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タバコはれっきとした「薬物」である

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 福島県郡山市の品川萬里市長が「タバコは嗜好品ではなく『薬物』」と発言し、JT(日本たばこ産業)などが発言の撤回を求めた意見書を提出して議論になっている。市長という立場から公的な発言とされ、地元の葉タバコ農家やタバコ販売業者などへの配慮から批判の声もあるが、市長は医学的な見地からの発言で謝罪を否定しているようだ。

ニコチンという薬物

 禁煙外来という医療機関がある。タバコを止めたいという意志のある喫煙者に対し、3割負担で禁煙治療の保険診療が可能となる病院や診療所だ。保険適用されていることで、喫煙習慣が「病気」と考えられていることがわかるだろう。

 なぜ喫煙が病気と考えられているかといえば、喫煙した結果、肺がんや心臓病などにかかるリスクが高まることもあるが、ニコチンの持つ強い依存性によるところが大きい。つまり、喫煙というのはニコチン依存症(Nicotine Dependence)という病気なのだ。

 タバコに含まれるニコチンは、呼吸器から数秒で脳へ到達し、いわゆるガツンという刺激を与える。生まれて初めての喫煙で頭がクラクラしたり気分が悪くなったりするが、喫煙を繰り返すうちにニコチン依存が急速に進んで止められなくなる(※1)。

 ニコチンの依存度の強さはコカイン並だが(※2)、喫煙を繰り返すことで嗜癖(Addiction)という精神的心理的な行動習慣を繰り返す障害にもなる。ニコチンは明らかに薬物依存症(Substance Dependence)を引き起こす薬物であり、タバコこそ喫煙者にニコチンを供給するための実体そのものであることはいうまでもない。

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タバコ(Tobacco)やその他の薬物を依存性(Dependence)と身体的な有害性(Physical Harm)で比較した図。タバコは大麻(Cannabis)やLSDより依存性や身体的な有害性が強く、依存性はコカイン(Cocaine)よりやや下程度だ。Via:David Nutt, et al., "Development of a rational scale to assess the harm of drugs of potential misuse." The LANCET, 2007

 ニコチン依存という薬物依存症の喫煙者を増やし続けるというのが、タバコ会社のビジネスモデルだ。ニコチンをなるべく早く脳へ到達させたり依存性を高めることを目的に、タバコ会社はこれまでも製品開発を倦まず弛まず行ってきた。ニコチン量はほぼ変わらない加熱式タバコも例外ではない。

 だからこそ、郡山市長が「タバコは薬物」と発言したことに対し、JTなどが激しく噛みついてきたのだろう。薬物依存症の患者を増やし続けるというタバコ会社のビジネスモデルが白日の下にさらされれば、自らの悪行が知れ渡り、今後のビジネスにも支障をきたしかねないというわけだ。

 前述した通り、タバコはニコチンという薬物を含む依存性の強い製品である。ニコチンが入っていないタバコなどあり得ないのだから、言葉の正確性を考えても郡山市長の発言に間違いはない。

不当な圧力の背景とは

 ところで、日本禁煙学会(Japan Society for Tobacco Control)は2018年7月7日、毎日新聞社の代表取締役宛に「毎日新聞社はJT提供コラム掲載を直ちに中止してください」(2018/07/11アクセス)という声明を発表した。日本も締結しているFCTC(WHOタバコ規制枠組条約)の第13条に直接間接を問わずタバコ使用の奨励を禁止するとあり、毎日新聞のコラム「充実のひととき」がJTの広告によるもので、日本禁煙学会はこれが同条項に抵触すると主張している。

 マスメディアも大広告主・クライアントのタバコ産業に対し、何もいえない状況になっているのだろう。テレビ朝日系の夜の報道番組のスポンサーにJTが入っており、そのせいか、タバコ規制や受動喫煙問題などをこの番組で取り上げることはまずない。

 日本には「たばこ事業法」という他国にはない法律があるが、第1条には「製造たばこの製造及び販売の事業」などを調整し、「我が国たばこ産業の健全な発展を図り」、「財政収入の安定的確保及び国民経済の健全な発展に資する」とこの法律の目的が記されている。

 1985年までの日本はタバコ専売制を採り、タバコの製造販売を国営で行ってきた。たばこ事業法や日本たばこ産業法(JT法)などの一連のタバコ関連法は当時の残滓だが、天下りも含めて民営化した企業に政府が肩入れする根拠であり、タバコ規制法や受動喫煙防止法案がなかなか進まない理由の一つにもなっている。

 一般的に政治家は選挙のため、あえて地元主権者の反感を買うようなことをしないが、地域の葉タバコ農家やタバコ業者などに対しても同じだ。地域主権者の声が目立つようにならない限り、タバコ規制や受動喫煙の防止に積極的に動くことはまずない。

 まっとうなことを正しく発言している市長に対し、不当な圧力をかけるJTなどの背景には、マスメディアを含めたこれら勢力が見え隠れするが、主権者の毅然とした態度こそ重要なのはいうまでもない。

※1:Neal L. Benowitz, "Nicotine Addiction." The New England Journal of Medicine, Vol.362(24), 2295-2303, 2010

※2:David Nutt, et al., "Development of a rational scale to assess the harm of drugs of potential misuse." The LANCET, Vol.369, No.9566, 1047-1053, 2007

※:平成30年7月豪雨緊急災害支援募金(Yahoo!基金) - Yahoo!ネット募金

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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