なぜキツい基本練習をするのか 元日本ハム・小牧雄一が指導する中国プロ野球チーム
2月某日。沖縄県うるま市の石川野球場。
グランドを訪れたとき、北京猛虎隊(北京タイガース)の選手たちは昼食を終え、午後の試合形式の打撃練習を始めるところだった。
「負けたチームはグランド5周!」
小牧雄一コーチが通訳を介して告げる。容赦ない口調に、選手たちからため息とわずかなブーイングが漏れる。どうやら野手を2チームに分け、勝敗を競わせる趣向のようだった。
「じゃあ勝ったらなしですか?」
選手のひとりが問うと、小牧コーチは「ダメ。3周。走るのは一緒」と笑顔ながらも同じく容赦ない言葉を投げかける。ただ選手たちも笑顔で、良い意味で遊びを持ち込んでいることがわかる、おだやかな空気だ。
練習は、キツくはやるけど楽しく。そして基本には忠実に。それは他国での指導歴がある小牧コーチの“秘訣”といって良いだろう。
「言葉の壁がある若い選手相手に、日本でやるのと同じ指導スタイルでは気づかないうちに溝が出来やすいんです。だからこちらが年長のコーチでも、接しやすく感じて貰う必要がある。そのためにはわざと冗談も言うし、フレンドリーさを出していくように心がけるんです。すると相手の方から話しかけてくるようになるんですよ」
北京タイガースは、昨季、プロリーグが再開した中国プロ野球連盟(CNBL)のチームのひとつ。昨季は優勝し、2000年代に行なわれていた時代にも国際大会に多くの選手を輩出してきた名門といえる。
小牧さんは52歳。日本ハムファイターズ、西武ライオンズで捕手としてプレーし、引退後はコーチで独立リーグ含め、いくつものチームで若い選手の指導にあたってきた。2012年、伊東勤(現中日ヘッドコーチ)が韓国の斗山ベアーズでヘッドコーチに就任した際は、その片腕としてブルペンコーチを担い彼の地の選手を指導した。一昨年から1年半は、日本のプロ野球OBクラブからの仲介により上海でジュニアを中心に野球普及と指導で中国に渡ってもいた。そうした経験を買われ、北京タイガースの岡田忠雄GMから誘われ、指導することになったのだった。ちなみに投手部門は元阪神でプレーした経験を持つ山崎一玄さんだ。
「コロナウイルスへの不安、残してきた家族たち」
それにしても気になったのは、選手たちの心のうちだった。他ならぬ中国は新型コロナウイルスで国が混沌とした事態。北京が本拠地の北京タイガースは1月下旬から沖縄でキャンプを張る中、母国での感染が一気に拡大した。選手たちも発症の武漢から離れた北京とはいえ残してきた家族たちが心配だろうに。
小牧コーチは言う。
「内心は計りかねますが、表向き練習しているときは明るくやってます。ただ練習以外の時間は、ホテルでSNSを使って北京に残している家族や友人と密にやりとりしているようです。そりゃ心配で堪らないでしょうね」
小牧さんが沖縄に入りチームに合流したのは1月28日のこと。その時点でコロナウイルスのことは「それほど気にはしなかったし、まさかこんな事態にまでなるとも思わなかった」という。
しかし練習が進むにつれ、中国からは芳しくない情報ばかりが届くようになった。
挙げ句、帰国のための航空機は減便となり、チームの選手や関係者たちの席を確保することも困難になってしまった。
「そのため2月25日に帰国予定が、28日に変わり、それもなくなりと、二転三転しているんです」
また帰っても14日間の隔離を義務づけられている。
「隔離といっても選手らが住んでいる大学の寮があり、そこでの足止めと聞いています。キャンパス内には食堂など施設も完備していますが、部屋で待機する選手らは毎食を弁当でしのぐらしい」
小牧さんも北京入りすれば、14日間の隔離を受け入れ、それから練習再開となる。だがそれも想定通り進むかどうか。
とはいえ小牧さんはさほど悲観的ではなかった。沖縄キャンプでのおよそ1ヶ月で、確かな手応えを選手たちから感じたからだ。
「それ以前の中国選手といえば、日本の高校野球に毛の生えたようなもの、というイメージがありました。実際、選手もかつては他の競技でレギュラークラスになれなかった子供を集めて野球をさせていた時期もあったと聞きます。しかし最近は野球への関心も高まり、志願する選手も増えた。この1ヶ月でも、守備力が上がってきたと思います。伸びしろは、まだまだありますよ」
伸びしろ。その一番を問うと、小牧さんは「考え方」を挙げた。
「たとえば、なぜグランド5周走らされるのか。練習では罰ゲームのようにさせていますが、僕の考えは“あえてキツいこともしなくちゃいけない”という意識付けなんです」
プロは、いやプロほど基本練習を大事にする。年間通しての身体を作るため、より高い技術を身につける土台作りとして。理由はほかにもあるが、いずれにせよ「基本練習の大事さ」が、日本ハム、西武でプレーしてきた小牧さんの考え方の底流にある。だが基本練習ほど地味で辛さが伴う場合が多い。その点、日本の選手は中学、高校から基本の重要性を叩き込まれているから、嫌でもするだろう。しかし意識として「基本の大事さ」が身についていない中国の選手の場合、その「大事だという意識そのもの」から植え付けていく必要がある。
なぜキツい練習をするのか。それは下半身なり強靱な身体を作るため。
なぜキャッチボールで相手の胸に投げる必要があるのか。それは相手が捕球後、すぐ次の送球動作に移れるようにしてあげるため。
なぜ練習最初のウォームアップが必要なのか。それは練習時にケガをしないよう、筋肉を十分にほぐしておく必要があるため。
等々。
「投げる、打つ、走るという基本技は出来ても、いわば野球をまだ知らない選手が多いというのが僕の実感です。それは試合中のプレーにしても同じ。どのような場面なら走っていいか、自重すべきかといった部分も、まだ理解できていない選手が多い」
でも、と小牧さんは言う。
「逆にそうした意識の面だけでも変わっていけば、ずいぶんとプレーに反映され、上達していくと思うんです。実際、1ヶ月でも意識が変わり、目に見えて成長した選手もいます。だから楽しみが多いんです」
「伸びしろは大きく、楽しみな選手も多い」
幸い、主力の中には日本の高校で野球をやった選手が数人いる。
「彼らは僕が言う考えてプレーしろという意味を少しは理解している。また日本語も出来るので通訳がわりとなって他の選手たちに伝える役目も果たしてくれる」
現在、中国野球にはMLBが業務提携という形で関わり、コーチの派遣や選手をマイナーに招聘するなど交流をもっている。それを否定はしないし、実際に成果も挙げていると思う。だが一方で「指導して貰うなら、同じアジアの日本人コーチがいい」という声も、中国の選手たちから耳にしたことがある。
「MLBの映像も見ますから、中国の選手たちはメジャー志向というかパワー重視の野球傾向なんですね。僕もそれを否定はしません。ただそこに、しっかりした意識付けが加われば、より成長していくと思うんです。いずれにせよ、彼らの伸びしろはいくらでもありますよ」
その手助けのためにもまずは現地、北京への入国だ。
小牧さんが心おきなく、選手らとグランドに立てる日が、少しでも早く来ることを願う。
追記。
北京タイガースの選手、関係者は急遽、2月22日に帰国便を確保し帰国の途に就いた。そして14日間の隔離も終わり、寮内で素振りなど練習も再開したという。小牧さんはチームからの招請状を待ち、届き次第、ビザの発行手続を進め北京に渡る予定だ。
【写真=筆者撮影】