高ストレス者の割合が高い「議員秘書」 過酷な現場から学ぶ対処法は
第49回衆議院議員選挙が10月19日に公示されました。そこで今回は、国会議員の事務所で働く議員秘書のケースを参考にしながら、通常の職場でも発生するであろう問題について考えてみたいと思います。
まず議員秘書と呼ばれる人たちは、大きく「公設秘書」と「私設秘書」に分けることができます。公設秘書は国家公務員であり、政策担当秘書、第一秘書、第二秘書の3人の公設秘書を採用することができます。政策担当秘書になるためには、国会が年1回実施している「国会議員政策担当秘書資格試験」に合格するか、あるいは一定の条件を満たした上で研修を受けて認定される必要があります。一方、私設秘書は議員が私的に雇用する秘書で、人数には制限はありません。
以前、筆者が議員秘書257名(議員会館勤務155名、地元事務所勤務102名)を対象にストレスチェックテストを実施(2016年3月~2019年8月)した結果、産業医との面談が強く推奨される“高ストレス者”の比率は23.7%でした(舟木彩乃『国会議員秘書のストレスに関する研究』2020:つくばリポジトリ他)
https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/records/55197#/.YXO1dPrP02x
ストレスチェックテストは、高ストレス者が10%程度になるように設計されているため、議員秘書は高ストレス者の割合が高いと言えます。働き方には大いに改善の余地がありそうです。しかも議員秘書の場合は公設・私設を問わず、突然の解雇を言い渡された場合を含め、労働基準法などの保護が及ぶかどうか曖昧な部分があり、また昨今のハラスメント防止や働き方改革の流れに逆行するような事案もよく見かけます。
同時に実施したインタビュー調査では、上司となる国会議員との人間関係や働き方の難しさもわかりました。ケースを二つご紹介しましょう。
◆鈴木さん(仮名、女性30代・第一秘書)のケース
鈴木さんは、大学院で法律関係の修士を取得後、縁あってA議員(衆議院議員・60代男性)の秘書になりました。秘書経験は8年になり、政策の仕事をメインに、国会見学に来る後援会や陳情に来る地方議員への対応も任されていました。人当たりがよく謙虚な性格の彼女は、地元の人からも好かれ人気がありました。A議員も、能力の高い鈴木さんを評価していたようです。
しかし、ある会合で後援会幹部が冗談半分に、「A議員も、鈴木さんのような優秀な後継者がいたら安心だろう」と言ってから、風向きが変わりました。そのころ地元での支持が落ちていたA議員の目は笑っておらず、隣にいた鈴木さんは対応に困ったそうです。彼女は議員になる気持ちは全くなかったのですが、それを境にA議員はやがて彼女を疎ましく思うようになりました。
鈴木さんは一流大学を卒業した才媛でしたが、A議員は彼女より学歴も低く、地方議員からのたたき上げでした。知的な領域では、若い鈴木さんのほうが明らかに上で、地元では「鈴木さんあってのA議員」という雰囲気でした。
その後、A議員から「これからは私が指示したことだけをやるように」と言われ、議員の承諾なしに党職員や他の事務所の秘書と話したり、陳情を受けたりしないよう約束させられました。官僚からのレクチャーの内容を説明しようとしただけで「生意気なんだよ」と怒られることもあり、ついに指示される仕事は身体のマッサージと車の送迎だけになったということです。
心身ともに追い詰められていった鈴木さんですが、A議員に意見できる人は身近におらず、相談できる人はいませんでした。現在、彼女は民間企業への転職を模索しています。
◆吉田さん(仮名、男性50代・第一秘書)のケース
吉田さんは銀行勤務中に政策担当秘書の資格試験に合格し、議員秘書に転身しました。政策担当秘書15年というキャリアの持ち主で、党内でも“政策通”として知られていました。これまで数名の国会議員に付き、現在はB議員(衆議院議員・女性50代)の政策担当秘書となって2年が過ぎようとしています。
B議員は、吉田さんのおかげで、委員会で切れの鋭い質問もできるようになり、党内での評価も上がり、最初のうちはとてもうまくいっていたそうです。しかし、質問前日の打ち合わせ中に、B議員の法案に対する理解がズレていることに気付き、プライドを傷つけないようにやんわりと指摘したところ、否定されたと思ったB議員は土下座に近い謝罪を要求してきました。打ち合わせを途中で打ち切ったB議員は結局、大臣の答弁を書くはずの官僚に質問を作らせ、なんとか委員会を乗り切ったそうです。
その後も同じようなことが続き、吉田さんが何か意見を言うと、B議員は「あんたに聞いてない」などと怒鳴りつけたりしました。次第に本業である政策の仕事をさせてもらえなくなり、お弁当や日用品などを買いに行かされては、思っていたものと違うと言って返品や交換を命じられるという虚しい日々が続きました。吉田さんは現在、他の議員から引き抜きの声がかかっていますが、政治の世界に留まるかどうか検討中です。
◆理不尽な上司の心理的背景と対処法
議員と秘書の関係は、一般的な会社の上司と部下以上に「殿様と家来」のようになっている場合が多く、絶対的な立場となる議員は、よほど自制心がある人物でないと秘書に対して理不尽化してしまう傾向に陥りやすいようです。数名のスタッフしかいない議員事務所では、異動などの解決手段もありません。
ただ、A議員やB議員のようなタイプの上司は、一般企業でも決して珍しくはありません。もしそういう上司に当たった場合、まずはどういう傾向が強い人なのかをしっかり把握しておきましょう。
絶対的な権力を背景に傲慢な態度を取る人は、強烈な“自己愛”の持ち主であり、自分は常に特別な存在であるという特権意識を持っていると言われています。対人関係では、他人への共感力が欠如し、“勝ち負け”でものごとを判断する傾向があるため、部下が自分よりも有能であったり、誰かに認められたりすると激しく嫉妬し、露骨に嫌がらせをしたり、ときには暴力をふるうことさえあります。このような特徴があまりにも強い場合は、「自己愛性パーソナリティ障害」という精神疾患の可能性もあります。
いずれにしても、このような振る舞いをするのは、等身大の自分自身を愛せないという“病理的な自己愛”を根幹に持っているからでしょう。このような上司からは“逃げるが勝ち”とも言えますが、議員事務所のように物理的に逃げることが難しい場合は、コミュニケーションに注意を払うことが重要です。正面衝突を避けながらも言うことは言う、必要以上にへりくだらない、といった姿勢をとることがポイントになります。
具体的には、自分も相手も大切にする表現方法を意識しましょう。絶対的な権力を持つ相手に、いつも必要以上にへりくだっていると、相手がその状態を“当たり前”だと思ってエスカレートしていくことがあるからです。自分の中で、ここまでは聞ける、ここからは断るという境界線をセットしておきましょう。
上司から明らかにおかしな意見が出てきて議論が必要な場合でも、可能であれば少し時間を置いて冷静になってから始めたり、肯定した上で折衷案を提案したりするなどの工夫をするようにしてみてください。
選挙中の候補者は、みな有権者に爽やかな笑顔で手を振っていますが、その裏では秘書やスタッフに対して非人間的な扱いをしているような人もいます。最近では、ハラスメント対策を強化し、議員秘書や党職員の働く環境の改善に取り組んでいる政党もあります。候補者の所属政党が働きやすい職場づくりに取り組んでいるかどうかも、私たちの職場問題解決に意欲的に取り組んでくれそうかどうかの判断材料になるかもしれません。選挙では、そういう点も注意して見ていきたいものです。