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ストレスからの飲み過ぎ注意! リスクマネジメントとしてのアルコール関連対策

舟木彩乃ストレスマネジメント専門家(Ph.D.,ヒューマンケア科学)
(提供:イメージマート)

 アルコールが入ると豹変してしまう人がいます。節度ある飲み方ができる人は、適度な飲酒がストレス解消につながったり、飲み会で円滑な人間関係をつくれたりと、お酒とうまく付き合う方法を知っています。一方で、酒に飲まれるタイプの人は、限度を超えて飲酒してしまうため、体調や人間関係、ひいては社会生活に影響が出てしまうことがあります。

 特に高いストレスに晒され続けている社員は、行動面のストレス反応として、アルコールを過剰摂取してしまうことも少なくありません。

 今回は、会社の忘年会でお酒を飲み過ぎて失態を演じてしまい、後悔しているAさん(女性20代後半)のケースをご紹介します。

 Aさんは契約社員として営業部に所属して2年目、アシスタント業務を担当しています。穏やかで大人しそうな性格に見えますが、速くて丁寧な仕事ぶりで周囲から頼りにされている存在です。残業が必要になる仕事でも「Aさんなら軽いでしょ!」などとお願いされることもよくあり、そのたびにストレスを感じていました。

 しかし、一番のストレスは、ITが苦手な営業部長(男性50代後半)でした。この部長は、Aさんを呼びつけては簡単なPC操作のレクチャーをさせたり、ときには自分のプライベートのスマホ設定までさせたりしていました。その上、部長はプライドが高く、Aさんに教わっていながら、お礼どころか「少し説明力が上がってきたな」などと、逆に指導しているような態度をとっていたそうです。それでもAさんが我慢して仕事を続けていたのは、いずれ契約社員から正社員に登用される可能性があったからでした。

 そんな彼女のストレス解消法は、お酒を飲むことでした。仕事帰りに行きつけのBarで飲む日もあれば、家で晩酌することもあり、一滴も飲まない日はほとんどありませんでした。アルコールが入ると気分が高揚して饒舌になれたり、悩みごとも小さなことのように思えたりして、飲む時間はいつもと違う自分になれる大切な時間だったようです。

 一方で、バーテンダーや友人からは、「昨日は、すごく荒れてたね」と言われることもありました。あまりの毒舌ぶりに驚かれたり、周囲の物に当たり散らしたり、ということもあったようです。しかし、Aさんは飲酒中の記憶がない(「ブラックアウト」という)ことが多く、飲酒中の自分の言動を聞いて驚くことが多かったということです。

 自分の酒ぐせが悪いことについて指摘を受けたAさんは、会社の飲み会は参加を断るか、ノンアルコールで対応するなどしていました。しかし、大きな案件をまとめたお祝いを兼ねて忘年会を行うことになり、いつもフォローをしてくれているAさんを労いたい、と強く参加を促されたこともあり、「飲みすぎなければ大丈夫か」と参加することにしました。

 最初は遠慮がちに飲んでいたAさんでしたが、好きな銘柄のワインなどを勧められて飲むうちに勢いが出てきました。すると、次第に他の部員に対する日々の不満が次々と口から出てきて、ついには部長に対して「大体、部長のITスキルは低すぎますよ」などと言い始めます。ムッとした部長を周りがなだめ、その場はなんとか事なきを得たということでした。

 忘年会の翌日、Aさんは自分の暴言について殆ど覚えていませんでした。幹事から「覚えていますか?」と昨日の言動を一通り知らされ、真っ青になり、部長をはじめ他の部員に何度も謝罪しました。部長は、お酒の飲み方を強く注意しましたが、酒席でのことを表面上は許してくれたそうです。

 筆者はAさんから相談を受けましたが、酒席での失敗で「正社員になれないかもしれない」と悔やんではいるものの、飲み方を根本的に直そうという気持ちはなさそうでした。しかし、社会生活や将来に影響が出ていること、適量を超えており心身に影響が出るおそれがあることを伝え、「減酒外来」のある医療機関への受診を促しました。

 減酒外来は、依存症までいかない軽症者向けの外来です。アルコール依存症は精神科の受診が一般的ですが、抵抗がある場合は精神保健福祉センターや保健所などに気軽に相談することができます。

 ところで、飲酒がストレス解消の唯一の手段、あるいは優先的な手段になっている人は、アルコール依存症やうつ病を発症するリスクが高くなるので注意が必要です。飲酒がストレス解消法になっている人は、アルコールによって一時的であっても嫌なことを忘れたり、楽しい気分を味わったりした体験がもとになって、飲酒の依存度や頻度が高くなっています。そういった人は、お酒に頼るようになった根本原因と向き合い、飲み方を修正していくことが必要です。

 筆者のカウンセリング経験から言うと、ストレス解消の手段として飲酒を優先的に選択する人は、次のような理由があるようです。

・信頼できる相談相手がおらず、寂しさや悩みをアルコールでごまかす

・嫌なことや苦しいことがあると、手っ取り早く楽になりたいという思いから飲酒する 

 このような特徴のある人は、お酒に対する考え方や飲み方について検討し、修正する必要があります。専門医や心理師などの助言を得るのも一つの方法ですが、自分自身で行動を修正していくことも可能です。例えば、飲酒に充てていた時間を自分が楽しいと思える活動や趣味に使う、アルコール抜きでも話ができる人間関係をつくる、飲酒したくなるときのトリガーを知っておく等です。ストレスに強い人は共通して、自分なりのストレス解消方法(コーピング)をたくさん持っているものです。

 近年、企業におけるハラスメントやメンタルヘルス対策が重要になり、研修などを実施することが多くなりました。内容の多くはパワハラやセクハラ、うつ病対策などですが、もう少し積極的にアルコール関連問題の予防にも取り組むと良いでしょう。

 会社の飲み会をはじめ、接待などでアルコールを飲む機会が多い企業では、パワハラやセクハラが発生したとき、飲酒が関係していたというのはよくあることです。「酔っていて記憶にない」という言い訳をよく聞きますが、それで刑事責任を免れたとしても、以後の職業人生や企業の評判にとって、取り返しのつかないことになることもあります。

 お酒との上手なつきあい方について正しい知識を持つことは、個人としてはもちろん、企業としてもリスクマネジメントとして重要性を増しています。

 お酒の失敗で健康や社会的信頼を失うことが多くなっている昨今、適正な飲酒に関する行動指針を、研修やイントラネットを通じて社員全員で共有することは、ブラックアウトや依存症について知るだけではなく、イッキ飲み防止や飲酒運転防止にも繋がることでしょう。

ストレスマネジメント専門家(Ph.D.,ヒューマンケア科学)

ストレスマネジメント専門家〈博士/筑波大学大学院博士課程修了)。メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。文理シナジー学会監事。企業広報ネットワーク理事。AIカウンセリング「ストレスマネジメント支援システム」発明(特許取得済み)。国家資格として公認心理師、精神保健福祉士、第1種衛生管理者、キャリアコンサルタントなどを保有。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁や地方自治体のメンタルヘルス対策に携わる。著書に11月7日発売『発達障害グレーゾーンの部下』(SB新書)、『なんとかなると思えるレッスン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)等がある。

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