イ・ボミやアン・シネの”神対応”から見える意識と教育の差…日韓女子プロ、ファンサービスの違い
今日から開幕する女子ゴルフツアーの大東建託いい部屋ネットレディス。今大会にアン・シネが出場するということで、またもや注目を浴びている彼女だが、以前からかなり気になっていることがあった。
それは韓国女子選手のファンサービスが徹底していることだ。
アン・シネの日本ツアー初戦となったワールドレディスチャンピオンシップサロンパスカップの初日、ホールアウト後に約40分間、約500人にサインする“神対応”に関係者やギャラリーは度肝を抜かれたが、そのスタンスは今でも変わらない。
アン・シネだけではない。イ・ボミがギャラリーの長蛇の列に嫌な顔ひとつせず、丁寧にサインする姿は今まで何度も見てきた。
最近、イ・ボミは「スケジュールがタイトになってきて、来日当初よりもあまりサインができていない」と嘆いているが、かつては約300人にサインをしたこともある。
今年から日本ツアーに参戦し、さらにサマンサタバサガールズコレクションレディースとセンチュリー21レディスで2週連続2位となり、来季シードをほぼ確定させた“8頭身美女”のユン・チェヨン。
最近は成績とともに注目度が高まり、人気もうなぎのぼり。アン・シネやイ・ボミほどの行列ではないが、固定ファンが増えており、サインをする機会が増えているという。
ユンの行動で驚いたのは、ホールアウト後、歩いているところに多くのギャラリーに声をかけられると、その場ですんなりサインに応じていたことだ。
試合後は疲れていたり、成績が悪くて気分が乗らず、サインを待つギャラリーへの対応をしない選手がいるのも事実。
ただ、そうした自分の感情とは関係なく、韓国選手はいつでもギャラリーへの対応ができていると感じる。
日本女子ツアーの現場で、こうした韓国選手のファンサービスが目立ち、話題になるのは全体的に日本選手の対応に物足りなさがあるからではないだろうか。
韓国ツアーでは2ショットもOK
ではなぜ韓国女子選手は、ファンサービスに積極的なのか。
数人の女子プロに答えを求めたところ、「こうしたファンサービスは韓国ツアーでは当然のこと」という返事が返ってきた。
以前、イ・ボミからこんな話を聞いたことがある。
「日本ではクラブハウス前でビシっと並んでサインを待っていますが、韓国ツアーではギャラリーが選手に寄っていきサインを求めたり、一緒に写真を撮ったりします。それには必ず応じます。ほかの選手もみんなやっているんですよ」
つまり、試合後のファンサービスは、韓国選手の頭の中には「やって当たり前」という意識がある。
韓国女子ツアーでは、ギャラリーのサインや写真撮影を選手が断ることはほとんどない。去年7月、韓国女子ツアーのBMW女子選手権の取材に行った際にも、ギャラリーがホールアウトした選手に次々に声をかけていた。
驚いたのはスマホ片手に2ショット写真を求めるギャラリーが、あちらこちらにいること。試合後にも関わらず、選手は嫌な顔ひとつせず、笑顔で丁寧に応じていた。断る選手が誰一人としていなかったことに正直、驚いた。
韓国のゴルフ担当記者が「対応が悪い選手はすぐにネットで叩かれる」とは言っていたが、ギャラリーにも「選手は必ず対応してくれる」という意識が刷り込まれているようだった。
日本ツアーでは、サインをしようとクラブハウス前に出てきた選手めがけて走り出す人をよく見かけるが、そうした人がほとんどいなかったのも不思議な光景だった。
韓国でも人気のイ・ボミにもギャラリーが殺到していたが、サインの要求にすべて応えることは難しいため、人数を限定してサインに応じていた。
日本ツアーではギャラリーがたくさん詰めかける土、日は、イ・ボミにサインを求める人々が押し寄せて、時に混乱を招いているのを何度も目撃している。
韓国で大きな混乱にならないのは、選手がファン対応を怠らないと一般的に認知されているからだ。
一方、日本ツアーでは、試合後にスマホで選手と2ショット写真を撮るなど、夢のまた夢。日本で韓国のようなギャラリー対応が根付くには、選手の意識が大きく変わらない限り、難しいだろう。
選手全員が大会スポンサーに手紙
日本女子ツアーで試合に出場する度に必ず話題になるアン・シネ。彼女に“プロ意識”について聞いたときのことだ。
「私はプロゴルファーですが、自分一人だけのためにとか、両親だけに喜んでもらうためにプレーしているわけではありません。スポンサー、ギャラリー、そして韓国女子プロゴルフ協会(KLPGA)というのも常に意識しています。日本でプレーするときは、国を代表し、協会を代表し、自分のスポンサーを代表しているわけです。するとマナーやいろんな知識が必要になってきます。韓国の選手たちは最近、英語、日本語、中国語を一生懸命に勉強します。韓国の女子プロゴルファーは、世界のツアーでグローバルに活躍する選手だと、協会が教育するんです」
KLPGAでは近年、選手たちへの教育が徹底されており、それが浸透してきていいるとアン・シネは教えてくれた。
スポンサーやファンがいて、自分たちがプロゴルファーとしていられる――その意識が高まっているのだという。
そこでKLPGA広報のキム・ウィジュ氏に、実際に韓国ツアーではどのような教育を施しているのか聞いてみた。
「定期的にセミナーを開いてマナーやエチケットを学ぶ場を設けています。特にスポンサー対応の教育に力を入れています」
そのなかでも驚いたのが「試合に出場したすべての選手が、大会主催のスポンサーに直筆で感謝の手紙を書いている」という話だった。
これは2014年から始めたプロジェクトだそうで、「選手たちは誠実に手紙を書いて残していきます。スポンサーにはすごく好評なんです。これがとても喜ばれています。スポンサーの満足度を高める施策が、近年、韓国女子ツアーの人気につながっているのだと思います」(ウィジュ氏)。
スポンサーやファンあってのツアー
最近、日本ツアーで、韓国選手がスポンサーへの気配りを大切にしていることを知るシーンに遭遇した。
アン・シネがサマンサタバサガールズコレクションレディースで初めてプロアマ戦に出たとき、「一緒に回った方とうまく日本語で会話ができず、しっかりレッスンできなかったのがすごく残念です」と話していた。
リップサービスにも聞こえるが、決してそうではない。彼女の姿勢がよく見える言葉だ。
アン・シネは韓国ツアーのプロアマでも、アマチュアにレッスンをしながらコミュニケーションを取り、スポンサーの満足度を高めているという。その光景が目に浮かぶようだった。
もちろん、日本の選手にもプロ意識の高い選手はいる。特に原江里菜は、プロアマでの熱心なコミュニケーションがとても好評だとよく耳にする。
それに、日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)が選手教育を何もしてないのかと言えば、そうではない。年に1回、1、2年目の新人会員と、TPD単年登録希望者を対象に都内で3日間、セミナーを開催している。
メディア対応や倫理規定、トーナメントの仕組みやルール、言葉使いやレセプションでのマナーなど、講義内容は多岐にわたる。何度か取材に行ったことがあるが、充実した内容に新人選手たちは「たくさんのことを学んだ」と満足して帰っていく。
ただ、学んだことを現場でどれくらい実践できるのかは、選手の意識の差によるところが大きい。
アン・シネは「私がいまこうしていられるのは、周囲の人たちがゴルフというスポーツを盛り上げてくれたから。だから感謝の気持ちをいろんな形で伝えるのです」と話していた。
スポンサーやファンがいてこそ、自分が存在するという意味だ。韓国選手のギャラリーへの“神対応”がこれからも注目されるのであれば、多くの日本人選手がそこから学ぶべきものはたくさんあるのではないだろうか。