「食べにくい」食べ物が噛む力を育てる
■口の機能は体の発達とともに成長する
軟らかい食べ物をおいしく感ずるのには必然性がある。だからといって「軟らかい物しか食べない」とか「硬い物を噛めない」などは大きな問題である。テレビの食べ物番組のレポーターが「口に入れると溶けちゃう!」だの「歯が要らない~」などといって、その食べ物をほめた気になっているのは勘違いも甚だしいと、私は感じている。
ましてや、子どもの栄養調査で「現在子どもの食事について困っていること」として、「食べるのに時間がかかる」「偏食する」「むら食い」「遊び食べをする」などと並んで、「早食い、よくかまない」「食べ物を口の中にためる」「食べ物を口から出す」など、咀嚼(そしゃく)に関する問題が指摘されているのは、大きな課題であるといえよう。
管理栄養士で健康咀嚼指導士でもある田中美智子さん(京都栄養医療専門学校非常勤講師)は、近年、「噛めない子」「食べない子」が増えている現状を危惧している。国の第3次食育推進基本計画でも「ゆっくりよく噛んで食べる国民」を「平成32年度までに55%以上とする」(平成27年度は約49%)という目標が定められている。
田中さんによると、子どもの噛む能力と身体能力は、お互いに強く影響し合いながら、同時進行的に発達していく。そのため、どちらかがうまくいかないと悪影響を及ぼし合う「悪循環」に陥りやすいのだという。
たとえば、首が据わらないと下顎がうまく動かないので、離乳食を食べることができない。しっかりとお座りができて両手を自由に使えるようにならないと、食べ物を手でつかんで口に運ぶ動作ができない。あるいは、食卓椅子にキチンと座って両足を床に着けて食事するようにならないと、咀嚼力が弱くて硬い物を噛みつぶせない。などという悪影響が生ずる。
逆に、奥歯ですりつぶすことができるようにならないと、高脂肪・高カロリーに偏った軟らかい食事になり、将来、メタボ体質になりやすい。唇・顎・舌の動きが未熟だと、水分補給がスムーズにできなかったり、食事に時間がかかったり、食べこぼしなどが多くなり、充分な栄養素が摂取できなかったり食生活の楽しみが少なくなったりする。口腔機能が未発達だと、鼻づまりや呼吸困難に陥りやすく、睡眠不足になり、目覚めているときも集中力の低下に結びつきやすい。
■噛む力は経験で身につけるもの
咀嚼機能も、「何ヶ月だから離乳」とか「何歳だからこういう物を食べさせなきゃ」という、画一的な考えではなく、子どもの成長を見ながら食べ物を与えていく工夫が必要。うつ伏せにして首が持ち上がらないのに離乳食を与えようとしても無理だし、まだ哺乳ビンの吸い口や乳首を吸うだけの機能しかない子に、離乳の進行を促してもうまくはいかない。
逆に、口の機能の発達がかなり遅れているような場合には、与える飲食物だけに気をとられるのではなく、「寝返りがうてるようになっているか」とか「伝え歩きができるようになったか」など、身体機能の発達のほうもしっかりと見る必要がある。そちらができるようになれば、自然に口腔機能も発達してくるという場合もある。
田中さんによると、近年は子どもの「食」に対して親が手間をかけすぎる傾向があるという。子どもの数が少なくなり、育児に気を配るのは、けっして悪いことではないのだが、「行き過ぎた世話」は子どもの噛む・飲み込む機能の発達の妨げになることもあるので、注意が必要だ。
たとえば(子どもの年齢にもよるが)スイカを一口大に小さく切り分けて、種もすべて取り除いて子どもに与える親が増えている。子どもは小さなスイカを噛み切りもせず、もちろん種も出さず、そのまま飲み込むだけ。一見、子どもに親切のように見えるのだが、これだと子どもの口腔機能が育たない。子どもには、食べ物を歯や顎を使って噛み切ったり、舌や頬の筋肉を使って種を吐き出したりする訓練が必要。
あるいは、手指が動くようになった子どもにも、自分の手を使わせずに、食べ物を親が口元まで運んで食べさせてやることもある。手やテーブルや部屋が汚れるのを嫌うらしい。しかし子どもは、指でつかんだ感触-軟らかさ・大きさ・滑りやすさなど-を脳に伝え、その情報と口に入った情報-噛みやすさ・固まりやすさ・飲み込みやすさなど-を関連づけて記憶にとどめる。
子どもたちは、そうして1つずつ学習してゆく。親が口にまで運んでしまうと、子どもはその学習機会を奪われることになる。咀嚼能力は、生まれつき備わっているものではない。発育に応じて少しずつ身につけていく能力である。子どもに多くのチャンスを与え、いろいろな能力を身につけさせることが重要だ。それは、子どもだけではなく、大人の「親としての成長」にも相通ずるものがある。
ともに成長していきましょう!
・この原稿は、2019年2月20日に開催された食生活ジャーナリストの会勉強会の取材を元に執筆した。