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「他者からの評価が心配でたまらない」それ病気かも 実は治療で改善する「社交不安症」とは

舟木彩乃ストレスマネジメント専門家(Ph.D.,ヒューマンケア科学)
(写真:アフロ)

 人前に出たり、社交的な場で他人と交流したりする場面では、よほど慣れた人でない限り、自然な反応として緊張したりあがったりするものです。しかし、「あがる」という状態を超えて、極端に緊張したり、非常に強い不安を感じて日常生活に不便をきたしたりするようになれば、「社交不安症」の可能性があります。

 今回は、困っている人が少なくないといわれる社交不安症についての事例をご紹介します。

会議での発言のとき極度に緊張するAさんのケース

 Aさん(会社員・男性20代後半)は、事務系の部署から3カ月前に企画系の部署に異動となりました。異動前の主な仕事内容はデータ分析や入力など地味な作業で、Aさんの性(しょう)に合っており、上司や人事からも高い評価を得ていました。しかし、企画系の部署に異動してから様子が変わりました。

 毎週金曜日の企画部門全体会議では、担当者が5分程度で進捗状況や企画案を発表することになっており、Aさんはほぼ毎週発表することとなりました。ときには冗談が飛び交う和やかな雰囲気の会議ですが、彼にとっては、自分が発表する時間が地獄のような苦しみです。学生時代にみんなの前での発表で間違ってしまい、教師から「そんな簡単なことが分からないの」と言われて以来、人前で話すことが“恐怖”になり、社会人になってからその傾向がさらに顕著になったそうです。

 人前に立つと誰でも多少の緊張感があります。しかし、Aさんの場合は「あがる」という状態を超えて、頭が真っ白になり、大量の汗をかき、手もブルブルと震えてしまいます。この様子を見た上司は「そのうち慣れてくるから頑張ってね」と励ましてくれましたが、発表を重ねるごとに、慣れるどころか緊張感が強くなっていったそうです。

 Aさんは、会議が終わる度に、失敗を思い出しては恥をかいたと悔やみ、次は失敗できないと自分を追い込んでいきました。資料を徹夜で読み込み、想定問答を一語一句まで作成するという過剰な対策をしましたが、想定外の質問がくるとパニックに陥り、関係のないことを早口で喋り続けていました。結局、“分かりやすく進捗状況の報告をする”という目標から大きく外れ、会議ではAさんの説明が分かりにくいという指摘が増えることになり、ますます悪循環に陥りました。とうとうAさんは人前で発言する日になると激しい胃痛が起こるようになり、会社も休みがちになったということです。

 心配した上司に促されたAさんが健康管理室に相談すると、産業医から心療内科を紹介され、受診すると「社交不安症」の診断名がつきました。社交不安症は、自分は他人から愚かに見えていないかなどという「他者からの評価」が心配でたまらず、ごく身近な人以外とかかわることに強い不安を感じる病気です。発症要因は、体質や育ってきた環境の場合もあれば、人前で恥ずかしい思いをした場合もあります。“恐怖”を感じる場面も、人前で話すのがこわい“スピーチ恐怖”や職場で電話に出られない“電話恐怖”などいろいろです。いずれも根っこには、“失敗したらどうしよう”というネガティブな思い込みがあります。

社交不安症の人に適切な言葉がけとは

 社交不安症になると、人前に立たないで済むような対策を立て、苦手な場面を避けるようになります。周囲からは「おとなしい人」と見られるようになりますが、親しい人の前では強い緊張感はなく、普通に接することができます。本人も身近な人も「病気」であることに気づかず、「性格だから仕方がない」と思い込むことが多いため、社交不安症の受診率は非常に低いといわれています。しかし、社会人になると、初対面の人と話すことやスピーチなどを避け続けるわけにはいきません。次第に、仕事に支障をきたすようになって、症状を自覚するようになります。

 現在、Aさんは社交不安症の治療を受けています。上司は、Aさんと相談した上で、症状が落ち着くまでは会議の発表は別の社員に担当させることにしました。発表の機会がなくなったAさんは、胃痛が治まり会社を休むこともなくなったということです。

 社交不安症は、専門医のもとでの治療によって大きな改善が見込める病気でもあります。治療の第一歩は、ご自身や周囲の人がこの症状を「性格」や「気の持ちよう」で片付けようとせず、「病気」であることを自覚し受け止めることです。もし「自分もそうかもしれない」と思われた方は、専門医に相談してみましょう。

 また、もし皆さんの身近に「社交不安症かな?」と思われるような方がいたら、「頑張っているね」など、本人を肯定するような言葉掛けを意識するようにしましょう。

 逆に、「そんなときは緊張するのが当たり前だよ」などという“なにげない言葉”は、慰めるつもりで言ったにもかかわらず、「責められた」と感じさせてしまう場合があります。“当たり前”とか“みんなそう”などという言葉の裏には、“努力すれば誰でもできるはずだ”というニュアンスもあり、言われた側が、できない自分を情けないと思い、ますます自己肯定感が下がってしまうこともあるので、注意が必要です。

ストレスマネジメント専門家(Ph.D.,ヒューマンケア科学)

ストレスマネジメント専門家〈博士(ヒューマン・ケア科学)/筑波大学大学院博士課程修了)。株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。文理シナジー学会評議員。AIカウンセリング「ストレスマネジメント支援システム」発明(特許取得済み)。国家資格として公認心理師、精神保健福祉士、第1種衛生管理者、キャリアコンサルタントなどを保有。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁のメンタルヘルス対策に携わる。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館新書)、『なんとかなると思えるレッスン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)等がある。

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