鈴木慶一、2022年も輝いた日本音楽界の至宝
ムーンライダーズのリーダーとして
日本音楽界の至宝と言ってもいいだろう。ムーンライダーズのリーダーの鈴木慶一。動画投稿サイトなどで音楽と出会うことが若い世代のスタンダードとなり、音楽の楽しみ方、価値観もすっかり多様化した昨今、71歳を迎えた鈴木慶一は、そんな現代社会のおそらく最もエッジーなミュージシャンの一人で在り続けている。
東京都大田区生まれの鈴木慶一は1971年に「はちみつぱい」のメンバーとして本格的に音楽家としてのキャリアをスタート。伝説の「はっぴいえんど」とともに日本語ロックの黎明期を支えたこの重要バンドで活動したのち、1975年に「はちみつぱい」時代の岡田徹、武川雅寛、かしぶち哲郎、そして慶一の実弟でもある鈴木博文らと新たなグループを結成する。これがムーンライダーズだ。
バンドはその後、白井良明を加えた現在のラインナップとなり、アルバムごとに先鋭的だったりカジュアルだったりストレンジだったりしながらも、“ポップ”であることから一切ブレることなく断続的に活動を続けている。途中、停止、休止期間もあったし、2013年にはかしぶち哲郎が死去した。だが、新たに夏秋文尚を加え、澤部渡、佐藤優介といったさらに下の世代をサポートに迎えた現在はこれまで以上に気力充実していることが作品からも伝わってくる。実際に今年2022年、実に11年ぶりとなるオリジナル・ニュー・アルバム『it's the moooonriders』が高い評価を得て、過去にないチャートアクションで迎えられた。
このようにムーンライダーズは超がつくほどのベテラン・バンドだが、枯れるどころか年々“攻め”の姿勢を見せているのには驚かされる。ただひたすらライヴを重ねたり、ルーティーンで制作をするわけではなく、経験と蓄積を活かしてまだ何か新しいことはできないだろうか? と挑み続ける姿勢。ニュー・アルバム『it's the moooonriders』の楽曲や演奏にはそんなチャレンジ精神が溢れていた。メンバー全員がソングライターであることからただでさえレパートリーの幅は豊富だが、その新作には夏秋文尚、澤部渡、佐藤優介が曲作りに関わった曲もある。楽器や機材、録音技術と格闘しながら偶発的な音の出会いを形にしていく緊張感ある取り組みが全12曲全てに表れていた。
一方で、ムーンライダーズは過去の自分たちの軌跡も大切にする。今年2022年は1982年のアルバム『マニア・マニエラ』の発売40周年を記念して再現ライヴも敢行。80年代初頭のニューウェイヴの時代、大胆で実験的な制作プロセスで完成されたこのアルバムは、当時まだほとんど一般層に普及していなかったCDのみでリリースされた。今年12月にはアナログ・レコードでも再発されたこのアルバムはライヴで再現するのが難しいとされていたが、今改めて聴いてみるとポップなフックがどの曲にも落とされていて、決して難解な作品ではない。コンピューターを導入しながら手探りで作った彼らの集中力が迸ったアルバムだ。
攻めの姿勢を持つソロ・アーティストとして
さて、メンバー全員がソロ活動、プロデュースなどでも活躍する音楽家集団のムーンライダーズの中でもとりわけ精力的なのが鈴木慶一だ。
というより、とにかく人付き合いが広い。付き合いの数だけ活動の場があると言っても過言ではなく、最も有名なユニットとしては、YMOの高橋幸宏と組むTHE BEATNIKSだろうが、1981年に最初のアルバム『EXITENTIALISM 出口主義』をリリースしてから現在に至るまで不定期に作品を制作。今年9月にはその高橋のプロ活動50周年記念コンサートにも出演した(高橋本人の出演はなかった)。
2010年代に入ってからは、劇作家・ケラリーノ・サンドロヴィッチとしても知られるKERA(ケラ&ザ・シンセサイザーズ、有頂天)とのユニット=No Lie-Senseを結成。こちらも既に複数枚のアルバムをリリースしている。
また、1993年に結成していた頭脳警察のPANTAとのプロジェクト=P.K.O(Panta Keiichi Organization)としては先頃12月25日に配信シングル「クリスマスの後も」/「あの日は帰らない」をリリースしたばかり。「はちみつぱい」「頭脳警察」でそれぞれ活動していた70年代から日本のロックのフィールドで切磋琢磨してきた者同志の優しい絆が刻まれたポップな歌もの作品だ。
もちろん、鈴木はソロ名義での活動も頻繁。2000年代にはサニーデイ・サービスの曽我部恵一をプロデュースに迎えた3枚のソロ・アルバムが話題になったが、2015年には1991年の『SUZUKI 白書』以来24年ぶりとなる完全セルフ・プロデュースのソロ・アルバム『Records and Memories』を発表した。こちらには、あだち麗三郎、岩崎なおみ、上野洋子、konore、権藤知彦、澤部渡…など若手ミュージシャンも多数参加している。こちらも不定期で活動する鈴木の呼びかけで2010年代にスタートさせたグループ=Controversial Sparkは世代をまたいだメンバーが揃ったことで話題を集めた。
映画・ドラマの音楽制作、俳優業も
映画やテレビ・ドラマの劇伴仕事も多い。『座頭市』『アウトレイジ』シリーズなど北野武監督作品のいくつかのサントラを手掛けているほか、人気ゲーム『MOTHER』の音楽を担当したのも鈴木だ。2021年には音楽家生活50周年記念作品として、その『MOTHER』の再録音アルバムが『MOTHER MUSIC REVISITED』としてリリース。全編の新録音とアレンジおよび、全曲の歌唱をこなす多才ぶりをみせている。
ちなみに、鈴木は父親が俳優だった血筋からか、自ら役者として映画やドラマに出演することもしばしば。映画では岩井俊二監督による『スワロウテイル』(1996年)のレコード会社重役、映画版『ゲゲゲの女房』(2010年)の貸本屋店主、そして今年2022年に公開された『ちょっと思い出しただけ』のタクシー運転手、ドラマでも『女子的生活』(2018年)の水族館職員などいずれも小さな役ながら印象に残る演技を披露している(『ゲゲゲ…』『女子的生活』では劇伴も担当)。オダギリジョーが演出、脚本、編集を手がけて話題を集めたテレビドラマ『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』(NHK総合)にシーズン1、シーズン2と続いて出演したのも記憶に新しい。
こうして鈴木慶一の活動をおさらいして改めて気付かされるのは、同世代も若手も同感覚で接していること、形式を重要視したポップ・スタイルもその解体作業も大いに楽しみながら作業していること、そして、何より彼を突き動かす好奇心と嗅覚が原動力になっていることだろう。加えて、インスピレーションと計算の配分が実にうまいことも鈴木の活動を厚みのあるものにしている。
即興演奏への関心
今年2022年、鈴木はまた新たなプロジェクトを立ち上げた。それは、Keiichi Suzuki with Marginal Town Screamers。完全即興によるグループだ。メンバーは鈴木以下、武川雅寛、四家卯大、岩崎なおみ、佐藤優介、松村拓海。武川は「はちみつぱい」以来の同胞でムーンライダーズのヴァイオリン奏者。四家も鈴木にとっては長いつきあいのチェロ奏者。そこに、Controversial Sparkでの合流以降鈴木の全幅の信頼を得ているベーシストの岩崎と、ムーンライダーズのサポートとして欠かせない鍵盤奏者となっている佐藤、さらにはフルート奏者の松村が加わった。
先頃公開された配信ライヴ『TURN TV Vol.6』(2023年1月7日までアーカイヴ配信中)のために即興演奏をすることになった流れから鈴木が一人一人に声をかけたのだというが、全員が集まったのはまさに収録当日のこと。その編成はロック・バンドのそれでもないし、クラシックやジャズのそれでもない。そもそも一体どんな演奏をするのか誰も聞かされてもいない状態だったという。もちろん、インプロヴィゼーションなので当然楽譜は形式なども用意されていない。
だが、鈴木はだからこそ面白い、と笑う。先が見える安心感も捨てがたいが、全く見当もつかないからこそ刺激的でもある、形式あるポップ・ミュージックの醍醐味を知っていればこそ、解体、解放できることの面白さもわかる……とでも言うような。メンバー全員、確かなスキルを持ったミュージシャンなので、もし何か譜面通りの曲を演奏したとしてもいいものになるだろう。けれど、鈴木はそうしたスキルの使い方をここでは求めていない。その場の空気の動きを自由に解釈して、投げられた球を投げ返したりスルリとよけたり。ただ、その場を共有している音楽家である、という一点に力点を置く。
もちろん、鈴木にとって即興はこれが初めてではない。2011年に東京・上野恩賜公園水上音楽堂で開催された音楽イベント『道との遭遇 ヒガシトーキョーミュージックフェスティヴァル』に出演した際、内橋和久、U-zhaan、上野洋子、大谷能生と共にかなりフリーキーな演奏を披露している。その後もいくつかの機会でインプロヴィゼーションを行った。集中力を要する即興をさりげなく披露する、そこがまた粋だ。
ムーンライダーズ新作のアナウンスも
2022年もあと一週間を切った12月25日、恵比寿ガーデンホールで今年最後のムーンライダーズのコンサートが開催された。今回は夏に開催されたアルバム『マニア・マニエラ』の再現ライヴのアンコール編、同じ1982年にリリースされた『青空百景』も合わせて2枚のアルバムを続けて披露する壮大なクリスマス・プレゼントのようなコンサート。当時を知るファンも、後から知ったファンも集って会場は満員だ。オープンリールのテープレコーダーを楽器として用いる実験的ユニットのOpen Reel Ensembleの3人、サックスの矢口博康、チェロの四家卯大、ヴァイオリンの志賀恵子もともにステージに立った。それに何より、9月に行われたワンマン・ライヴには体調の都合で出演がかなわなかったキーボードのメンバー、岡田徹の復帰がファンを喜ばせた。総勢14名が舞台で音を鳴らす様子は、さしずめ実験と発見につつまれた音楽工房のよう。メンバーもとても楽しそうだ。だが、40年前のアルバム、それも制作過程に工夫を凝らした作品の再現を、ただ忠実になぞるのではなく、彼らは大いなるイマジネーションと遊び心で現代に問うた。これらの作品は今でもヴィヴィッドなのだと。
そうして最後に、鈴木慶一の口から来年2023年3月にムーンライダーズの新作をリリースすることがアナウンスされた。満員の場内は俄然沸き立った。『it's the moooonriders』から1年経たずして、もうニュー・アルバムが届けられるというのだ。しかも、この夏に2日間で実に10時間、集中して録音したという即興アルバム。鈴木慶一は自身のソロ・プロジェクトのみならずムーンライダーズでも即興をやろうとしていたのだ。これが鈴木の長年の計画なのか、それこそインスピレーションなのかはわからない。ただ、鈴木はこれまでいつだってこうした好奇心のおもむくまま活動してきた。その好奇心のほどはおそらく「はちみつぱい」の頃から全く変わってはいない。面白いものが目に前にあれば手をのばしてみる。興味がそそられたらやってみる。うまくいくかいかないかより、楽しめるかどうかなのだと。
2023年の音楽シーンはどのようなものになるのだろうか。しかし、混沌とした時代だからこそ、全く見当のつかないことにも「面白い」と目を光らせる鈴木慶一の本領が発揮される。50年以上走り続け、この2022年も疾走した71歳の輝きは来年も続きそうだ。