変化していく。人類が目下コロナと向き合いながら、次のステージを模索しているように、くるりと「音博」もまたこの「配心」を界に新たなフェイズへと踏み出していくに違いない。戻るのではなく、進むのだ。

この日のくるりのラインナップ
この日のくるりのラインナップ

※見逃し配信チケット発売中

販売期間は、9/21(月)10:00から、9/27(日)20:00まで。また、配信期間は9/27(日)23:59まで。当日視聴した人もアーカイブ配信で視聴可能。

https://eplus.jp/kyotoonpaku2020/

音楽評論家、音楽ライター、京都精華大学非常勤講師

1967年東京生まれ京都育ち。『MUSIC MAGAZINE』『VOGUE NIPPON』など多数のメディアに音楽についての記事を執筆。京都精華大学ポピュラーカルチャー学部非常勤講師、『オトトイの学校』内 音楽ライター講座講師。α-STATION(FM京都)『Imaginary Line』(毎週日曜日21時)のパーソナリティ。音楽サイト『TURN』エグゼクティヴ・プロデューサー。Helga Press主宰。京都市在住。

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