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全勝でB級1組への昇級決定。藤井聡太二冠の今期を振り返る

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
画像作成:筆者

 第79期名人戦・順位戦は、各クラスで最終戦を残すのみとなっている。

 B級2組では藤井聡太二冠(18)が9戦全勝でB級1組への昇級を決めた。

 藤井二冠は11日に行われた朝日杯将棋オープン戦でも優勝を果たすなど、現在14連勝中だ。

 ここでは全勝で昇級を決めた今期順位戦を振り返る。

カギとなる一戦

 初戦は前期C級1組から共に昇級した佐々木勇気七段(26)との対戦。佐々木七段も現時点で昇級を決めており、結果的には昇級争いの大一番だった。

 佐々木七段の先手番で角換わりに進んだ本局、藤井二冠は後手番ながら自玉周辺から仕掛ける積極的な策をとる。

 佐々木七段も真っ向から迎え撃ち、形勢互角のまま終盤戦へなだれ込んだ。

 佐々木七段の一瞬のスキをとらえた藤井二冠。ギリギリの終盤戦だったが、正確な読みで追い詰めていき、最後は長手数の詰みに討ち取った。

 今回の記事を執筆するにあたり全9戦を将棋AIで解析したところ、9戦通じて藤井二冠が大きく不利になった瞬間はなかった。

 その中でも本局が最も競った将棋だったが、後手番にもかかわらず藤井二冠がリードを許す場面はなかった。

A級経験者との連戦

 2回戦からはA級経験者との戦いが続いた。

 2回戦は橋本崇載八段(37)との対戦。序盤から主導権を握ってリードを奪い、圧勝といえる内容だった。橋本八段はこの数カ月後に休場を発表しており、本調子ではなかったかもしれない。

 3回戦は鈴木大介九段(46)との対戦。相手の四間飛車に穴熊で対抗した。

 積極的な仕掛けでリードを奪うと、堅さを頼りにジックリと迫っていく。

 豪快な振り飛車で知られる鈴木九段に力を出させず圧倒した。

 4回戦は谷川浩司九段(58)との対戦。永世名人との順位戦ということで注目が集まった。

 谷川九段が先手番で得意の角換わりを採用し、藤井二冠は相手の仕掛けを封じる待機策に。駒がぶつかったところで優位を築き、リードを広げて勝ちきった。

 厳しい相手との対戦が続いたが、リードを奪ってからの安定感が光っていた。

全勝での折返し

 抜け番の5回戦を経て、6回戦は村山慈明七段(36)との対戦だった。

 研究家で知られる村山七段だけに、その作戦に注目が集まった。

 以前、藤井二冠は村山七段に緻密な研究でリードを奪われて完敗を喫したことがある。

 ただその時と違って本局は先手番なので、研究で負かされるリスクが小さい。

 後手番の村山七段は横歩取りに誘導した。研究が生きる戦型ではあるが、後手がリードを奪うためには少し無理をする必要がある。

 実際、村山七段は趣向をこらしたものの、優位を得るには至らなかった。

 均衡のとれた戦いが続いたが、先に抜け出したのは藤井二冠。

 最後は自玉が詰む前に村山七段が潔く投了した。

 これでスタートの5戦を全勝で終えた。

 強敵との対戦ばかりで、ここまで4勝1敗なら御の字、2~3敗を喫する可能性もあるかとみていたが、筆者の予想を超える結果と内容だった。

そして昇級へ 

 7回戦は北浜健介八段(45)との対戦。相手の中飛車に急戦を仕掛けて早い段階でリードを奪い、少しずつそのリードを拡大して勝ちきった。

 8回戦は野月浩貴八段(47)との対戦。力戦形となり、互いに時間を使う消耗戦になった。押したり引いたりの展開が続いたが、最後は相手に無理攻めを強要してその攻めを完封して勝利した。

 9回戦は2敗で追う中村修九段(58)との直接対決に。

 相居飛車の力戦から先攻される展開になったが、相手の攻めをかわして好機に反撃を決めてリードを奪うと、終盤は巧みな攻めで中村九段得意の受けを突破して寄せきった。

 10回戦は窪田義行七段(48)との対戦。結果的に昇級を決める一戦となった。

 相手得意の振り飛車に穴熊を目指すが、相手の動きをみて急戦に切り替えた作戦が秀逸だった。駒がぶつかったところでペースを握り、リードを広げて押し切った。

 B級2組は実力者揃いで、勝つための策に長けている棋士が多い。

 この4戦は全員が対藤井戦に照準を合わせた策をぶつけてきたが、それを跳ね除けた。

竜王戦もスタート

 藤井二冠が勝った9戦中、相手玉を詰まして勝ったのは2戦のみ。

 あとの7戦は、差がついて自玉が詰む前に相手が諦めて投了している。

 序盤で作戦負けをすることなく、中盤で少しずつ差をつけていき、終盤では一手以上の差をつけて勝つ将棋ばかりだ。

 これが順位戦で通算38勝1敗たるゆえんだろう。恐ろしいまでの安定感だ。

 B級1組は「鬼の住処」と称されるほど厳しいクラスだが、この安定感をみると昇級争いに加わることは間違いない。

 むしろ順位戦での連勝(現在20連勝中)がどこまで伸びるのか、そちらに期待がかかりそうだ。

 そして、名人戦と並ぶビッグタイトルである竜王戦では各組ランキング戦が進行中だ。

 藤井二冠は明日(18日)、2組準々決勝で広瀬章人八段(34)と対戦する。決勝T進出へ向けて難敵を迎える。

 この対局は各種メディアで中継される。

 筆者はABEMA将棋チャンネルで解説を担当するので、ぜひご覧いただきたい。

 藤井二冠は高校を退学して将棋へ専念することを発表した。

 いまの藤井二冠にとって一番大切なことは、将棋の実力を上げることだ。

 すぐに結果がみえるものではないが、少し時間が経った後にこの決断が間違いではなかったことが証明されるだろう。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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