障害者雇用社員へのハラスメント行為を避けるために 適切な「配慮」と「情報共有」#障害者雇用
最近、障害者雇用率制度により採用された社員の上司や同僚から、障害者雇用社員への対応について相談を受けることが多くなりました。同制度の下では、従業員が一定数以上の規模の事業主は、全従業員に占める身体障害者・知的障害者・精神障害者の割合を「法定雇用率」以上にする義務があります(障害者雇用促進法43条第1項)。
障害者雇用社員やその上司との相談で問題に感じていることは、一見すると障害者採用とは分かりにくい軽度の精神障害や知的能力障害(以下、「知的障害」とします)で採用された社員が、上司や同僚からハラスメントが疑われるような被害に遭っていることです。障害者雇用社員と一緒に仕事をする同僚などは、彼らが障害者と知っているとは限らず、それゆえ必要な配慮ができていなかったケースが少なくありません。配慮の欠如がハラスメント行為、とくにパワハラになってしまうことが多いようです。
今回は、軽度知的障害で採用されたAさん(女性・20代)と、その上司であるBさん(男性・30代後半)の事例をもとに、障害者社員への配慮について考察します。
◆ルーティンワーク以外は苦手な障害者雇用のAさん
Aさんは、軽度知的障害により障害者雇用率制度で採用された社員で、勤続5年になります。最近、上司Bさんとの人間関係や仕事内容でストレスを感じ、仕事を辞めるか迷っているということで筆者のところに相談にきました。
知的障害は、論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断といった全般的な精神機能の支障によって特徴づけられます。発達期に発症し、概念的、社会的、実用的な領域における知的機能と適応機能の両面で欠陥などを持っています。
定義としては、「知能検査によって確かめられる知的機能の欠陥」と「適応機能の明らかな欠陥」が「発達期(おおむね18歳まで)に生じる」とされています。(厚生労働省生活習慣病予防のための健康情報サイトhttps://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-04-004.htmlより筆者が一部改編)
Aさんは、日々の生活、自己管理、周囲とのコミュニケーションで大きく困っていることはなく、仕事でも郵便物の配布や簡単な入力業務など、ルーティンワーク化しているものはミスなくこなすことができていました。しかし、二年前に当時の上司が突然退職し、新しい上司Bさんがきてから仕事環境が大きく変わってしまい、問題が出てきたそうです。
現在の彼女の仕事は、営業系の部署の庶務(営業部員への郵便物の配布、来客へのお茶出し、名刺や領収書管理、資料整理など)で、以前の上司のときと比較して、倍近くの仕事量と難易度になりました。その頃からAさんは、時間内で終えることができなかったり、ミスをしたりすることが増え、上司や同僚から指摘されることが多くなったと言います。
Aさんは、単純なルーティンワークは得意でしたが、問題が起こったときの解決や計画を立て優先順位を考えることなどが苦手でした。あるとき、Aさんは外回りに出掛けるB上司から、急ぎで大切な郵便物を配達記録で出すよう指示されました。しかし、ルーティンワークが終わっていなかった彼女は、上司から急ぎで指示された仕事を後回しにしてしまい、さらには忘れてしまい、そのまま帰宅してしまいました。
翌日、出社したときにB上司から「郵便物は無事に出せた?」と聞かれて、初めて忘れていたことに気づきましたが、その場を切り抜けたいと思ったAさんは、咄嗟に「出しました」と嘘をつきました。後日、その嘘がばれて、Aさんは叱責されたそうです。この件以外にも、上司や同僚から急ぎで依頼された仕事よりも、ルーティンワークを優先してしまったり、依頼と全くちがう内容のことをしてしまったりしては、叱責されるということが続きました。
よほどつらかったのでしょうか、Aさんは相談中、仕事を続けていく自信がなくなったと泣いてしまいました。そこで筆者は、Aさんの了解を得て、B上司に彼女がどのような事で困っているのか、どんな配慮が必要かを伝えることになりました。
◆Aさんの仕事の難易度を上げてしまった上司Bさん
面談すると、Bさんは、Aさんが障害者雇用社員であるらしいことは知っていたものの、障害の内容や配慮すべき事項などは、前任の上司や人事担当者から聞いていないとのことでした。Bさんは、Aさんはコミュニケーションが取りにくいとは思っていたものの、ルーティンワークはできていたし、勤怠も問題なかったため、一般の社員と同様に考えていたということでした。しかし、彼女の成長のためと思って仕事量を増やしたり、難易度を少し上げたりすると処理しきれないことが多く、ときには嘘までつくため、ついカッとなって声を荒げてしまうこともあり、Aさんへの対応法に悩んでいました。
◆情報共有の不十分さが離職の原因に
なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。
職場にもよりますが、人事や直属の上司以外は、障害者雇用で採用されたことを知らされていないケースもあれば、今回のように知っていた上司が異動になり、後任の上司にうまく引継ぎがされていないケースもあります。
他にも、障害者を受け入れる体制が整っていないまま採用し、配慮ができていないことも多くあります。本来であれば、採用時に、どのような配慮が必要で、部署全体でどこまで情報共有するのか、異動のときはどうするか等、本人に確認を取った上で採用するようにすべきです。
民間企業の法定雇用率は従来2.3%でしたが、令和5年度から2.7%に引き上げられました。ただし、計画的な対応ができるよう、経過措置として、令和5年度は2.3%に据え置き、6年度から2.5%、8年度から2.7%へと段階的に引き上げていきます。国や地方公共団体等は、3.0%(教育委員会は2.9%)で、民間と同様に段階的に引き上げていくことになっています。
このような背景から、企業側は障害者雇用を急いでいますが、多くの企業は障害者雇用社員の定着率に関して課題を抱えています。離職率を抑え、定着率を安定させるには、企業側が障害者雇用社員に対し、働きやすい環境を提供することが必要になります。それが“配慮”となります。
そのためには、人事担当者や管理職などは、受け入れ側として研修(障害者雇用に関する知識と対応法)を受けることなどが必要になってきます。
◆「就労パスポート」の活用で情報共有を
厚生労働省では、「就労パスポート」を作成、公開しています。
(厚生労働省:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/shougaishakoyou/06d_00003.html)
就労パスポートは、障害のある方が働く際に、本人の特徴や希望する配慮などを整理し、就職や職場定着に向け、支援機関や職場と話し合う際に活用できる情報共有ツールです。
現在、この就労パスポートの利用(作成や職場への提出)は任意ですが、利用することで次のようなメリットがあります。
- 障害者が自分自身で気づけなかった特徴が把握できる
- 上司や同僚に自分の特徴を理解してもらい、自分に合った支援が受けやすくなる
- 障害者雇用社員の病状や状態に変化があったとき、就労パスポートを更新し、それをもとに上司などに伝えることができる
- 面談時に就労パスポートを活用することで、ポイントを整理して伝えることができ、建設的な話し合いができる
就労パスポートによって、上司や人事担当者、場合によっては部署の同僚などが情報を共有することで、ハラスメント対策につながります。
例えば、障害者雇用社員が服用している薬の副作用を周囲が知ることで、傷つけるような言動を控えることができたり、お願いする仕事内容なども状況によって変えることができたりします。
一方で、就労パスポートを利用すると、障害者であるという事実が周りの同僚に知れ渡ることになり、情報管理をどうするかという難しい問題も出てくることになります。
法定雇用率が引き上げられたのであれば、障害者雇用社員への対応に関する制度の整備、あるいは企業教育を進めていくことが喫緊の課題となってきます。