『なつぞら』主題歌のスピッツ「優しいあの子」は、 誠実に真面目に生きていく人々にそっと寄り添う
スピッツが久々のシングル「優しいあの子」をリリースした。「みなと」以来約3年ぶりとなるこの曲は、朝の連続テレビ小説『なつぞら』の主題歌として既にこの4月からオンエアされているのでご存知の方も多いだろう。さきごろ、スピッツのメンバー自ら出演したオフィシャル・ミュージック・ビデオ(ショート・ヴァージョン)も公開された。
「優しいあの子」MV(ショート・ヴァージョン)
国民的人気バンドの時代性を帯びたうた
スピッツについてはもはや詳しい説明は不要だろう。ソングライターでヴォーカリスト/ギタリストの草野マサムネを中心に、1987年に東京で結成された4人組ロック・バンド。一貫してポップなフックの効いたメロディ、柔らかで風通しのいいアンサンブル、厳しさや淋しさ、時には棘や毒も盛り込んだヒューマンな歌詞が多くのリスナーたちの心を打ってきた。実に32年の歴史を数えるが、超マイペースながらも定期的に作品を出し続けているしライヴ出演や企画イベントも手を抜かない。有名ゲストと組むような話題や、楽曲にこれといった目立った仕掛けなどなくても、常にフレッシュな作品を届けてくれて、しかもそれが間違いなくヒットする稀有なバンド。「ロビンソン」「チェリー」が青春時代の思い出の曲という人も多いだろうが、その子供世代も違和感なく親しむ、世代を超えて愛される存在と言っていい。
そんなスピッツの楽曲はエバーグリーンと評されることが多い。もちろん「ロビンソン」にしても、3年前にリリースされた「みなと」にしても流行に左右されるような曲ではないが、だからといって、社会と切り離されたところで聴かれる曲かといえば全く違うだろう。むしろ彼らの曲は常に時代性を帯びている。というより、その時代その時代を生きる人々にいつも寄り添っている。悲しい時も楽しい時も、怒る時も嘆く時も。3年前の「みなと」を聴いて、“喪われた命と生き続ける者”とでもいうような厳しいテーマを筆者はそこに見たし、あるいは東日本大震災で親しい者と別れた人々の思いを重ねた方もいるかもしれない。だが、そうした経験を経て、それでもなお強く生き続ける者たちを前に、あの曲はただ、ただ、そっとそばにいる。励ますわけでも、慰めるわけでもなく、黙って傍に……。それがスピッツの歌の持つ優しく寡黙な存在感なのではないかと思う。
リスナーに寄り添う「優しいあの子」
リリースされたばかりの新曲「優しいあの子」もそうだ。くじけることなく歩き続けることで見えてくる世界、そうしたひたむきな一歩一歩の大切さを、“幸せ”や“未来”や“愛”といった手軽で安直な単語を一切使用せずに見事に描写。歩き続けた末に新しい景色を見たこの歌の主人公は、直接的に歌の中には登場しない“優しいあの子”を思う。けれど、実際にその“優しいあの子”に伝えることも伝えようとすることもなく、あくまで伝えたいとささやかな願いをそっと綴るのみ。“優しいあの子”を遠い空の下から思い遣る主人公の生き生きとした告白が、“優しいあの子”にも、そしてこの歌を聴く我々リスナーにも寄り添う。「歩き続ければ、きっと目指しているところに着くんだよ」と。
『なつぞら』主題歌/スピッツ「優しいあの子」連続テレビ小説『なつぞら』オープニングタイトル
作曲前に北海道に旅をした草野マサムネ
今回、デビュー当時からスピッツの制作を担当するディレクターの竹内修氏に話を伺うことができた。
「朝ドラ100作目ということで、非常に早い段階からこの話は立ち上がっていまして。こちらとしましても曲作りをそろそろやろうかと思っていたタイミングにこのオファーをいただいたという感じですね」(竹内修氏/以下すべての発言は竹内氏)
『なつぞら』の序盤は戦争孤児になった主人公・奥原なつが北海道十勝の酪農家の家庭で育っていく展開。北海道の豊かな自然や人々のおおらかな風合いは多くの視聴者を引き込んだ。実際、ドラマのベースにある土地がこの北海道であることが、今回の「優しいあの子」の重要なカギになったと竹内氏は話す。
「スピッツにとって北海道というのは何かと縁がありまして。デビューして結構早い時期から北海道のラジオで番組を持たせてもらって、北海道に通ったりしていましたし、鈴井貴之さん(映画監督でタレント。株式会社CREATIVE OFFICE CUE取締役会長)はかなり初期からスピッツを応援してくださっていて、その鈴井さんが監督されたテレビ東京のドラマ『不便な便利屋』のエンディング曲(「雪風」)もスピッツが担当しました。しかも、このドラマは北海道が舞台で岡田将生さんが主演。ちなみに、2017年には映画『先生!、、、好きになってもいいですか?』の主題歌(「歌ウサギ」)を担当させていただいているんですが、こちらに主演されていたのが広瀬すずさんで……という縁もあって、“これはもう流れだね”ってスタッフ・サイドでは話していました。そういうこともあって草野(マサムネ)は、今回のオファーを受け、曲作りの前にイマジネーションを広げるために北海道の十勝まで旅をしたんですよ」
“氷を散らす風”、“丸い大空”、“芽吹きを待つ仲間が麓にも生きていたんだな”といった表現は、確かに北海道の厳しくも壮大な風景を思い出させるし、実際にアイヌ語で集落を意味する“コタン”という言葉も出てくる。
「草野のバランス感覚というのは歌詞がちょっと暗かったり切なかったりするのに、メロディが明るかったりするんですね。これは昔からの傾向ではあるんですけど、『なつぞら』は、第二次世界大戦終戦後の厳しい環境下でどん底から這い上がっていく過程を、特に序盤は北海道の厳しい自然と照らし合わせて描かれている。しかも、主人公の女の子も自分の道を切り開いていく。そこに重ねて曲が作られている印象はありますね」
誠実で真面目で一生懸命やっている人たちへ
ドラマの最序盤は焼け野原になった東京で、妹を背負いながら食べ物を求めてさまようような場面もある。北海道の酪農家に預けられてからも、一度は家出をしたりしながら、厳しい祖父らに搾乳の仕事を教わりながら成長していく……。そうやって試練を乗り越えようとする主人公や、そんな彼女を応援しようとする我々視聴者に、気がついたら広大無辺な大地を歩むかのような曲「優しいあの子」がやはりそっと寄り添う。MVの方も、歩みを進める女の子の足元が描かれていて、一人の少女の成長を印象づけているかのようだ
明るくスキップするように軽快なAメロ、不安な空気を感じさせつつもゆったりと展開していくBメロ、そして歌詞の一つ一つの言葉に音符を充てていくように丹念に編まれたサビ……構成は極めて簡素ではあるが、シンプルな演奏の中から要所で聞こえてくるホルンとチャイムの音が、牧歌的で朗らかな曲調を素朴に彩っている。まるで物語の主人公の決意を祝福するかのように。
「歌詞は草野が最後まで一人で作ります。そして、バンドでのリハーサルの中でブラッシュアップしていく…というのがいつもの彼のやり方で。特にここ数作の彼らはバンド・サウンドを基本にしていますので、それに合ったアレンジをメンバーやプロデューサーの亀田(誠治)さんと話していく中で決めていきます。今回そういう中から出てきたのはホルンという楽器でした」
こうして出来上がった「優しいあの子」は、あくまで結果として、『なつぞら』の主人公や、それを観ている我々視聴者だけではなく、現代に生きるすべての日本人に向けられているように思える。いや、我々のすぐ傍に静かに寄り添っている。辛いことがあっても投げ出さず手を抜かず、ひたむきに生きていこうとする我々のすぐそばに。
「誠実で真面目で一生懸命やっている人たちのことなんだろうなと思っていて。今の日本にそういう人たちがどれくらいいるかわからないですけど、かつての日本には結構大勢いたと思うんです。誰かに見られているとか関係なく、自分がちゃんと真面目に誠実にやっていればきっといいことがあるよ、というような……。僕は「優しいあの子」はそういう曲じゃないかなと受け取っています」