たった5年で食品ロス25%も削減 デンマーク王室をも動かしたある女性の怒りとパワー
2019年5月24日、日本で、ついに「食品ロス削減推進法」が成立した。
この分野で先進国であるヨーロッパを見渡してみると、2008年からデンマークの食品ロス問題に取り組み、デンマーク政府や王室をも動かし、国連やFAOなど国際機関と共に食品ロス削減に尽力してきた一人の女性がいる。名前はセリーナ・ユール(Selina Juul)。「自分自身のプライベートな人生はない」とまで言い切り、食品ロス削減に圧倒的なエネルギーをささげる彼女は、どのように考え、行動し、成功をおさめてきたのか。
最初はFacebookグループがきっかけだった
ー政府や企業を、お一人で、どうやって巻き込んでいったのでしょう?そのエネルギーは?
Selina Juul(セリーナ・ユール、以下、セリーナ):11年前(2008年)の8月に、食品ロスを減らす運動を始めたんです。最初はFacebook(フェイスブック)のグループを作ることからでした。このロゴ(セリーナが着ているエプロンの真ん中にある、四角い黒いロゴ)を自分で作って。
今では世界的に有名なロゴになりましたけれども、実は10分で作ったんです。
始めて2週間でメディア登場、環境省の大臣から政府との協働を依頼される
セリーナ:Facebookグループで活動を始めてから2週間で話題になり、全国メディアで運動が取り上げられました。まず、スーパーにアプローチしました。デンマークの大型スーパー「REMA(レーマ)1000」に、家庭で無駄になりやすいまとめ売りを止めるよう、勧めたんです。
活動を始めて3カ月経った頃、「REMA1000」から連絡がありました。彼らは「3つ買ったら2つ選んでいい」といった、大量のまとめ買いを促すようなキャンペーンはやめた、と私に伝えてきました。
国民によく知られる大手スーパーが食品ロス削減に動いてくれたことは大きかった。この成果を受けて、運動は、デンマーク全体へと拡大していった。デンマークのメディアだけでなく、ドイツやグリーンランドのメディアもセリーナの活動を取り上げた。
セリーナ:翌年2009年に、環境省の大臣から電話がかかってきました。食品ロス問題に関心を持ってくれて、「政府と協働しないか?」と声をかけられたんです。それ以来、ずっと、デンマーク政府とも協働体制にあります。
生産現場で規格外になったものを産業界で売る
セリーナ:スーパーなどの小売だけではなく、生産現場でも、食品ロスを防ぐお手伝いをしてきました。
2018年、デンマークで最大のトマト生産者の方から相談がありました。売ることができない、醜い形状のトマトやキュウリの処置に困っていたんです。
食品ロスの削減に賛同している、デンマークで大きな販売力のあるスーパーに声をかけたら、興味を持ってくれて。この食品ロスのロゴ(Stop Wasting Food)を使って、そのスーパーで、醜い形状の野菜を売ることができました。食べられるのに捨てられていたかもしれないトマトが75トンも救われました。そのトマトから、ケチャップも作ったんです。
参考記事(2018年9月18日)
Danish producer saves 75 tonnes of 'ugly' tomatoes (The Local dk)
今まで売れなかった物も販売できて、お金を稼ぐことができる。消費者は、安い製品が手に入り、食品ロスも防げる。みんながWin-Winの関係になれます。
なぜ食品ロス問題に取り組み、ここまでのめり込んだのか?
彼女の圧倒的なパワーの源はどこにあるのか。セリーナは、2012年に登壇したTEDxで、「怒り」が自分の発奮材料であること、自分は「怒れる消費者」であることを述べている(8分9秒のスピーチのうち、4分30秒あたりで)。
BBCの取材に対し、デンマークのスーパーDagforaのコミュニケーション責任者、Maria Noel(マリア・ノエル)氏は、セリーナを評して「crazy(クレイジー)」という言葉をポジティブな意味で使い、「セリーナは、デンマーク人の考え方を変えた」と語っている(1分20秒〜35秒あたりで)。
セリーナ:私はロシアのモスクワで生まれました。共産主義の終焉(しゅうえん)を見てきたわけです。スーパーマーケットの棚が空っぽになる、ということも目にしてきました。食べ物の価値を十分にわかっていたつもりです。ところが、13歳のときにデンマークに来てみたら、いろいろな場所で食品が廃棄されている。それを見て、非常にショックを受けました。そのことが、食品ロス問題に取り組む大きな原動力になっています。
なぜ食べ物を無駄にしてはいけないのでしょう?大きな視野で見る必要があります。食べ物は、世界平和を実現するツールです。食べ物は、すべての人が得られる権利です。でも、現実には、多くの人が空腹で十分な食料がないため、多くの紛争が起こっています。世界中でロスになって無駄にしている食べ物で、地球上の30億人を養うことができます。これは、世界の流通と物流の問題です。食品ロスを解決できれば、世界平和を実現する一つの鍵になります。多くの紛争がなくなり、世界の飢餓問題がなくなります。
国際機関「セリーナは食品ロスに関する専門家の世界のトップ10」
セリーナ:このプロジェクトが大きな成功をおさめていますので、EUや国連でも「お互いに協働しよう」という話があり、今では協働体制を取っています。EUには「食品ロスプラットフォーム」というものがあり、そこにはEUの20カ国や30の機関が参加しています。国連のサスティナブルゴール、持続可能な開発目標(注:SDGsのこと)とも協働しています。彼らは「食品ロスに関する専門家の世界のトップ10にセリーナが入っている」と話しています。
食品ロス削減を成功させるためのポイントは?
非常にパワフルに、デンマークだけではなく、世界各国で食品ロス削減を訴え、まい進するセリーナ。食品ロスという問題を広く認知してもらうための心構えや、運動成功のための秘訣はあるのだろうか。
アプローチはポジティブ(前向き)に
セリーナ:NGOは、一般的に、大組織や政府を攻撃したりします。でも、私たちはそうではなく、大組織と協働するポジティブな(前向きな)姿勢を取っています。そのポジティブさゆえに、他の団体や機関が、私たちを歓迎し、協働してくれるわけです。
このStop Wasting Foodの動きを日本でしたいと思ったら、重要なことは、消費者を巻き込んで、どのように食品ロスをなくせるかという提案をポジティブにするべきです。
問題を身近なものに分解して提示し、最終的には消費者を巻き込む
セリーナ:私たちの活動は、本の発行、学校での啓発、教育活動、余剰食品の必要なところへの寄付、EUや政府との協働、一般の人たちへのキャンペーンなどがあります。私たちの団体は、草の根のボトムアップの機関です。食品ロス問題が一番発生している源は、消費者なんです。日本でも同じ状況のはずです。
人々は、気候変動に関心があります。でも、具体的にどうしたらいいかがわからない。問題が大きすぎると感じるからです。
でも「食品ロスの問題」というふうに、問題を小さく分解して具体的に提示すると、食品ロスはお金に関わることですし、身近な単語で言い表せて、わかりやすくすることができます。問題のキーポイントは「食べ物とお金と環境」ということです。
消費者が関心を持てば、ムーブメントにつながる
ー日本の消費者にそのことを伝えたいと思い、私も食品ロスに関する著書の中で、食品ロスを減らしてお金を得するたくさんのヒントを入れてみました。このようなアプローチについて、どう思いますか?
セリーナ:非常にいいアプローチだと思います。私が最初に出した本でも「食品ロスを減らすことで、年間900~1,000ユーロが削減できた」というように、食品ロスを減らすと手元に残るお金が増える、と書いているんです。
東京オリンピックは2020年ですよね?食品ロスについて、日本でも、かなり関心が高まって、いろいろ言われるようになってきているわけですよね?
ーはい、そうです。2019年5月24日に「食品ロス削減推進法」という法律ができました。
セリーナ:繰り返しになりますが、この機運を大きくしたいのでしたら、消費者にフォーカスする(ターゲットを絞る)ことが重要です。これは、必ずボトムアップのムーブメントになるからです。消費者が関心を持てば、それが、産業界・政治家・スーパーマーケットなどに影響を与えていくようになります。
デンマークでは、クリスマスやイースターは、食品ロスの発生が非常に多い時期です。お祭りごとがあると、食品ロスが多く発生します。その時期に、私たちは、食品ロス削減を啓発するキャンペーンをしています。
啓発者として自分自身を向上させることも大切
セリーナ:自分自身を教育することも非常に重要です。2008年に活動し始めてからこの11年間に、食品ロスに関する論文やリポートを404件、読んできました。なぜなら、自分の専門分野である「食品ロス」でトップの専門家になる必要があるからです。世界で食品ロス問題に関して、何が行われているかということを知り、自分自身をアップデート(向上)させていかなくてはなりません。自分自身のプライベートな人生はありません。この「Stop Wasting Food」の活動がすべてを占めています。でも、結果も見えてきています。この6年間に、デンマークでは、1万4,000トンの食品ロスが削減されました。
(セリーナは、TEDxのスピーチでも、過去5年間にデンマーク全体の食品ロスを25%削減したと語っている。:下記17分56秒のうち、2分13秒〜2分22秒あたりで)
セリーナ:今では「食品ロス」は、スーパーや、社員食堂、レストランで、その組織の成功度合いを示すパラメーター(評価軸)として採用されるぐらい、一般の人たちの関心も高くなっています。
11年前、食品ロスに関して話をする人は誰もいませんでした。でも、今では、みんながその話をしています。
食品ロスの「3つの3」
食品ロスに関して「3つの3」というのがキーワードです。
1つめの3は、地球の3分の1のCO2(二酸化炭素)の排出が、食品生産の過程で発生しています(国連の調査による)。
2つめの3は、そうやって生産された食品のうち、3分の1が捨てられています。
3つめの3は、「気候変動を防ぐためにできる10のこと」のナンバー3が「食品ロスをなくす」ということです(Project Drawdownの調査結果による)。
こうしてみると、食品ロスを減らすことがいかに重要なテーマかということがわかります。デンマークが、とても小さい国(人口578万人、2018年デンマーク統計局による)ということも、成功要因の一つだったと思います。みんなも節約したいと思っている。
ただ、食品ロスを減らすのは、簡単なことではありません。ハードワークを伴うものです。11年間、活動をしていて、初めの8年は無給だったんです。
ここ3年間は、多くの基金などを得て、収入を得られるようになりました。私はグラフィックデザイナーでもありますので、夜にグラフィックデザインの仕事をして、昼間はこの食品ロスを減らす活動をしていたんです。
長距離を飛行機で移動するのは持続可能なことではないですが、1カ月に7回、世界の様々な所へ行っています。つい最近は、米国のニューヨークへ行って講演しました。他にも国際会議などで講演をしています。
次なる目標は「賞味期限過ぎても大丈夫」の浸透
セリーナ:日本での次の目標は何ですか?
ー賞味期限の誤解を解くことです。
セリーナ:デンマークの活動団体「Too Good to Go」と私たちは、「賞味期限の後でも(食べて)いいんです」というキャンペーンをやりました。
デンマークでも、消費者は、賞味期限と消費期限を混同していることが多いです。賞味期限が過ぎると、すぐに捨ててしまいます。日本の著名なシェフの方に協力してもらうことはできないんでしょうか。
ーそういう選択肢もありますね。
セリーナ:日本でどういう状況かは分からないんですが、デンマークでは、女王様の息子の奥さんが関心を持つぐらい、「食品ロス」は、大きなテーマになっています。そのような著名人が取り組む一方で、たとえば身近な企業の社員食堂も、食品ロスの問題に関心があります。非常に大量の食品ロスが発生していて、削減することによって、売り上げが上がるからなんです。国全体、みんなの関心ごとになっている事柄なんです。
ー日本では、食品安全を気にするので、全国的にやりにくいんですけれども、どういうふうにしたらいいと思いますか?
セリーナ:私たちは、食品庁と協働しました。貧しい方々へ余剰食料を配給する場合、賞味期限が近い物はお渡ししても、過ぎた物はお渡ししていないんです。それは食の安全を確保するためなんです。お金のない方やホームレスの方々が、ごみ箱からご飯をあさることがありますけれども、私たちはそれに反対です。捨てられてしまったら、もうそれは「捨てられた物」。私たちが目指しているのは、捨てられる前に、それを活用したり、捨てられること自体なくなることです。
政治家と協働する際には、政党に偏らないということが非常に重要です。
今回、デンマークでは政権が代わったんですが、問題ないわけです。デンマークの政党で、食品ロスに関心がない政党というのはないんです。どこも関心があるわけです。それに関しては語らない政党もあります。発言をしないというか、その党の姿勢を見せない。デンマーク人民党。そういう政党もありますけれども、いつか彼らも巻き込むようになるでしょう。
2030年までに日本は政府が食品ロスを削減するという目標を立てたわけですよね。もしそれが達成できなかったら、どうなっちゃうんでしょうか?
ー日本は2000年度と比べているんです。今でこそ食品ロスがすごく注目されてきて減ってきているんだけれども、もっと多かった時と比べているというやり方です。
セリーナ:じゃあ、恐らく達成できそうということですね。
ーはい。日本はリスクを取らないですから。
セリーナ:大丈夫そうな目標しか立てていないということですね。
ーそうです。
セリーナ:それで、はたして効果があるんでしょうか?EUでは、2020年に各国が食品ロスの査定をしなければならなくなります。各国政府が自国の食品ロスの量を測るということで、「義務」ではなく、「目標」が立ちました。問題は、義務ではないということ。もう一つは、測定法が国によってまちまちで統一されていないので、収集されたデータは国ごとに比べることができません。日本では、査定は義務になったんでしょうか?
ー義務にはなっていないです。
セリーナ:それだと何も達せられないですね。もしからしたら達成するかもしれない、もしかしたらしないかもしれないということになっちゃうわけですね。いろいろ難しいこともあると思いますが、ぜひ、日本でも食品ロス対策が進むことを祈っています。
取材を終えて
セリーナは、自身が精力的に働くと同時に、さまざまなチャンスと人との出逢いに恵まれ、デンマークでの食品ロス削減に成功してきた。一方、セリーナと協働してきた仲間によれば、デンマークの法律では、廃棄した方が税金が安く済むため、スーパーマーケットでの廃棄は依然として多いという。
食品ロスを減らすのに王道はない。どんな国にも障壁があり、粘り強く、地道に活動を続けることで、扉が開く。
謝辞
取材に際し、デンマーク語を日本語へ通訳して下さった、ウィンザー庸子氏と、団体の概要を調べて下さった本多将大氏に深く感謝申し上げます。
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